5/10/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
慶應義塾大学法科大学院2025年 商法
新株発行の法令違反(210条1号)
1. まず、Cは本件新株発行には会社法199条3項(以下法令名省略)、201条1項に違反するとして、210条1号に基づく差止請求をすると考えられる。かかる請求は可能か。
⑴本件払込金額は、「特に有利な金額」(199条3項)に当たるか。
ア 199条3項にいう「特に有利な金額」とは、公正な払込金額に0.9を乗じた額を下回る払込金額をいうと解する。
公正な払込金額とは、株式の時価が会社の企業価値を正確に反映していない場合を除き、原則として募集事項決定日における株式の時価を意味すると解するが、非上場会社の場合は、公正な株価の評価が容易ではないため、資金調達の過度な萎縮を防ぐとの観点から、客間的資料に基づく合理的な算定方法により決定されなければならないと解する。
イ 本問では、どのような算定方法によっても、令和6年3月当時における甲社株式の評価額は50万円程度であったというのであるから、本問における公正な払込価額は1株当たり50万円ということになる。そして、本件新株発行における払込金額は1株当たり20万円であって、50万円に0.9を乗じた45万円という基準額を大きく下回るものである。
ウ よって、本件株式発行における払込金額は「特に有利な金額」に該当する。
⑵本件株式発行の法令違反について
ア 本問において甲社は公開会社であるから、新株発行における募集事項については取締役会での決議が必要になる(199条2項、201条1項)ところ、本問では令和6年3月4日に適法に取締役会が招集・開催され、募集事項が決定されているためこの点は問題ない。また、募集事項については通知に代わる公告(201条3項、4項)が適法になされている。
イ しかし、本件のように新株発行が有利発行に該当する場合は、201条1項の例外として、株主総会において当該払込金額で募集することを必要とする理由を説明しなければならない(199条3項、201条1項)ところ、本問においては上記取締役会以外に本件株式発行についての機関決定は行われていないというのであるから、上述の株主総会は開かれていない。
ウ したがって、本件株式発行には199条3項、201条1項の法令違反が認められる。
⑶また、新株発行の差止請求においては「株主が不利益を受けるおそれ」(210条柱書)が要求されているところ、本件では、1株あたり30万円程度の損失を生じる株式を25株発行することにより、合計750万円程度の経済的損失が株主に生じることになる。したがって、「株主が」上記経済的「不利益を受けるおそれ」がある。
2. 以上より、210条1項に基づく請求は可能である。
不公正発行(210条2号)
1. 次にCは、本件新株発行は、「著しく不公正な方法」による発行であるとして210条2号に基づく差し止めを求めることが考えられる。かかる請求は可能か。
⑴この点、募集株式の発行は、資金調達のために行われるものであるから、資金調達の目的を超えて、特定の株主の持株比率を下げる事を目的とする等の場合には、「著しく不公正な方法」による発行に当たると考える。
具体的には、特定株主の持株比率を低下させる等の目的が資金調達目的等の他の目的に優越しそれが主要目的といえる場合には、不公正発行に当たると考える。
⑵本件新株発行は、生成 AI の開発責任者である D が甲社の経営を支配するためという目的でなされている。
そして、実際に本件新株発行によってDは25株を取得することとなり、既に有している5株を合わせると30株を有する甲社の筆頭株主となる。一方で、甲社に資金調達の必要性があるという事情も損しない。そうすると本件新株発行は、Dの持株比率を大幅に上昇させることにより、C等の他の株主の持株比率を著しく下げる事を主要目的とするものであるといえる。したがって、本件新株発行は、「著しく不公正な方法」による発行であるといえる。
⑶また、本件新株発行によって「株主」であるBおよびCは、持株比率の低下という「不利益を受けるおそれ」がある。
2. 以上より、210条2号に基づく請求は可能である。
なお、新株発行の差止めを求める際は、差止訴訟の訴訟係属中に新株発行の効力が発生することによって訴えが却下される事態を避けるために新株発行の差止請求権を被保全権利とする差止仮処分の申し立て(民事保全法13条、23条1項)をするのが通常である。
以上