5/12/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
京都大学法科大学院2024年 民事訴訟法
問1
1. Yの主張する事実が全て認められる場合、Yの主張は本件訴訟手続にどのような影響を及ぼすか。
⑴そもそも和解は、当事者が互いに譲歩してその間にある争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる」契約である(民法695条)。訴訟外の和解はこの民法上の契約として成立し、有効に締結されれば当事者双方を拘束する。
このうち、訴訟外の和解契約は純粋な私法上の合意であり、紛争の実体面での解決を図る点で効力を有する。しかし訴訟外和解は訴訟手続そのものを直接に終了させる効力は持たず、裁判所は関与しない。したがって、訴訟係属中に当事者間で訴訟外和解が成立した場合、原告がその訴訟上の地位を処分して訴訟を終結させるためには、別途訴訟行為(訴えの取下げ等)を要することになる。これは、訴訟手続は法律に定められた方式によるべきとの手続法定主義(民事訴訟法(以下略)1条)の下、当事者の私的合意だけで直ちに手続を動かすことはできないためである。
本件では、第1回口頭弁論期日後にX・Y間で「YがXに対して300万円を支払い、Xが訴えを取り下げる」との内容で訴訟外和解契約が成立しているため、Xは私法上300万円の受領と引換えに本件訴えを取り下げる義務を負う。そして、Yは300万円を支払い、Xもこれを受領している。もっとも、Xが本件訴えを取り下げる義務を履行するためには、後述のように訴訟行為として訴えの取下げを行う必要がある。
⑵では、Xが訴えの取下げをすることができるか。
そもそも、 処分権主義の下、原告は訴訟を終了させるためにその訴えを自主的に取り下げることができる(261条1項)。訴えの取下げは判決によらない訴訟の終了方法であり、効力が生じると訴訟係属は初めから消滅する(262条1項)。すなわち、取下げが有効に行われれば当該訴えは最初から提起されていなかったものとみなされ、確定判決も生じない。もっとも、第1回口頭弁論終結後の取下げには被告の同意が必要であり(261条2項本文)、通常は原告が書面等で取下げの意思表示をし(同条3項)、被告の同意を得ることによって効力が発生する。
本件では、第1回口頭弁論期日にXが訴状どおり請求を陳述し、Yは請求棄却を求めて争う旨答弁している。したがって、Xが訴えを取り下げるにはYの同意が必要となる。もっとも本件では、Y自身が和解契約に基づき「本件訴えは取り下げられるべき」と主張していることから分かるように、Yは取下げに同意している。したがって、Xが所定の方式(書面提出等)で訴えの取下げ手続きを行えば、その時点で本件訴訟は初めから係属しなかったものとみなされて終了する(262条1項)。
⑶では、Xが訴え取下げをした場合、本件訴訟手続にどのような影響を及ぼすか。
この点、訴訟外和解契約に基づきXが訴えを取り下げれば、訴訟手続は直ちに終了する。これにより、Xは和解契約上の債務である取下げ義務を履行したことになる。他方でXが訴えの取下げを怠る場合、Yは私法上は契約不履行を理由に履行請求または損害賠償請求を提起しうるが、訴訟経済上それを待たずに現在の訴訟手続内で決着を図る必要がある。
ア そこで、訴訟外和解成立後に原告が訴訟を維持しようとする場合に裁判所がどのように対処すべきか。
この点につき判例(最判昭和44年10月17日)によれば、裁判外で訴え取下げの合意が成立した場合には、原告はもはや訴えによる権利保護の利益を失ったといえるため、裁判所は訴えを却下すべきである。すなわち、私法上有効な訴訟終了合意がある以上、原告による訴訟追行は許されず、裁判所は本案判決でなく訴訟要件欠如を理由に訴え却下判決を下すのが相当とされている。
本件でも、Yの主張するとおりX・Y間で訴訟外和解契約が成立し、Yが300万円支払済みである。これにより紛争は実体的に解決済みであるから、訴訟で残額の支払いを求め続ける法律上の利益が失われている。私法行為としての和解契約の効果を訴訟場面で実現するため、裁判所はXの訴え提起による権利主張はもはや不適法として扱うべきである。以上より、裁判所は本件訴えを却下するのが相当である。
イ この訴え却下は形式的には訴訟要件を欠くことに基づくものであり(140条参照)、本案についての判断ではない。したがって却下判決が確定すれば訴訟物の存否についての既判力は生じず、Xは和解契約の内容に従い別訴請求などもできず紛争は終局的に解決する。
2. 以上より、Xが自主的に取下げをしない場合、裁判所がYの主張に基づき訴え却下の判断を下す義務を負うという影響を及ぼす。
問2
1. Yは 、後訴は本件訴訟確定判決の既判力に抵触し許されないと主張しているところ、抵触するか。
⑴そもそも、「確定判決は、主文に包含するものについてのみ既判力を有する。」と規定する(114条1項)ところ、「主文に包含するもの」とは訴訟物の判断内容をいう。そして、前訴判決の既判力が後訴に作用するか否かは、後訴で主張された請求が前訴の訴訟物と同一・先決・矛盾いずれかの関係にあるか否かで決まる。
⑵では、本件訴訟の訴訟物と後訴の請求はいずれかの関係にあると言えるか。訴訟物の判断基準が問題となる。
訴訟物とは訴訟上認定判断の対象となる権利関係を指す概念であり、1個の債権権利についての請求は原則1個の訴訟物と解する。そのため、一個の不法行為から生じた一切の損害賠償請求権は本来一体の権利として把握される 。
これを本件について見ると、まず、本件訴訟の訴訟物は、不法行為に基づく損害賠償請求権の500万円全体であり、本件訴訟においてXの請求が全部認容されているから、かかる請求権の存在するとの判断につき既判力が生じる。そして、後訴の訴訟物は、本件訴訟と同一の不法行為に基づく損害賠償請求権の1000万円全体である。そのため、両訴訟物が同一であるから、前訴の既判力は後訴に作用し、後遺障害の存在は本件訴訟の既判力の基準時たる口頭弁論終結時(民事執行法35条2項参照)より前に生じたYの暴行に起因するため、後訴は既判力に遮断されるとも思える。
⑶ もっとも、このように解すると、後遺障害についての原告の救済を否定することになり妥当でない。そこで、例外的に、不法行為による損害の一部が後になって発生または顕在化した本件の場合に、本件訴訟の既判力が後訴を遮断しないことにならないか。その理論的根拠が問題となる。
ア この点、被害者救済の見地から、前訴で明示的に一部請求とされていなかった場合であっても、後訴の請求について既判力を及ぼさない余地を認めるべきである。そもそも、前訴において一部請求の明示が求められるのは、後訴における被告への不意打ちや、訴権の濫用を防ぐことにある。そこで、かかる趣旨を没却する恐れのない場合には、後訴の請求を認めるべきである。具体的には、前訴においては残部請求をすることが期待できず,当事者もその点を審判ないし既判力による確定の対象としていなかったことが明らかであるような場合は、前訴において一部請求の明示があったものと同視して、後訴の請求を認めるべきである。
イこれを本件について見ると、後訴でXが請求している1000万円は、本件訴訟終結後にXに新たに発生した後遺障害による損害である。本件訴訟においてXは治療費・休業損害・慰謝料という当時判明していた損害(計500万円)のみを請求して勝訴判決を得ており、後遺障害による将来の損害については請求も判断もされていない。よって、当該後遺障害による損害は、当事者が審判ないし既判力による確定の対象としていなかったといえる。そこで、裁判所は前訴において当該損害の賠償請求を期待できたかを審理する必要がある。
2. そこで、以下の点について審理が必要となる。
⑴まず、Xに生じた後遺障害(おそらく暴行による後遺的な障害)がいつ発現したか、また、本件訴訟の口頭弁論終結時点で医学的に通常予見し得たか否かを明らかにする必要がある。これについては医師の診断書や医学的鑑定などの証拠の提出をXに求め、上記時点では症状が顕在化していなかったこと若しくは予見し得なかったことを明確に認定すべきである。もし仮に本件訴訟係属中に既に後遺症が判明していたのであれば、Xがそれを本件訴訟で主張しなかったことにつき正当な理由がなく、後訴による追加請求は信義則上問題となり得るからである(この場合には後訴請求を制限すべき可能性がある)。
⑵さらに、後訴では後遺障害とYの不法行為との因果関係およびその結果生じた損害額の算定が主要な争点となる。そのため、後訴裁判所は通常の本案審理に入った場合、Xの被った後遺障害の程度・内容、逸失利益の金額算定、慰謝料の増額などを審理・判断する必要がある。
以上