2/29/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
京都大学法科大学院2023年 商法
第1問(1)
1. Aは、P社に対して、任務懈怠に基づく損害賠償責任(会社法(以下、略)423条1項)を負うか検討する。
⑴ Aは、P社の代表取締役だから、「役員等」にあたる。
⑵ 「任務を怠った」とは、法令遵守義務(355条)違反又は善管注意義務(330条、民法644条)違反をいう。
本件で、バスクチーズケーキの製造販売におけるAによる原材料の購入取引が競業取引(356条1項1号)にあたる場合、取締役会決議において当該取引につき重要な事実の開示及び承認が必要になる(同項、365条1項)にもかかわらず、これを欠くとしてAに法令遵守義務違反が認められ、「任務を怠った」(423条1項)といえる。
ア P社の「取締役」(356条1項1号)たるAがとQ社の取締役に就任する行為は、「取引」(同号)とはいえない。他方で、Q社の取引は主にBが行なっていたところ、Aはこれについて助言を行うほか、ときには原材料の購入取引を担当することもあったから、当該購入取引が「取引」にあたる。
イ 356条1項1号の趣旨は、事業機密や顧客情報に詳しい取締役がその知識を不正に利用することで会社に損害が発生することを防止する点にある。
そこで、「自己又は第三者のために」とは、競業取引に係る利益が、自己又は第三者に帰属することを意味すると解する。
上記原材料の取引は、Q社がバスクチーズケーキを販売し、その利益を得る目的で為されているため、その経済的利益はQ社に帰属する。そこで、当該取引は「第三者」であるQ社の「ために」された取引といえる。
ウ また、上記趣旨より、「事業の部類に属する取引」には、会社が現実に行なっている取引のみならず、将来行おうとしている取引と目的物及び市場が競合する取引をも含まれる。
P株式会社は、京都市内の店舗で洋菓子の製造販売を行う会社であるところ、バスクチーズケーキの製造販売を行なっておらず、その予定もなかった。そして、バスクチーズケーキが従来のチーズケーキとは見た目も風味も大きく異なることから、P社が現実に行なっている取引の目的物と競合するものとは評価し得ないとも思える。しかし、従来のチーズケーキとバスクチーズケーキは、両者とも洋菓子という枠組み、さらにいえばチーズケーキという枠組みに収まるものであって、AがP社で得た知識や情報を流用することが十分に可能な商品といえる。そこで、P社の現在の取引と目的物が競合する取引と評価できる。また、Q社による駁すチーズケーキの販売は、Aの助言によりP社の顧客リストを踏まえて展開されていることから、その市場を競合するものといえる。
したがって、AがQ社の取締役として行なった上記取引は、「事業の部類に属する取引」にあたる。
エ よって、Aは「任務を怠った」といえる。
⑶ そして、「取締役」Aが「第三百五十六条第一項…の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたとき」にあたるから、「取締役」A及び「第三者」Bが役員報酬として受け取った月額100万円×12か月×2年=4800万円という「利益の額」が、「損害の額」と推定される(423条2項)。
そして、かかる推定を覆す事情は認められないから、上記4800万円が「損害」(同条1項)と認められる。
上記任務懈怠「によって」上記4800万円の損害が生じたといえる。
⑷ そして、任務懈怠責任が認められるには、取締役の故意又は過失が必要である(428条1項反対解釈)。
本件で、Aは、Q社の主な取引を行なっているBに対して、P社の顧客リストを踏まえて展開場所を決めるようにする旨を助言し、現実に当該助言に基づいて京都市内の3カ所にキッチンカーを回しているから、Q社の事業が競業取引に該当することは、容易に予測することができたといえるから、Aには、Q社を設立した事実、Q社の取り扱う商品及びQ社の取締役に就任している事実をP社に報告し、同社の取締役会による承認を得るべき注意義務があったといえる。それにもかかわらず、当該報告し、承認を得ていないことから、Aには上記注意義務への違反が認められ、少なくとも上記任務懈怠につき過失があったといえる。
2. 以上より、Aは上記損害賠償責任を負う。
第1問(2)
1. Aは、Q社に対して、任務懈怠に基づく損害賠償責任(423条1項)を負うか検討する。
⑴ 第1問⑴と同様の理由により、P社とQ社の取引は競業取引にあたる。そして、本件において、Aが取締役会非設置会社たるQ社の株主総会において、P社の取引に関与することが「承認」(356条1項柱書)を得ていない。もっとも、AはQ社の発行済株式の全部を保有することから、例外的に「承認」なく競業取引を行い得ないか。
⑵ 同項の趣旨は、上記の通りである。そして、取締役会非設置会社において、唯一の株主が競業取引を行なった場合には、承認機関である株主自身が当該取引による会社への損害発生の危険性を認識し、その損害発生を容認したといえる以上、実質的に「重要な事実を開示」(同項柱書)し、これに対する「承認」があったと評価できる。
本件で、Q社の発行済株式の全部を保有しQ社唯一の株主であるAが競業取引を行っているから、上記取引につき「重要な事実を開示」し、これに対する「承認」があったと評価できる。
⑶ したがって、上記取引につき取締役会の「承認」(356条1項柱書、365条1項)を欠くという法令遵守義務違反は認められず、Aは「任務を怠った」とはいえない。
2. よって、Aは、Qに対して任務懈怠責任を負わない。
第2問
1. Xは、Pに対して、本件手形の支払いを求めることができるか。
⑴ Xは、Aが「支配人」(商法(以下、略)21条1項)にあたり、支配人が「商人に代わってその営業に関する一切の…裁判外の行為をする権限を有する」(同項)ことから、本件手形の振り出しは有権代理行為に当たると主張することが考えられる。
ア 「支配人」とは、包括的代理権を有する者をいう。そして、当該代理権に対する内部的制限にとどまらず、当該代理権そのものに対する制限が課せられている者は、「支配人」にあたらない。
イ Pは、各支店の支配人に対し、衣料品以外の品目を新たに扱う場合にはPの了解を取るよう求めている。これは、実質的に、各支店の支配人に対して、衣料品以外の品目に対する取引を認めないことを意味するものであって、包括的代理権そのものに対する制限といえる。
ウ したがって、Aは「支配人」にあたらず、上記主張は認められない。
⑵ Xは、Aが表見支配人にあたることから、本件手形の責任がPに帰属する(24条)旨の主張をすることが考えられる。
ア Aは、甲支店の支配人として選任している。そして、支配人は、上記の通り、包括的代理権を有する。そこで、当該名称は、「商人の営業所の営業の主任者であることを示す名称」(同条)にあたる。
イ 同条の趣旨は、権利外観法理にある。そこで、「付した」(同条)といえるためには、商人が名称を与えたことにつき帰責事由が認められる必要がある。
Pは、上記の通り、Aへの包括的代理権を否定する制限を課しており、同人が「支配人」にあたらないにも拘らず、支配人登記を了している。そして、当該登記が為されていれば、AがPの営業に関する裁判外の一切の代理権を有していると誤認する危険性が高い。
したがって、Aに上記名称を与えたことにつき帰責事由が認められ、「付した」といえる。
ウ 重過失は悪意と同視し得ることから、「悪意」(同条但書)とは、悪意又は重過失を意味する。
まず、Xは、Aが中古ソフトに関して営業を行う権限を有していないことを知っていたとの事情はないから、Xは、Aによる本件手形の振り出しが権限外の行為であることにつき、善意であるといえる。
次に、Xは、納入した中古ソフトが甲支店の店頭で販売されていないことに気づいていたところ、他の支店で販売されているのだろうと思い、中古ソフトの行方をAに確認していないから、Xには、重過失が認められるとも思える。もっとも、取引先に卸した商品が通常どのように販売されるかは内部的な事情にすぎず、その存在を正確に知り得ることは困難である。そのため、別の支店で中古ソフトが販売されていると考えることが、著しく合理性を欠くとはいえず、少なくとも、Xに重大な過失があるとはいえない。そこで、「相手方が悪意であった」(同条但書)とはいえない。
エ したがって、Xによる上記主張は認められる。
2. よって、Xは本件手形の支払いを請求することができる。
以上