2/29/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
東京大学法科大学院2023年 公法系
第1(問1)
1. X社は、本件内定取消の取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)及び本件助成金の交付決定処分の義務付け訴訟(同法3条6項2号)を提起すべきである。
⑴ この点、本件内定取消が「処分」(同法3条2項)に当たるかが問題となる。
ア 「処分」とは、公権力の主体たる国または公共団体の行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。
イ これを本件内定取消についてみるに、本件内定取消は、文化芸術振興費補助金による助成金交付要綱(以下、「本件要綱」という)にもとづくものであり、法律に基づくものといえないとも思える。しかし、内定取消がなされた場合には、ほぼ確実に助成金の不交付決定がなされるものといえ、内定取消は実質的には助成金の不交付決定と同視できる。そして、この不交付の決定は、独立行政法人日本芸術文化振興会法(以下、「振興会法」という)14条1項1号イに基づく資金の給付を行わないとする旨の決定であり、助成金の交付の要望を受けた国が一方的立場から交付の可否を判断し、申請者の助成金を受けることができる権利を否定する点で公権力性を有すると共に、X社の権利義務を直接形成する行為といえ「処分」にあたる。
したがって、実質的に不交付の決定と同視できる本件内定取消も「処分」にあたる。
⑵ 以上より、X社は本件内定取消について取消訴訟を提起すべきである。
⑶ そして、本件でX社が求めているのは、本件助成金の交付を受けることであるから取消訴訟に加えて助成金の交付決定処分の義務付け訴訟を提起する必要がある。
これをみるに、上記のとおり、本件内定取消は、Xが申請した本件助成金の申請を却下する処分と同視できるから、本件では「法令に基づく申請…を却下…する旨の処分がされた場合において、当該処分…が取り消されるべきもの」(行政事件訴訟法37条1項2号)であるといえる。また、上記のとおり、本件では取消訴訟が適法に提起でき同条3項2号を満たす。
したがって、X社は、義務付け訴訟を提起できる。
⑷ 以上のように、X社は、本件内定取消の取消訴訟及び本件助成金の交付決定処分の義務付け訴訟を提起すべきである。
第2(問2)
1. 本件内定取消は、X社の映画公開の自由を制限しており憲法21条1項に反し違憲ではないか。
⑴ 憲法21条1項は、表現の自由として、意見や情報を外部に伝達する自由を保障している。そして、映画は自らの芸術的思考や思想を映像によって伝達するものであり、映画を公開する自由は、21条1項の表現の自由として保障される。
⑵ そして、Yは、本件内定取消によって、X社への1000万円の助成金の交付を取り消す旨の決定をしている。この点、たしかに本件内定取消は、X社への助成金の交付という援助をしない決定をするものにすぎず、X社の映画公開の自由を何ら制約するものではないとも思える。
しかし、本件映画の製作に要する経費の総額は5000万円であり、その5分の1もの割合を占める1000万円の助成金の給付が取り消されることの本件映画の製作へ与える影響は大きく、本件映画の製作に係る経費が払えなくなり、本件映画を公開できなくなるおそれがある。また、仮に映画自体は完成していても、映画は宣伝活動等、完成後公開までにも多大な費用が掛かるところ、費用不足でこれらの活動が十分に行えないおそれもある。そして、映画は、多くの人に見られなければ、表現としての意義を失うから、かかる影響がX社の映画公開の自由に与える影響は大きい。
以上より、本件内定取消のX社の映画公開の自由へ与える影響は大きく、かかる自由への制約が認められる。
⑶ では、上記制約は正当化されるか。
この点、上記のとおり、本件内定取消には、X社の映画公開の自由への制約が認められるところ、映画公開の自由は自己実現の価値及び自己統治の価値の両面の価値を有する重要な表現に関わる自由であるといえる。しかし、かかる制約は、助成金の不交付によって映画公開に不都合が生じるという間接的な制約にすぎない。また、本件内定取消は、本件映画に出演する俳優が逮捕されたことを理由とするものであり、表現の内容に中立的な制約といえ、恣意的制約のおそれは少なく、表現への萎縮効果も弱い。
以上より、本件内定取消による制約が正当化されるかは、当該処分の目的の正当性と当該手段の合理性及び必要性を総合的に考慮して判断する。
⑷ これをみるに、まず、本件内定取消の目的は、公益の保護にあるところ、これは国民全体の利益である公益を保護するという国の責務の観点から正当な目的といえる。
また、本件内定取消は、本件映画に出演する俳優AがSNS上の名誉毀損で逮捕されたことを理由とするものである。この点、たしかに、Aは120分の映画のうち10分程度しか出演しておらず、本件映画に国が助成金を行っても、国が名誉毀損を肯定しているととらえられるおそれはなく、本件内定取消は、手段として合理性を欠くとも思える。
しかし、Aの逮捕は、新聞等でも報道され社会的にも問題となっており、本件映画はAが出演していることで公開前から注目を集めていた。そのため、たとえAが本件映画に10分程度しか出演していないとしても、本件映画に助成金の給付を行えば、国が名誉毀損によって逮捕されたものを出演させている映画に協賛していると国民に認識される可能性があることは否定できず、本件内定取消を行うことはかかるおそれを防止し公益を保護するという観点から、合理性、必要性が認められる。
⑸ 以上より、本件内定取消は、21条1項に反せず合憲である。
第3(問3)
1. 本件内定取消は理由の提示が不十分であり、行政手続法8条1項に違反しないか。
⑴ 同法8条が申請に対する処分に理由の提示を求める趣旨は、行政庁の判断の慎重・合理性を確保し恣意を抑制するとともに、処分の相手方の不服申し立ての便宜を図る点にある。そこで、理由の提示には、いかなる事実関係に基づきどの条項が適用されたのかを申請者が知り得るような理由の提示が必要である。
これをみるに、本件内定取消に当たっては、本件映画に名誉毀損で逮捕されたものが出演しており、これに助成金を交付することは公益性の観点から妥当でないため本件要綱理由が提示され、本件要綱8条3項4号によって内定を取り消す旨の理由が提示されている。そして、この理由の提示によれば、本件映画に逮捕者が出演しているという事実関係に基づき本件要綱8条3項4号という条項が適用されたということを知り得ることができる。したがって、本件内定取消にかかる理由の提示は適法である。
⑵ 以上より、本件内定取消は、行政手続法8条1項には反せず、本件内定取消に手続的違法は認められない。
2. 次に、本件内定取消は、Yの裁量権の逸脱濫用として違法とならないか。
⑴ まず、本件内定取消は、本件要綱8条3項4号に基づくものであるところ、同号は、「公益性の観点から助成金の交付内定が不適当であると認められるとき」と「公益性」、「不適当」と抽象的文言を用いている。
また、本件内定取消は、そもそも、振興会法14条1項1号イに基づく資金の給付についての内定に係るものであるが、同号イは、「芸術家及び芸術に関する団体が行う芸術の創造又は普及を図るための公演、展示等の活動」に対し資金の支給その他必要な援助を行うことを定めているが、その具体的な要件や手続については定めていない。
そして、これらの規定は、文化の振興等を図り芸術文化の向上に寄与するという振興会法3条の定める目的を達成するための助成事業として、いかなる活動を助成の対象とし、いかなる手続で助成を行うか、いかなる場合に給付内定を取り消すか等を、Yによる合理的な裁量に委ねる趣旨によるものと解される。
以上より、Yには、本件内定取消について、裁量権が認められる。
⑵ もっとも、本件内定は、複数の芸術専門家によって構成される審査委員会の芸術的観点からの審査の結果を踏まえてなされたものである。
そして、この審査委員会が設けられている趣旨は、芸術団体等の活動に対する援助等を行うことにより文化の振 興等を図り芸術文化の向上に寄与するという振興会法の目的を達成するためには、我が国の芸術水準の向上に資するような創作性・芸術性の高い舞台芸術や優れた日本映画の製作活動等を対象とし、適切な助成効果が得られるように配慮することが必要であるところ、このような創作性・芸術性の高さ等について的確に判断するためには、各分野における芸術の専門家においてその評価を行うことが不可欠であるという点にある。
また、芸術団体等が時に社会の無理解や政治的な圧力等によってその自由な表現活動を妨げられることがあったという歴史的経緯に鑑みると、Yが上記目的の下に助成事業を行うに当たっても、芸術団体等の自主性について配慮するとともに、各分野における芸術の専門家が行った評価についてはこれを尊重することが求められる。
したがって、Yの本件内定取消について裁量が認められるとしても、その行使に当たっては、専門委員会の決定を十分に尊重し、X社の表現の自由の実現に適切な配慮を行う必要がある。
⑶ 以上より、Yの裁量権の行使としての処分が、その判断の基礎となる重要な事実の基礎を欠くか、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え又は、裁量権を濫用してなされたといえる場合には、本件内定取消は違法となる。
ア これをみるに、本件内定取消は、上述のとおり、本件映画に出演するAが名誉毀損で逮捕されたことから、国民の税金によって賄われる本件助成金をXに交付することは、公益性の観点から不適当であると認めたことを理由にする(補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律3条、振興会法17条参照)。
しかし、Aは本件映画120分のうち出演時間は10分と短く、その役も脇役であって、Aは本件映画において重要な役割を占めていたとはいえない。そのため、本件映画とAの関連性は強くなく、Aが名誉毀損行為をしたことによって、直ちに本件映画への助成金交付が公益に反するとは言い難い。
イ 一方で、一度本件助成金の内定が決定したあと、映画作成後に決定が取り消されることによってX社は、映画を作成したのに費用が足りず映画の公開ができないという状態にもなりかねず、本件内定取消によってX社に生ずる不利益は多大なものである。そして、上記のとおり、X社の映画の公開の権利は、表現の自由にかかわる重要な権利であるからこれをできる限り保障すべきである。
ウ 以上より、本件内定取消は、本来最も重視すべきX社の表現の自由の実現という要素を考慮せず、考慮すべきでないことを過大に考慮しているといえ、裁量権の行使が社会通念上著しく妥当性を欠くと認められる。よって、本件内定取消は、裁量権の逸脱濫用に当たり違法である。
⑷ 以上のとおり、本件内定取消は違法である。
以上