10/2/2023
The Law School Times【ロー入試参考答案】
中央大学法科大学院2021年 刑法
設問(1)
1. 住居侵入罪(刑法(以下略)130条前段)
⑴ 住居侵入罪における「侵入」とは、住居等の管理者の意思に反する立ち入りであると解する。本問では甲がA宅に立ち入った午前2時の時点で管理者Aは死亡しているため、管理者の意思が観念できない。
⑵ もっとも、死者の占有を認めた昭和41年4月8日判決の論理により、Aの死亡後もなお管理者の意思を観念できる余地はある。しかし、同判決は、全体的に考察し、死亡原因の作出者に対してのみ、その時間場所的近接性のあるかぎり死者の占有を認めることが法の意図するところであると判示したものである。本件では、Aは甲の行為によって死亡したとは言えない。そのため、死後の管理者の意思を認めることはできない。
⑶ したがって、Aが死亡しているため、住居侵入罪は成立しない
2. 窃盗罪(235条)
⑴ 窃盗罪における「窃取」とは、占有者の意思に反して財物の占有を自己または第三者に移す行為をいう。
本問ではAは死亡しており、甲はA死亡の原因を作出していない。そのため、合計500万円の現金や商品券、宝飾品についてAの占有は認められない。したがって、甲は上記の物の占有をAから移転したとは言えないため、甲の行為は「窃取」に当たらず、窃盗罪は成立しない。
⑵ 上記の現金等は「占有を離れた他人の物」に当たるため、甲に占有離脱物横領罪(254条)が成立する。
⑶ したがって、Aが死亡しているため、甲に窃盗罪は成立せず、窃盗罪占有離脱物横領罪が成立する。
3. 殺人未遂罪(203条,199条)
⑴ 第一に、既述の通り甲には窃盗罪は成立しないため、強盗殺人罪(240条後段,238条)が成立する余地はない。よって、殺人罪について検討する。
⑵ Aは甲がAの胸あたりに包丁で3回刺した行為以前に死亡していたため、殺人罪が未遂犯となるのか、不能犯となるのか問題となる。
ア 未遂犯の処罰根拠は法益侵害の現実的危険を惹起した点にある。よって、行為が結果発生の危険を有しているかで判断すべきである。具体的には行為時に存在した全ての客観的事情を基礎として何があったら結果発生していたかを科学的に明らかにし、その結果発生に必要な事実が存在しえたかを一般人を基準に判断する(修正された客観的危険説)。
イ 本問では、Aが就寝後、甲が刺突行為をする前にAが心臓発作を起こさずに寝ていればAの死亡結果が発生していたと言える。一般人を基準に判断すると、むしろAの就寝後、甲が午前2時ごろに刺突行為をするまでの時間に心臓発作にて死亡する方が稀有なケースであり、心臓発作が発生しないことは十分にあり得たと評価することができる。したがって、甲は法益侵害の現実的危険を惹起したと言える。
ウ よって、甲は未遂犯となる。
⑸ 以上により、甲には殺人未遂罪が成立し、Aの死亡は、殺人罪の既遂か未遂かを左右する。
設問(2)
1. 本件で乙が途中で立ち去った行為に、共犯関係の解消が認められないか。
⑴ 前述の共犯の処罰根拠から、共犯関係の解消が認められるには、結果に対しての因果の除去を要すると解する。
⑵ 本問では、乙は用意した包丁を甲に委ねており、甲はこれを用いて殺人罪の実行行為を行なっている。よって、物理的因果を除去していない。また、乙の立ち去りにつき、甲が特別了承した、甲に対し犯行をやめるよう説得した等の事情もないため、甲の行為は新たな犯意に基づくものとも言えず、心理的因果も残存していると解する。
⑶ したがって、共犯関係の解消は認められない。
2. なお、中止犯(43条)の成立については、①任意性②中止行為を要するところ、乙は恐怖により逃げ出しているため、行為を続行できるのにあえてこれをやめたという関係になく、任意性は認められない(①不充足)。また、中止行為のためには、結果発生のための真摯な努力があるかを、諸般の事情に照らし総合考慮して判断するところ、乙は逃げ出しただけであり、かような行為は存在しない。よって、中止犯も成立しない。
3. 以上により、乙が立ち去った行為には、共犯関係及び中止犯の検討をする余地が生じるという法的意味があるが、いずれも認められない。
以上