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2022年 刑法 京都大学法科大学院【ロー入試参考答案】
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2022年 刑法 京都大学法科大学院【ロー入試参考答案】

1/3/2024

The Law School Times【ロー入試参考答案】

京都大学法科大学院2022年 刑法

第1問

第1 乙の罪責

1. Aに対して、インスリンの投与を止めるよう繰り返し述べ、これを止めさせた行為(以下、本件行為とする。)に殺人罪の間接正犯(刑法(以下、略)199条)が成立する。

 ⑴ Bに対するインスリンの投与を行わなかったのはAであるところ、乙について本件行為に殺人罪の実行行為性が認められるか。

  ア 正犯とは自己の犯罪を実現させたものをいう。そこで、①利用者と被. 利用者との間における一方的支配・利用関係及び②利者に正犯意思が認められる場合には、間接正犯として被利用者による行為を利用者との関係で実行行為と評価することができると解する。

  イ これをみるに、確かに、Bの母親たるAは、医師から生命の維持のためにインスリンの投与が不可欠であるとの説明を受けていた。そのため、Aには、インスリンの投与の中止に対して殺人罪について規範に直面しており一方的支配・利用関係に無かったとも評価し得る。しかし、Aは、藁にもすがる思いで乙に連絡をとり、乙を盲信していたことに加え、Bの生命を救い糖尿病を完治させるためには乙の指示に従う他はない旨の追い詰められた心理状態に陥っていた。そのため、Aは、インスリンの投与がBの罹患している糖尿病を完治させるために必要な行為であり、Bの生命を脅かす行為でないと信じ込んでいたといえる。したがって、Aにはインスリンの投与中止について殺人の故意は認められず、乙の道具となって投与を中止したと評価できる。
    以上より、Aと乙との間に一方的支配・利用関係が認められる(①充足)。
    次に、乙は、Bの病気を自らの力では治せないこと、及び、Aが主治医からBはインスリンの投与をしなければ死亡すると言われていることを十分に承知したうえで、Aを自己に従うほかはないと思わせるまで精神的に追い詰め、Aにインスリンの投与をやめさせており、本件行為を殺人という自己の犯罪として行ったといえる。
    したがって、乙には正犯意思が認められる(②充足)。

  ウ 以上より、本件行為に殺人罪の実行行為性が認められる。

 ⑵ そして、Bは本件行為によって、インスリンの投与を受けることができなくなり、Ⅰ型糖尿病に基づく衰弱によって死亡しており死亡結果の発生と本件行為との間に因果関係が認められる。
   乙は、Bの病気を自らの力では治せないこと及びAが主治医からBはインスリンの投与をしなければ死亡すると言われていることを十分に承知していた。そのため、本件行為によるBの死亡結果の発生を認識・認容していたと評価でき乙に殺人罪の故意が認められる。

2. 以上より、本件行為に殺人罪が成立し、後述の通り、甲と保護責任者不保護罪の限度で共同正犯(60条)となり、乙はかかる罪責を負う。

第2 甲の罪責

1. 甲は、本件行為によりBが「まさか死ぬことないだろう」と思っていたことから、殺人の故意が認められない。そのため、本件行為に甲との関係で、殺人罪の共同正犯(60条、199条)は成立しない。もっとも、甲の指示通りBにインスリンを投与しなかった不作為に保護責任者不保護致死罪(218条後段、219条)の共同正犯が成立しないか。

 ⑴ Bは、7歳と幼く、加えてⅠ型糖尿病に罹患しており、生命維持のためにはインスリンの投与をする必要があったため、「幼年者」(218条)及び「病者」(同条)にあたる。
   そして、「保護する責任のある者」(同条)にあたるかの判断は、法令及び条理という形式的な観点に加え、排他的支配性の有無という実質的な観点をも考慮して行うべきと解する。
   これをみるに、甲とBは、実親子関係にあった。そのため、甲は、乙に対して、監護義務(民法820条)を負っている。加えて、条理の観点からも、親が子供に対して、その生命の維持に必要な措置を行うべき義務を負っているといえる。
   さらに、Bは、甲のみならずAとも同居していたが、Aが乙を盲信していた事情を考慮すれば、Aに対してインスリンの投与という適切な医療措置の実施を期待することはできない状況にあった。そのため、Bの生命という法益の存続が甲に依存していたと評価できる。そこで、甲とBの間には排他的支配性が存したといえる。
   以上から、甲はBに対してインスリンの投与という適切な医療措置を行うべき義務を負っていたといえ、「保護する責任のある者」にあたる。
   上記の通り、Bは、インスリンの投与無しには生存することができない状況下にあった。それにもかかわらず、甲はインスリンの投与を行なっていなかったことから、本件行為は「生存に必要な保護をしなかった」(218条)ものといえる。

 ⑵ 次に、因果関係は、発生した結果につきいかなる範囲で行為者に帰責できるかという客観的帰属の問題であるところ、不作為の因果関係は、期待された行為がなされていたら結果を回避できたことが合理的な疑いを超える程度に確実であり、期待される作為によって解消されるべきであった危険が結果に現実化したときに認められる。
   これをみるに、Bは、「死」(219条)亡しているところ、Ⅰ型糖尿病は、インスリンの投与を適切に行えば病者が死亡することを防ぐことのできる病気である。そのため、甲がインスリンの投与という期待された行為を行えば、Bの死亡という結果を回避できたことが合理的な疑いを超える程度に確実といえる。そして、Aの死亡は、Ⅰ型糖尿病による衰弱死であり、これはインスリンの投与によって解消されるべきであった危険が現実化したものである。
   したがって、Bの「死」亡という結果と本件行為との間には因果関係が認められる。

 ⑶ 60条が、「共同して犯罪を実行したものは、すべて正犯とする」と定めた趣旨は、行為者の行為が他の共犯が引き起こした結果に影響を及ぼした点にある。そこで、①共謀(意思連絡及び正犯意思)及び②共謀に基づく実行行為が認められる場合には、共同正犯が成立し得ると解する。
   甲は、乙の治療法に従っていたものの、当該治療法には半信半疑であった。そのため、Aと異なり、乙を盲信していたとは評価できない。そのため、令和3年10月1日において、甲が乙の指導に従うことを電話で約束した行為は、甲乙間での意思の連絡と評価し得る。もっとも、上記の通り、甲は殺人の故意を持ち、他方で乙は後述の通り保護責任者不保護の故意を持った上で上記約束を行なっているところ、共謀が認められるか。
   共犯の本質は、犯罪を共同して実行する点にある。そして、共犯者間の主観面に係る犯罪の構成要件に齟齬が存する場合であっても、それらが同質的に重なり合うときには、その限度で犯罪を共同して実行したと評価し得る。そこで、当該場合には、重なり合いの限度で意思の連絡があったと解する。
   殺人罪及び保護責任者遺棄罪に係る保護法益は、生命である点で共通する。そして、不作為の殺人罪も認められ得る事情に鑑みれば、両罪に係る行為態様も共通する。そこで、両罪は、軽い保護責任者不保護罪の限度でその構成要件が同質的に重なり合う。
   したがって、甲乙間には、保護責任者遺棄罪の限度での意思連絡が認められ、甲乙にはそれぞれ正犯意思も認められるから共謀が認められる(①充足)。

 ⑷ そして、甲は、上記乙からの電話での指示に従い、Aに対するインスリンの投与を中止している。そのため、共謀に基づく実行行為が認められる(②充足)。
   また、甲は、Bの生存にはインスリンの適切な投与が必要不可欠であること、インスリンの投与を中止したことにより、Bの状態が次第に悪化していることを認識していた。それにも拘らず、乙の指示に従いインスリンの投与を中止したことから、保護責任者不保護の故意が認められる。

2. よって、本件行為に保護責任者不保護罪の共同正犯が成立し、甲はかかる罪責を負う。

第2問

第1 本件カードをポシェットから取り出してテーブルの上に置き、スマホで撮影した行為(以下、第一において、本件行為とする。)

1. 「窃取」(235条)とは、占有者の意思に反して、財物を自己又は第三者の占有下に移転する行為をいうと解する。

2. 本件行為は、本件カードをテーブルの上に置き撮影したにとどまり、直ちに本件カードに係る支配権が甲に移転したとは評価し得ない。

3. したがって、本件行為は「窃取」に当たらず、窃盗罪は成立しない。

第2 甲がX宅において、本件カードをポシェットから抜き取ってポケットに入れた行為(以下、第二において、本件行為とする。)

1. 本件行為に、窃盗罪(235条)が成立する。

 ⑴ まず、本件カードは銀行のキャッシュカードであり「財物」にあたる。そして、本件カードがポケットに入れて容易に持ち運びを行い得る大きさである事情に鑑みれば、本件行為時点で本件カードに係る占有が甲に移転したといえる。そこで、占有者たるXの意思に反して、財物たる本件カードを自己の占有下に移転させる行為といえる。

 ⑵ したがって、本件行為は「窃取」にあたり、本件行為時点で既遂に至ったと評価できる。

 ⑶ そして、甲は、あえてX宅に侵入して本件カードを抜き取っている以上、窃盗の故意を有する。

2. 次に、領得罪が成立するためには、不可罰の使用窃盗及び毀棄罪との区別の観点から、権利者排除意思及び利用処分意思を内容とする不法領得の意思を要すると解すべきである。

 ⑴ まず、甲は、本件カードをXに返還する意図を有していなかったのであるから、権利者たるXを排除する意思を有していたといえる。

 ⑵ 次に、甲は、本件カードを利用してXの預金を引き出し費消する目的で本件行為に及んでいる。そこで、本件カードから何らかの効用を得る目的を有していたといえ、利用処分意思が認められる。

 ⑶ したがって、甲には窃盗罪の不法領得の意思が認められる。

 よって、本件行為に窃盗罪が成立する。

第3 Xの首にナイフを突き付け、死にたくなければ本件カードの暗証番号を教えろと脅迫した行為(第3において、本件行為とする。)

1. 本件行為に、強盗利得罪(236条2項)が成立する。

 ⑴ 暗証番号は、キャッシュカードを有する者に預金の払い戻しを受け得る地位を付与するものである。そこで、暗証番号は、財産的価値を有するものといえる。

 ⑵ したがって、本件暗証番号は、「財産上不法の利益」(同項)にあたる。
   「暴行又は脅迫」(同項、同条1項)とは、財産上の利益奪取に向けられた相手方の反抗を抑圧するに足りる程度のものをいうと解する。

 ⑶ 本件行為は、財産上の利益たる本件暗証番号を得るために行われている。そして、通常人において、殺傷力の高いナイフを急所である首に突き付けられた上で脅迫されれば、恐怖で抵抗することが困難となる。そこで、本件行為は、財産上の利益奪取に向けられた、相手方の反抗を抑圧するに足りる行為といえる。
   したがって、本件行為は「脅迫」にあたる。

 ⑷ また、甲は、本件暗証番号を得る目的で、あえて本件行為に及んでいる以上、強盗利得の故意が認められる。

 ⑸ 加えて、甲は、取得した本件暗証番号を利用し、Xの預金から払い戻しを受けて自己のために費消する目的を有していた。そのため、甲には、権利者排除意思及び利用処分意思が認められる。

2. よって、本件行為に強盗利得罪が成立する。

第4 B銀行の口座の全額をA口座に振り込ませた行為(第四において、本件行為とする。)

1. 本件行為に強盗利得罪(236条2項)が成立する。

 ⑴ 甲はA口座のキャッシュカード及び暗証番号を有しており、A口座の金銭を事実上引き出すことが可能であるから、ナイフを首に突きつけ、A口座へ金銭を振り込むように命じる行為は、財産上の利益奪取に向けられた相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の害悪の告知といえる。したがって、本件行為は、「脅迫」にあたる。

 ⑵ そして、Xは、上記脅迫によってA口座に50万円を振り込んでおり、甲は、「財産上不法の利益を得」たといえる。
   また、甲には、強盗利得罪の故意も認められる。

2. 以上より、本件行為に強盗利得罪が成立する。

第5 Xを縛り上げた上で、Xのスマホを持ってX宅を出た行為(第五において、本件行為とする。)

1. 本件行為に強盗罪が成立するか。

 ⑴ 本件行為は、「他人の財物」たるXのスマホを奪取する目的で行われている。そして、通常人において、縛り上げられれば、痛みと恐怖で抵抗することが困難となる。そこで、本件行為は、財物奪取に向けられた相手方の反抗を抑圧する行為といえる。
   したがって、本件行為は「暴行」にあたる。

 ⑵ もっとも、本件行為を行った時点では、通報やネット取引等を防ぐ目的であった。そして、通報やネット取引等を防ぐことにより、逮捕を免れ又は預金口座からの払い戻しを阻害されない利益を得るところ、当該利益は、スマホによって直接もたらされる利益ではなく、スマホによる通報又は銀行との取引停止措置を介して得られる間接的な利益にとどまる。そこで、本件行為時において、甲は利用処分意思を有していたとは評価できない。
   したがって、甲には強盗罪に係る不法領得の意思が認められない。

2. よって、本件行為には強盗罪は成立しない。もっとも、スマホを持ち去る行為は、Xによるスマホの利用を妨げる行為であり物の効用を害する行為といえるから、本件行為に器物損壊罪(262条)が成立する。さらに、Xを縛り上げた行為は、Xの身体を一定時間拘束する行為といえ逮捕罪(220条)が成立する。

第6 ATMでA口座から50万円を引き出そうとした行為(以下、本件行為という)

1. 本件行為に窃盗未遂罪(235条、243条)が成立する。

 ⑴ A口座は、Xの口座であり、甲は、かかる口座につき正当な払い戻し権限. を有していない。そのため、甲による金銭の引き出しは、口座の金銭の事実上の占有者である銀行の意思に反する引き出しであり「窃取」にあたる。

 ⑵ もっとも、甲が金銭を引き出そうとする前に、XがA口座の金銭をB口座に移しており、甲による金銭の引き出しは、窃取の現実的危険性が認められないのではないか。

 ⑶ 実行行為とは、法益侵害惹起の現実的危険を有する行為をいう。そして、刑法の目的は、一般人への行為規範を通じての一般予防にある。そこで、行為時に①一般人が認識可能であった事情及び➁行為者が特に認識していた事実を基礎に一般人の観点から法益侵害惹起の現実的危険性が認められる場合には、実行行為性が認められると考える。
   これをみるに、A口座の残高が0円であることは一般人には認識不可能であったし、甲もA口座の50万円が預金されているものと認識していた。そのため、一般人の観点からは、本件行為には、窃取の現実的危険性が認められる。

2. 以上より、本件行為は窃盗罪の実行行為性が認められ、「窃取」にあたる。
 そして、甲は、A口座から金銭を引き出すことができず、「これを遂げなかったとき」(43条本文)にあたるから、本件行為には、窃盗未遂罪が成立する。

第7 罪数

 以上より、甲には、①キャッシュカードの窃盗罪、➁暗証番号についての強盗利得罪、③A口座に50万円を振り込ませた強盗利得罪、④逮捕罪、⑤器物損壊罪、⑥窃盗未遂罪が成立し、①は➁に吸収され、他の罪と併合罪(45条)となる。

以上

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