6/28/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
大阪大学法科大学院2024年 刑法
1. 甲の罪責
⑴甲が本件ネックレスを持参してきた自分の鞄に詰め込み、その鞄ごと自宅まで持ち帰った行為に窃盗罪(刑法235条)が成立しないか。
ア 本件ネックレスは、A所有の家に保管されていたものであるため、「他人の財物」に当たる。また、「窃取」とは他人の財物を他人の意思に反して自己又は第三者の占有下に移す行為をいうところ、甲は他人の財物たる本件ネックレスを、Aの意思に反して、自分の鞄に詰め込み持ち出すことで甲の占有下に移しているのであるから、甲の上記行為は「窃取」に当たる。
イ また、甲に他人の財物を窃取したことに対する認識・認容があることから同罪の故意(38条1項本文)が認められる。
ウ では、甲に不法領得の意思は認められるか。
(ア)不法領得の意思は、不可罰的な使用窃盗や毀棄罪と窃盗罪を区別するために必要であり、その内容は、権利者を排除して他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従いこれを利用処分する意思をいう。
(イ)本件で、甲はAが本件ネックレスの紛失により精神的に打ちのめされた後で元の場所に戻そうとしているものの、Aが本件ネックレスの紛失に気が付くまでは自己の占有下に本件ネックレスを置こうとしていたのであるから、権利者たるAを排除して他人の物を自己の所有物とする意思が認められる。しかし、甲は、Aを逆恨みし報復として、上記行為によりAの祖母の形見である本件ネックレスをAが紛失したように見せかけることでAに重度の精神的苦痛を与えようとしているだけであり、本件ネックレス自体から何らかの効用を得ようとする意思を窃取時点で有していない。また、後述の通り甲は、占有移転後に本件ネックレスを10万円で処分する意思を生じさせ、実際に処分しているのであるが、不法領得の意思は占有移転時に判断するため、本件においては問題とならない。
(ウ)よって、甲については利用処分意思が欠け、不法領得の意思は認められない。
エ 以上より、甲の行為に窃盗罪は成立しない。
⑵甲の同様の行為に器物損害罪(261条)が成立しないか。
本件ネックレスは、上述の通り「他人の物」に当たる。また、「損壊」とは物の効用を害する一切の行為をいうところ、甲の行為により、本件ネックレスを祖母の形見として鑑賞するという本件ネックレスの効用を侵害しているため、甲の行為は「損壊」に当たる。そして、甲は他人の物を損壊したことに対する認識・認容があるから、同罪の故意も認められるため、甲の行為に同罪が成立する。
⑶甲のBに本件ネックレスを10万円で譲り渡した行為に占有離脱物横領罪(254条)が成立しないか。
本件ネックレスは、甲の上述の占有移転行為によりAの占有から離れた物であるから「占有を離れた他人の物」に当たる。また、「横領」とは、不法領得の意思に基づいて目的物を利用処分することをいうところ、甲は、Aという権利者を排除して、本件ネックレスを10万円に換金するという経済的用法に従い処分しており、甲の行為は「横領」に当たる。そして、甲に同罪の故意と不法領得の意思が認められることから、甲の上記行為に同罪が成立する。
⑷以上より、甲は器物損壊罪と占有離脱物横領罪の罪責を負い、両罪は別個の行為によるものであるから、併合罪(45条前段)となる。
2. 乙が甲の体を両手で突き飛ばした行為に傷害罪(204条)が成立するか。
⑴「傷害」とは、人の生理的機能を侵害する行為をいうところ、乙の行為により甲は転倒し、後頭部を花壇の石にぶつけ瀕死の重傷を負っており、甲は生理的機能を侵害されているから、乙の行為は「傷害」に当たる。そして、傷害罪は暴行罪(208条)の結果的加重犯であり、乙は甲の体を両手で突き飛ばすという暴行につき認識・認容があるから、暴行につき故意が認められ、乙の行為は傷害罪の構成要件を満たす。
⑵乙は自己とAのことを守るために上記行為にでているのであるから、正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されないかが問題となるものの、本件で、客観的にみて甲の乙に対する「急迫不正の侵害」は存在しない。
よって、正当防衛は成立せず、違法性は阻却されない。
⑶もっとも、乙は「不正の侵害」がないのにあると誤信していることから、誤想防衛が成立し、違法性阻却事由の錯誤として責任故意が阻却されないか。
乙の認識では、甲が泥酔しているAを襲っており、また、甲が手を伸ばしたギターケースを振り回して襲ってくるのではないかと誤信しており、かかる状況は法益の侵害が現に差し迫っており、違法なものであるため、「急迫不正の侵害」が認められる。
次に、違法性の実質は社会的相当性を逸脱した法益侵害・危険性の惹起にあり、行為者の主観は社会的相当性の有無に影響を与えるため、「防衛するため」という防衛の意思は必要と考えられるところ、乙はAと自身を甲の侵害行為から防衛するために上記の行為にでており、侵害に対応しようとする意思が存するため、防衛の意思が認められる。
また、「やむを得ずにした行為」とは防衛行為として必要性と相当性を有する行為をいうところ、侵害行為がある以上乙は上記の行為にでる必要性があるし、泥酔しているAを襲うという不同意性交又は不同意わいせつと言った行為や、乙に対するギターケースという重い道具を使った暴行に対して素手で突き飛ばすという行為は、両者の体格に大きな差がないことを考慮すれば相当性を有するため、「やむを得ずにした行為」と言える。
よって、誤想防衛が成立し、違法性阻却事由の錯誤として責任故意が阻却される。
⑷以上より、乙に傷害罪は成立しない。また、上記誤信につき乙に過失を伺わせる事情もないことから、過失傷害罪(209条1項)も成立しない。
以上