4/12/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
大阪大学法科大学院2025年 刑法
1. 甲の罪責
(1)甲がAに対し、川に飛び込んで死ぬように命じた行為について殺人罪(刑法(以下、法令名略)199条)または自殺関与罪(202条前段)の成立が考えられるところ、どちらを検討すべきか。
ア 「自殺」(202条前段)とは、自らの自由な意思に基づいて自己の生命を絶つことをいうところ、Aは、甲の命令に応じて川に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥り、溺れて死ぬことを覚悟して川に飛び込んでおり、自らの自由な意思に基づいて行った行為とはいえず、「自殺」とはいえない。
イ よって、自殺関与罪が成立する余地はない。
(2)では、かかる行為について殺人罪が成立するか。
ア まず、甲が殺人罪の正犯といえるかが問題となる。
(ア)この点、明文はないが、正犯とは自らの意思で犯罪を実現し、第一次的に責任を負う者である。そして、直接的に構成要件的行為を行わなくても、他人を利用して結果を発生させることは可能である。そうであれば、他人を利用して因果経過を実質的に支配し、犯罪を実現した者も間接正犯として正犯ということができる。
そこで、被利用者について行為支配性を有しており、自己の犯罪として実現する意思を有している場合は、間接正犯として、実行行為性が認められると解する。
(イ)甲は、制裁行為を行うことにより、Aに、甲の命令に応じて川に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせており、行為支配性を有しているといえる。また、甲はAに対して川から飛び込んで死ぬことを命じているところ、自己の犯罪として実現する意思を有しているといえる。
(ウ)したがって、甲は間接正犯として殺人罪の実行行為性が肯定される。
イ もっとも、甲の行為とAの死亡結果に因果関係が認められるか。
(ア)因果関係は、偶発的な結果を排除し、帰責の範囲を適正なものにするために求められるものである。
したがって、条件関係の存在を前提に、介在事情の異常性、介在事情の結果への因果的寄与度を考慮し、実行行為に含まれる危険が現に発生した結果に現実化したといえる場合に因果関係は肯定される。
(イ)まず、甲のかかる行為がなければAは死ぬことがなかったといえ、条件関係は肯定できる。
乙のAを助けなかったという介在事情の結果への因果的寄与度につき、たしかに、乙がAの救助行為を行っていれば、Aは確実に救命された。しかし、乙の介在事情がなくても、Aは川に流されている間に岩にぶつかり負傷し、自力で川から出る体力を失っていたことを考慮すると、乙の行為の結果への寄与度は高いものとはいえない。
また、甲のかかる行為は、溺れて死亡する危険性の高いものであり、結果への寄与度は高い。そうすると、甲のかかる行為に含まれるAの死亡の危険が現実化したと評価でき、因果関係を肯定することができる。
ウ また、甲は、事実関係に錯誤もないのであるから、殺人罪の故意も認められる。
(3)したがって、甲は殺人罪の罪責を負う。
2. 乙の罪責
(1)乙がAを助けることをやめて、河川敷に引き返した行為について殺人罪(199条)が成立しないか問題となるが、乙は、Aが死ぬであろうとか、死ぬかもしれないが死んでもかまわないとかいうことまでは思っておらず、犯罪事実の認識・認容たる故意(38条1項本文)を欠くため、殺人罪は成立しない。
(2)もっとも、かかる行為について、保護責任者遺棄致死罪(219条、218条)が成立しないか。
ア まず、乙の上記行為は不作為による置き去りたる「遺棄」に当たるか。
(ア)Aは、川に流されている間に岩にぶつかり負傷し、自力で川から出る体力を失っており、「病者」に当たる。
(イ)次に、乙はAを「保護する責任のある者」に当たるか。
a 保護責任が認められるには、保護義務と救命可能性が要求される。
b たしかに、乙が、Aが流されているのに気づいた段階では、Aの負傷に乙は関与しておらず、保護義務があるとは言えないように思える。もっとも、乙は、乙のほかにAを助けにいける人はいなかったため、Aを助けるために腕を掴んだ段階でAの生死について排他的支配があったといえる。また、すがりついてくるAを引き離しており、その点からも保護義務を肯定する事情に働く。
また、乙がAを川から引き上げることも容易であり、救命可能性も肯定できる。
c そうすると、乙にはAを保護する責任があったといえ、「保護する責任のある者」に当たる。
(ウ)それにもかかわらず、上記義務を果たしておらず、乙の上記行為は不作為による置き去りたる「遺棄」に当たるといえる。
イ そして、Aは「死」亡している。
ウ また、期待された作為たる乙の救助行為があれば、Aは確実に救命されたのであり、期待された作為がなされていれば合理的な疑いを超える程度に確実に死という結果発生を防止できたといえる。
そのため、因果関係たる「よって」の要件を満たす。
エ また、乙に同罪の故意が認められる。
(3)以上より、乙に保護責任者遺棄致死罪が成立する。
以上