2/29/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
東京大学法科大学院2023年 民事系
大問1
第1(設問)
1. 本件抵当権1の設定は、AB間の利益相反行為(民法(以下略)108条2項)として無権代理行為とみなされる結果、追認がなされないことにより無効にならないか。
⑴ 相手方が看取することのできない行為者の内心等を利益相反の考慮要素とすれば、相手方に不測の損害を与えかねない。そこで、相手方の取引の安全保護の観点から、「代理人と本人との利益が相反する行為」に当たるかは。行為の外形から客観的に判断すると考える。
これをみるに、BはA名義で借り受けたCに対する借受債務である乙債権を担保する目的で本件抵当権1を設定している。この点、たしかにBはCから借り受けた1000万円を自ら経営する事業の資金として用いるつもりであったから、かかる債務を担保するための本件抵当権1の設定は利益相反行為に当たるとも思える。しかし、Bは乙債権をA名義で借り受けており、行為の外形からみるとA名義の債務の担保のためにA所有の甲不動産に抵当権が設定されたことになるため、利益相反行為は認められない。
⑵ したがって、本件抵当権1の設定は、「代理人と本人との利益が相反する行為」には当たらず、利益相反行為として無権代理を構成せず、追認拒絶により無効とならない。
2. 次に、本件抵当権1の設定は、代理権の濫用(107条)にあたり無権代理となる結果、追認がないことにより無効とならないか。
⑴ これをみるに、Bは、Aから甲不動産の管理処分について代理権を授与されており、「代理人」にあたる。また、Aから授与された管理処分についての代理権には担保借り入れを行うことも含まれており1000万円の借入および本件抵当権の設定は、「代理権の範囲内の行為」といえる。そして、Bは、A名義で借り入れた1000万円を自ら経営する事業の資金として用いるつもりで上記借入及び本件抵当権1の設定という代理行為を行っており、「自己…の利益を図る目的」も認められる。
⑵ 以上より、本件抵当権1の設定は代理権の濫用に当たる。そのため、相手方であるCが、かかるBの目的を知り又は知り得たときには本件抵当権1の設定は「代理権を有しない者がした行為」となり113条1項により本人Aの追認がない限り無効となる。
大問2
第1(小問1)
1. Hは株主代表訴訟(会社法(以下略)847条3項)を提起して、任務懈怠に基づく損害賠償請求(423条1項)として、EのD社に対する1000万円の責任を追及できないか。
⑴ まず、D社は、非公開会社であるから、「株主」(847条1項、2項)Hは、D社に対し、「役員」であるEの責任追及の訴えを提起することを請求することができる。そして、Hは、Dに対し提訴請求を行ったが、D社は、かかる請求から60日以内に同訴えを提起しなかった。そのため、Hは自らEに対する責任追及の訴えを提起することができる(847条3項)。
よって、Hによる株主代表訴訟の提起は有効である。
⑵ では、Eに任務懈怠責任(423条1項)が認められるか。
ア まず、Eは「取締役」である。
イ では、Eは、「任務を怠った」といえるか。EはFに対する自らの債務(丙債権)を被担保債権としてD社を代表して本件抵当権2を設定しているから、かかる行為が利益相反行為(356条1項2号、3号)に当たり、423条3項1号により任務懈怠が推定されないかが問題となる。
(ア)これをみるに、まず、「自己又は第三者のために」(356条1項2号)とは、取引安全の保護の観点から自己又は第三者の名義でとの意義であると解するところ、本件抵当権2の設定は、D社とF社の間でなされているから、「自己又は第三者のために」とは当たらない。よって、本件抵当権2の設定は直接取引(356条1項2号)には当たらない。
(イ)次に間接取引(同項3号)に当たるかは、直接取引と同程度の危険性が認められるかによって判断する。もっとも、間接取引も事前の承認手続きが必要となるからその範囲を明確にしておく必要がある。したがって、かかる危険性の判断は類型的・客観的に判断すべきである。具体的には、利益相反取締役が取引の当事者として直接的に関与しており、取引条件の決定に影響を及ぼしやすい立場にあることが必要であると考える。
これをみるに、EはD社を代表して本件抵当権2の設定を行っており、抵当権2の設定契約に取引の当事者として関与している。したがって、Eは、契約内容に影響を及ぼしやすい立場にあったといえ、直接取引と同程度の危険性が認められるから、本件抵当権2の設定は間接取引に当たる。
(ウ)そして、上記間接取引によって、D社は、丁不動産を失っており「損害」(423条3項柱書)が生じている。同項は利益相反取引に取締役会の承認を得ているかに関わらず、損害が生じた際には任務懈怠を推定することで会社財産の保護を図った規定である。でしたがって、利益相反取締役であるEは、同項1号に該当し、取締役会の承認を得ているものの「任務を怠った」ものと推定される。よって、Eは、「任務を怠った」といえる。
ウ また、Eは、本件抵当権2の設定が間接取引に当たることについて悪意である。
エ そして、上記のとおり、本件抵当権2の実行によってEは丁不動産を競売にかけられ、そこからF社に1000万円の弁済がなされているから1000万円の「損害」が認められ、任務懈怠との因果関係も認められる。
オ したがって、Eには任務懈怠責任が認められる。
⑶ 以上より、Hは株主代表訴訟を提起して、任務懈怠に基づく損害賠償請求(423条1項)として、EのD社に対する1000万円の責任を追及できる。
2. 次に、Hは株主代表訴訟によって、取締役の「責任を追及する訴え」(847条1項)として、会社のEに対する求償権を行使し、EのD社に対する1000万円の責任を追及できないか。
⑴ この点、株主代表訴訟制度の趣旨は、役員相互の特殊な関係から会社が取締役に対する責任追及を怠るおそれがあるため、会社が責任追及しない場合には株主が代わって訴訟を提起できるとすることで株主の利益を保護する点にある。そして、かかる趣旨は、会社法上の取締役としての責任のみならず、取締役が会社に対して負う取引債務に当てはまる。また、取締役は会社に対する忠実義務(355条)により、取引債務を履行すべきである。
したがって、847条1項のいう「責任」には、取引債務も含まれると考える。
⑵ そして、本件でD社がEに対して行使しようとする求償権は、Eの債務を被担保債務とする本件抵当権2が実行されたことによって、D社がEに対して取得する求償権である。したがって、かかるEの求償債務は、取引債務といえるからEの求償債務も「責任」に含まれる。
⑶ 以上より、Hは株主代表訴訟によって、取締役の「責任を追及する訴え」として、会社のEに対する求償権を行使し、EのD社に対する1000万円の責任を追及できる。
第2(小問2)
1. 本問では、本件訴訟の被告を誰と考えるかによってHの取るべき対応、裁判所の処理が異なる。そこで以下では、被告をEとする考え方とIとする考え方に分けて検討する。
⑴ まず、当事者の確定基準が問題となるところ、当事者が誰なのかは人的裁判籍や当事者能力等、一定の訴訟要件の判断基準となることから、基準を明確にし、当事者を迅速に確定する必要がある。そのため、当事者の確定は訴状の記載を基準とするのが原則である。
もっとも、書面解釈の際、全く形式的に解釈するのならば、具体的に妥当な結論を導くことはできない。
そこで、一切の訴状の表示を合理的に解釈して当事者を判断すべきである。
⑵ これを本問についてみると、本問では、訴状の被告欄にEの氏名、及び住所が記載されており、その請求の内容もEのD社に対する責任を追及するものであるから、本件訴訟の被告はEであると考えることができる。
もっとも、Eは本件訴訟の訴状提出前に死亡している。そして、原告はEが死亡していると知っていたならば、その相続人を被告とする訴状を提出していたはずである。したがって、訴状から原告の意思を合理的に解釈して本件訴訟の被告を相続人Iと考えることもできる。
⑶ 以上より、本件訴訟の被告は、EともIとも考えることができる。
2.まず、被告をIとする考え方を検討する。
⑴ この場合、訴状の被告の記載を合理的に解釈してIと考えるのだから、本件訴訟の当事者はもともとIであったことになり、裁判所としては表示の訂正を行い訴状の表示をIと変更することになる。また、Hは裁判所に対し、表示の訂正を求めることになる。
3. 次に、被告をEとする場合を考える。
⑴ この場合、本件訴訟における被告はEとなるから、それを表示の訂正によって別人であるIに変えることはできない。そのため、裁判所は、被告が存在しないとして訴えを却下するのが原則である。そして、Hは再び被告をIとして訴訟を提起することになる。
⑵ もっとも、本件訴訟の第一回口頭弁論期日にIが出頭しているのに一度訴えを却下したうえで再度Iに訴訟を提起するのは迂遠である。そこで、Hは任意的当事者変更の手続きによって本件訴訟の被告をIに変更することを裁判所に請求することが考えられる。
ア. 任意的当事者変更は、判例において主観的追加的併合を認めていないことを考慮し、新当事者に対する新たな訴えの提起と旧当事者に対する訴えの取下げが複合された行為であると考える。そのため、任意的当事者変更は、①新訴について旧訴との共同訴訟の要件(民事訴訟法38条)と➁旧訴の取下げの要件(同法261条2項)を満たす場合に許容されると考える。
イ. これをみるに、まずIに対する新訴は、Eの相続人であるIにEの責任を追及する訴えであり本件訴訟と「同一の事実上の・・・原因に基づくとき」といえ共同訴訟の要件を満たす(①)。また、旧訴被告であるEはすでに死亡しており旧訴の取下げにつきEの同意は不要である(➁)。
ウ. 以上より、本件では任意的当事者変更が許容される。
⑶ したがって、被告がEと考える場合、Hから任意的当事者変更の請求があった場合には、裁判所はこれを認めるべきである。
以上