11/30/2023
The Law School Times【ロー入試参考答案】
中央大学法科大学院2023年 刑法
設問(1)
1. まず、甲がAを無理やり車に乗せようとしてAの両腕を強くつかんだ行為にわいせつ目的略取未遂罪(刑法(以下、略)225条、228条)が成立する。
2. 次に、甲は上記行為によってAを空き家まで運び、強制性交する計画であったから、上記行為に強制性交致傷罪(177条前段、180条、181条2項)が成立しないか。甲がAの腕をつかんだ時点で同罪の「実行に着手」(43条本文)したといえるかが問題となる。
⑴ 「実行に着手」とは、構成要件該当行為の開始、又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る客観的な危険性を有する行為を行うことをいう。
⑵ これをみるに甲の計画では、Aを車に乗せた後(以下、第1行為)空き家までAを運び、そこで強制性交する(以下、第2行為)計画であり、第1行為は第2行為を行うために必要不可欠な行為であった。もっとも、Aを車に乗せてもAは気絶しているなど抵抗不能な状況であったわけではなく、第2行為の前にAが逃れることもあり得た。また、計画では空き家に鍵を壊して侵入するという行為が必要であり、鍵が壊せない、その間にAに逃げられる等の障害が生ずる可能性もあった。そのため、第1行為だけでは以後の計画遂行上の特段の障害が不存在になったとまでは評価できない。以上、第1行為の時点では、まだ結果発生に至る危険性が認められないから「実行に着手」したとはいえない。
⑶ したがって、甲に上記罪は成立しない。もっとも、甲は、上記行為によって全治3週間の「傷害」を与えているから傷害罪(204条)が成立する。
3. 以上より、甲に上記2つの罪が成立し、観念的競合(54条1項)となる。
設問(2)
1. 乙がAにスマホを投げつけた行為について暴行罪(208条)が成立しないか。
⑴ 乙はAの顔面のすぐ近くを通過するようにスマホを投げており、かかる行為はAに対する不法な有形力の行使といえるから「暴行」にあたる。また、故意も問題ない。
⑵ そして、乙は、Aに抱きつかれることを防ごうとして上記行為に及んでいるが、Aの行為には緊急避難が成立するから「不正の侵害」(36条1項)とは言えず正当防衛は成立しない。もっとも、乙はAが襲ってくると誤信し上記行為に及んでいる。そのため、違法性阻却自由の錯誤によって責任故意が阻却されないか。
故意責任の本質は、規範に直面し反対動機が形成可能であったのにも関わらず、行為に及んだことに対する道義的非難にあるところ、違法性阻却事由があると誤信した場合には、規範に直面したといえないから避難できず、責任故意が阻却される。
これをみるに、乙はAが襲ってくると誤信しており、乙の認識では「急迫不正の侵害」が認められる。そして、乙は自己を「防衛するため」に、Aの顔付近にスマホを投げつけており、これは乙の誤信した侵害に対する「やむを得ずにした」行為といえる。
以上より、責任故意が阻却され、乙に上記罪は成立しない。
2. 乙の上記行為について甲に対する傷害罪が成立しないか。
⑴ 乙は、スマホを投げつけるという暴行によって甲に全治1週間の「傷害」を与えている。なお、乙は甲にスマホが当たることを認識していなかったが、同行為にAに対する暴行の故意が認められる以上、同一の犯罪事実を認識しているといえ故意も認められる。
⑵ しかし、乙の行為は、客観的にはAを襲う甲からAを防衛するためにやむを得ずにした行為といえ正当防衛の要件を満たす。もっとも、乙はAから自己を防衛する意思で行為に及んでいる。この点、防衛の意思とは正当防衛における故意ともいえる要件であるから防衛の意思についても故意と同様の考えるべきである。よって、乙の主観と客観は正当防衛という同一の要件内で符合しているから、乙には防衛の意思が認められ正当防衛が成立する。
以上より、乙に上記罪は成立しない。
以上