1/3/2024
第1 検察官面前調書である場合
1. 自然的関連性がない場合、証拠能力が否定されるが、本件調書に自然的関連性は認め られるか。
⑴ 主要事実を推認しないものを証拠として採用することは、無意味である。そこで、証拠能力(刑事訴訟法(以下、略)317条参照)が認められるためには、当該証拠から認定される事実が主要事実を推認すること(自然的関連性)を要する。
⑵ Aが捜査段階で参考人として取調べを受けた際に作成された調書(以下、本件調書とする。)からは、Aが上司であるXから不可解な帳簿書換えを指示された事実を認定することができる。そして、当該事実とXが経理部長として甲社の資金の調達運用及び金銭の出納保管等の業務に従事していたという事実を併せ考慮すれば、経験則上、Xが甲社業務預かり保管中の金銭を領得した事実、すなわちXが「横領」(刑法253条)行為を行なった事実を推認することができる。そこで、本件調書は、主要事実たるXによる「横領」行為を推認することができる。
⑶ したがって、本件調書には、自然的関連性が認められる。
2. 本件調書が伝聞証拠にあたれば、原則として証拠能力が否定される(320条1項)ところ、本件調書は伝聞証拠にあたるか。
⑴ 供述証拠は、知覚、記憶及び叙述の過程を経て作成されるところ、各過程には誤謬が介在するおそれがある。そのため、反対尋問等により内容の真実性を吟味すべきであるところ、公判期日外の供述を内容とする場合には、これを行うことができない。320条1項の趣旨は、以上のような内容の真実性を吟味できない証拠が採用されることにより、誤った事実認定がされることを防止する点にある。そこで、伝聞証拠とは、①公判期日外の供述を内容とする証拠で、②公判期日外の供述に係る内容の真実性を立証するために使用されるものをいうと解する。そして、内容の真実性が問題となるかは、要証事実との関係で決せられると解する。
⑵ まず、本件調書は、捜査段階において為された取調べにおけるAの供述を内容とする。そこで、公判期日外の供述を内容とするものである(①充足)。
次に、本件調書の要証事実及び立証趣旨は、Aが上司であるXから不可解な帳簿書換えを指示された事実である。なぜなら、第一の1の通り、上司であるXから不可解な帳簿書換えを指示された事実を要証事実とすれば、本件調書により認定される事実から、主要事実の存在を推認することができるからである。そして、この要証事実との関係では、Aの供述内容の真実性が問題になる。そこで、本件調書は、Aによる供述内容の真実性を立証するために使用される証拠といえる(②充足)。
⑶ よって、本件調書は伝聞証拠にあたる。
3. したがって、本件調書に証拠能力が肯定されるためには、「検察官及び被告人が証拠とすることに同意」(326条1項)した場合を除き、後述の伝聞例外(321条1項2号)の要件を満たさなければならない。
⑴ まず、「公判期日において前の供述と相反する…供述をした」(同号)と言えなければならない。
「公判期日において前の供述と相反する…供述をした」と言えるためには、調書自体で、又は他の証拠と相まって、公判供述とは異なる事実認定をもたらす程度の相違が必要である。本件でAは、公判において、「自分はX部長が会社のお金を着服していたなどということは全く知りませんでした。」と供述している。他方で、参考人としての取調べにおいては、Xから不可解な帳簿書換えの指示をされたことにより、金銭着服の事実に気がついていな旨の供述をしている。このように本件では、Aの公判供述でなく調書におけるAの供述を採用することによって、Xの指示があったという事実について認定することができるようになる。よって、調書自体で、又は他の証拠と相まって、公判供述とは異なる事実認定をもたらす程度の相違をもたらすこととなる。
したがって、「公判期日において前の供述と相反する…供述をした」といえる。
⑵ また、「公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するとき」(同号但書)すなわち相対的特信情況を要する。
特信状況は証明力ではなく証拠能力に関する要件である。そこで、特信情況の判断は、外部的付随的事情のみを考慮すべきであり、外部的付随的事情の考慮要素としてのみ供述内容を考慮することが許されると解する。
供述者たるAは、Xの部下であった。そして、公判における上記供述は、上司たるXの面前で行われている。そのため、Xに対する畏怖ないし忖度により、Xに有利な供述を行うおそれが高いといえる。他方で、本件調書は、Xのいない場所における供述を内容としていたため、上記のおそれはない。
したがって、「公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するとき」(にあたる。
⑶ さらに、本件調書は、「被告人以外の者…の者の供述を録取した書面」(同項柱書)にあたる。そのため、証拠能力が認められるためには、供述者たるAの「署名又は押印」(同項柱書)を要する。
第2 警察官面前調書である場合
1. 本件調書に自然的関連性が認められること及び伝聞証拠に該当することは、第一の通りである。
2. 本件調書に証拠能力が肯定されるためには、「検察官及び被告人が証拠とすることに同意」(326条1項)した場合を除き、伝聞例外(321条1項3号)の要件を満たさなければならない。
⑴ 同号が「供述することができ」(同号)ないことを要件として趣旨は、供述不能である場合には被告による反対尋問も不可能である以上、被告の反対尋問権(憲法37条2項)を侵害するおそれがない点にある。そこで、供述不能は、321条1項3号に掲げられた事由に限定されず、反対尋問権を侵害するおそれのない場合、すなわち同号列挙事由と同様又はそれ以上の事由も含まれると解する。
本件調書の供述者たるAは、公判期日において供述している。そのため、同号列挙事由と同様又はそれ以上の事由が存するとはいえない。
したがって、「供述することができ」ない場合にあたらない。
⑵ 本件調書は、上記の通り、Xによる「横領」行為を推認することができる。そこで、証拠収集状況に鑑み、本件調書なくしては、Xによる「横領」行為を推認することが不可能である場合には、「犯罪事実の存在の証明に欠くことができないものである」(同号)といえる。
⑶ Xによる不可解な帳簿書換えの指示は1年前ほどから為されているため、供述内容が直近の事情について為されたとはいえない。加えて、Xによる指示の内容が詳細に供述されているともいえず、Aの記憶が鮮明なものと評価することもできない。
したがって、「その供述が特に信用すべき情況の下にされたものである」(同号但書)とはいえない。
⑷ 本件調書は、「被告人以外の者…の者の供述を録取した書面」(同項柱書)にあたる。そのため、証拠能力が認められるためには、供述者たるAの「署名又は押印」(同項柱書)を要する。
3. よって、本件調書の立証趣旨及び証拠能力が認められるための要件は、上記の通りである。
以上