7/21/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
東京大学法科大学院2024年 刑事系
第1 Xの罪責
1. Xが警察官を装いAに電話をかけて「Aのキャッシュカードを封筒に入れて保管することが必要であり、これから訪れる金融庁職員がカードについて作業を行うのでキャッシュカードを用意しておいてほしい」などといった本件うそを述べた行為について、詐欺罪の未遂(刑法246条1項、250条)が成立するか。
⑴ 「欺」く行為の「実行に着手」(43条本文)したといえるか。
⑵ まず、詐欺罪(246条1項)は交付罪だから、「欺」く行為とは、「交付」行為に向けられ、財物を「交付」するかの判断の基礎となるような重要な事項を偽る行為をいうと解する。「交付」行為というには、欺かれた者が、少なくとも占有の移転を基礎付ける外形的事実を認識していなければならない。そのため、欺かれた者がそう認識する現実的危険を有しない行為は、「欺」く行為たりえない。
⑶ また、未遂犯の処罰根拠は結果発生の現実的危険性を惹起した点に求められることと、「犯罪の実行に着手して」との文言から①構成要件該当行為に密接し、②既遂結果発生の現実的危険性を有する行為をいうと解する。行為者の計画を考慮し、⒜構成要件該当行為を確実かつ容易に行うための準備的行為の必要不可欠性、⒝準備的行為以降の計画遂行上の特段の障害の存否、⒞両行為の時間的場所的近接性などを総合して判断する。
まず、Xは、真実はAが詐欺被害にあっている可能性はないのに、その可能性があると偽り、被害額を返金するためにキャッシュカードが必要である旨偽っている。もっとも、これらは、それ自体交付行為に向けられたものではないから、「欺」く行為に当たらない。
次に、自身が金融庁職員であると偽った上、キャッシュカードをXの提供する封筒に入れる必要がある旨偽っている。甲は、その場でキャッシュカードを確認し、確認後は返却するから、それを自宅で3日間保管するよう併せ申し向けている。たしかに、Xの計画に照らせば、キャッシュカードをXに交付した後、Aはその場を離れることになっており、Aのキャッシュカードの占有をXに移転する意思の発生を惹起するともいい得る。しかし、あくまでA方というAの支配領域内部で、瞬間的にXにキャッシュカードの入った封筒の支配を委ねるものにすぎないから、Aは占有を弛緩する意思を有することはあっても、終局的な占有移転の意思を生じることはない。よって、交付行為に向けられた「欺」く行為に着手したものとはいえない。
2. では、同行為に窃盗未遂罪(235条、243条)が成立するか
⑴ 「窃取」とは、占有者の意思に反する占有の移転をいう。Xの計画ではすり替えに用いるポイントカードを入れた偽封筒を用意し、Aにキャッシュカードを空の封筒に入れさせた後、割り印をするための印鑑が必要であると述べてAに印鑑を取りに行かせ、Aが離れた隙にキャッシュカード入りの封筒と嘘封筒とをすり替えて、キャッシュカード入りの封筒を持ち去るというものである。通常、電話の相手方が警察官であると認識したならばその会話内容について一定の信頼を置くものといえる。そうすると、Xが、Aの意思に反してキャッシュカードの管理支配を移転することを容易かつ確実に行うために必要不可欠な行為といえる。また、Xは電話をかけた後すぐにA宅に行く予定であって、現にA宅に向かっていることから、時間的に近接している。そして、この段階で警察に発覚するなどして、計画の実行に支障が生じる可能性は極めて低いから、特段の支障はない。 したがって、Xが上記の各虚言を弄した時点で、Aの所有する財物として「他人の財物」にあたるキャッシュカードの「窃取」に「着手」したといえる。
⑵ また、Xは本件うそをAに告げた後、A宅に向かったがA宅から100メートルに至った時点で、警戒にあたっていた警察官の職務質問を受けたため、それ以降の計画遂行に至らなかった。
⑶ 故意、不法領得の意思に欠けるところはない。
⑷ また、職務質問という外部的行為によって、計画断念を余儀なくされており、やろうと思えばやれたという関係が認められないから、中止犯は成立しない。
⑸ 以上より、Xに窃盗未遂罪が成立する。
第2 設問
1. 結論として、裁判所は本件記載の捜索差押許可状を発付することができる。
2. 捜索場所について、「甲市〇〇町◯番◯号乙マンション301号室並びに同室内に在所する者の身体及びその所持品」という記載では、特定を欠かないか。
3. まず、「捜索すべき場所」は、「甲市〇〇町◯番◯号乙マンション301号室」と空間的位置が明確にされており、かつ、301号室と一個の住居権・管理権に包摂されているから、特定明示に欠けるところはない。
4. では、「捜索すべき…身体」、「捜索すべき…物」の明示特定は十分か。
⑴ 憲法35条の趣旨は、令状裁判官が個別的に「正当な理由」を判断するのを確保することで、被疑事実に関連しない一般的探索的捜索押収を禁止し、被処分者のプライバシー・財産権等の人権を確保するとともに、被執行者に受忍範囲を明示し、不服申立て(430条)の便宜を図る点にある。
そうすると、本件令状のように、「ある場所にいる人の身体及び所持品」という記載では、その人や所持品を特定していない以上、それを捜索する「正当な理由」があるか否か、すなわち、そこに証拠物が存在する蓋然性があるか否かを裁判官が予め判断できないから、通常は特定を欠くこととなる。
ただし、例外的に、その場所にいるというだけで、その者の身体及び所持品について、一律に証拠物が存在する蓋然性が認められるという場合ならば、裁判官は、それを事前に審査できるから、そのような記載でも特定を欠くことはないということになる。
⑵ 本件の「捜索すべき場所」は、Xが所属する犯罪グループが甲市内にあるマンションの一室である。同署は、組織的に、上記手法で、複数の被害者からキャッシュカードを取得したうえで、その口座から現金を引き出していた重大犯罪の拠点であるとの疑いが強い。このような組織的犯罪の行われる拠点には、部外者が立ち入る可能性はほとんどない。そのため、乙マンション301号室内に居合わせた者は全員上記組織犯罪の関係者である疑いが強いといえる。そうすると、そこにいる者の「身体」及び「所持品」には一律に本件被疑事実の証拠が存在する蓋然性が高いといえる。
⑶ したがって、「捜索すべき…身体」、「捜索すべき…物」の明示特定に欠けるところはない。
4. では、「差し押さえるべき物」の特定明示は十分か。
⑴ 上述の令状主義の趣旨からすると、「差し押さえるべき物」は、できるかぎり個別具体的に特定して記載すべきである。もっとも、令状発付の判断の際には、押収対象物の具体的特徴までは判明していないことも多い。また、令状審査では被疑事実と関連する証拠物の存在の蓋然性を判断する。
そのため、ある程度包括的・抽象的な表現でも許される場合がある。すなわち、「本件に関係ありと思料される一切の文書及び物件」といった幅広い記載も、①被疑事実との関連性が限定され、②具体的例示を伴うことで、幅広い記載が何を指し示しているのか特定できる程度に具体化・個別化されていれば許される。
押収する物について、本件、すなわち本件の被疑事実と関係がある物に限定されている。かつ、「パソコン、スマートフォン、USBメモリ、SDカード」という具体的な物件が例示され、本件が組織的に上述のような特殊詐欺行為を行うものであったことからすると、「その他の電磁的記録媒体」はこれらの例示に準ずるもの、すなわち、被害者への連絡、被害者の応答の記録、もしくは組織内部における連絡の用に供した電磁的記録媒体、又は被害者名簿として使われている言辞的記録を指すことが明らかであるといえる。したがって、押収する物の特定に欠けるところはない。
よって、「差し押さえるべき物」の特定明示は十分である。
以上