8/11/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
早稲田大学法科大学院2023年 商法
設問(1)
1. 子会社とは、会社がその総株主の議決権の過半数を有する株式会社等がその経営を支配している法人として法務省令で定めるものをいう(会社法2条3号)。よって、①案の実施に際しては、甲社が乙社に対して募集株式の発行をすることが考えられるが、この場合に会社法上注意する点はあるか。
2. 甲社側の問題点
⑴ 発行価格に関する問題
ア 募集株式の発行は、株主割当とそれ以外に分かれる。公開会社かつ取締役会設置会社たる甲社では、前者の場合は原則取締役会決議によって募集株式の発行ができる(202条3項3号)ものの、今回は乙社という特定の法人にのみ募集株式の発行をする必要があるため、株主割当以外の発行について検討する。
イ 甲社は「公開会社」であるから、株主割当以外の場合も、甲社における発行の決定機関は原則取締役会(199条2項、201条1項)である。もっとも、募集株式を引受ける者に「特に有利な金額」による発行となる場合は、株主総会での理由の説明(199条3項)に加えて、株主総会特別決議(201条1項、199条2項、309条2項5号)を要する。
ウ よって、これらに関しては、会社法上以下の点に注意すべきである。
「特に有利な金額」とは、公正な価格を基準として著しく低いかで判断され、公正な価格は、公開会社たる甲社においては、募集事項決定の直前日における株式の時価を意味する。債務超過状態にある甲社においては、経営を立て直す助力を求めていることからも、大量の株式を引き受ける予定の乙社に対して立場が弱く、市場価格より著しく低い価格すなわち「特に有利な金額」での発行に迫られる可能性がある。その場合に、甲社株主による募集株式発行差止請求(210条)がなされ得ることに注意すべきである。かかる請求の要件は、①発行の法令若しくは定款違反または著しく不公正な発行②株主が不利益を受ける恐れであり、要件①のうち著しく不公正な発行にあたるか否かは、かかる発行の主要な目的が現経営陣の支配権維持にあるかどうかで判断する。
本問において、「特に有利な金額」の発行がなされることで、株式価値の希釈化が生じるため、経済的利益の侵害が生じることで、株主が不利益を受ける恐れがある(②充足)。しかし、甲社が債務超過状態にあり、経営に関しての助力を得る必要があると共に、資金調達の必要性があるため、かかる募集株式発行の主要な目的は甲社の建て直しにあるといえる。よって、主要な目的が支配権維持にあるとはいえず、著しく不公正な発行とは言えない。よって、法令若しくは定款違反のない限り、かかる請求は認められない。
エ したがって、甲社としては、発行の法令若しくは定款違反とならないよう、手続きを厳正に行うことに注意すれば足りる。
⑵ 株式保有率に関する問題
ア 支配権の異動を伴う公開会社の募集株式の発行に関しては特則が定められている(206条の2第1項、同2項)点にも注意が必要である。発行株式の全てが引き受けられた場合の総議決権に対して当該引受人の保有議決権が過半数となる場合、かかる会社は、株主に対して、払込期日の2週間前までに当該株主の氏名又は名称、住所、有することとなる議決権の数、引受人が取得する当該募集にかかる議決権の数等(会社法施行規則42条の2各号)を通知・公告する必要がある。
イ この場合、かかる通知・公告から2週間以内に総株主の10分1以上の反対通知があった場合には、払込期日の前日までに株主総会普通決議による承認を受ける必要がある(206条の2第4項、5項)。もっとも、甲社は債務超過状態であるから、かかる募集株式発行によって乙社に経営の立て直しをしてもらうために緊急の必要がある、よって、財産の状況が著しく悪化している場合において、当該公開会社の事業継続のため緊急の必要があるといえ、かかる株主総会普通決議を減る必要はない(同4項但書)。
⑶ 株主総会取消事由に関する問題
ア 前述した199条2項及び206条の2に規定する甲社の株主総会において、乙社は議案の成立により他の株主と共通しない特殊な利益を得、又は不利益を免れる株主たる「特別の利害関係を有する者」に該当するが、10%分の株式しか有していないので、乙社が「議決権を行使したことによって」、「著しく不当な決議」がされたとは言えない。
イ よって、株主総会取消事由(831条1項3号)には該当しない。
3. 乙社側の問題点
⑴ 株式の引き受けが善管注意義務違反とならないか
乙社は、引き受ける株式が債務超過状態にある会社の株式であることによる損失を受ける可能性がある。たしかに、株主の責任は株式の引き受けが限度である(104条)であるから、たとえ甲社が破産した場合にも乙社が引き受け価格及び、伴う自社株価格下落以上の不測の損害を受ける恐れはないものの、当該引受けの決定をした乙社取締役等の判断が経営判断原則に照らしても注意義務違反に違反するとされた場合には責任追及(423条1項)を受け得る点に注意が必要である。
⑵ 取締役会決議を要するのではないか会社法362条4項が、取締役会による吟味を経る必要がある重要な決定に関しては、ここの取締役に決定を委任することを禁じて会社が損害を受けることを防止している趣旨からすると、債務超過状態の会社の株式の引き受けに関しても、実質的に見れば「重要な財産の処分」(362条4項1号)または「多額の借財」(362条4項2号)とあたるといえ、取締役会による決定が必要であると解する。よって、本件募集株式の引受けを乙社の代表取締役が単独で行うことはできない点に注意すべきである。
設問(2)
1. 共通点
吸収合併及び株式交換をする場合、当該組織再編に関する契約を行う際には、「消滅株式会社等」たる甲社においても(783条1項、309条2項12号)「存続株式会社等」たる乙会社においても(795条1項、309条2項12号)、その契約の効力発生日までに事前の情報開示の上で株主総会特別決議を経る必要がある。なお、略式組織再編(784条1項)の場合はこの限りでないが、本問で乙は甲社株式の90%以上を保有する株主ではないため、特別支配会社に該当せず、かかる規定の適用場面ではない。
また、当該組織再編が法令または定款に違反したり、事情に照らし著しく不当な場合は、株主による差止請求がなされる(784条の2、805条の2)。合併無効の訴え(828条1項7号、8号)の場合も同様である。
そして、反対株主が存在する場合には、株主による株式買取請求がなされ(785条1項、797条1項)、債権者保護手続(789条1項、799条1項)を要する。
よって、手続き及び株主、会社債権者保護については両者は基本的に共通している。
2. 異なる点
もっとも大きな差異は、案③では乙社が甲社を吸収するため、その債務を全て負うことになるのに対し、案④であれば、原則乙は株主の有限責任の限度でしか責任を負わずに済む点である。かかる性質から、案③の場合には吸収合併契約の承認を得る際、株主総会でその旨の説明をすることで、会社及び株主の保護を図らなくてはならない(795条2項1号)。
また、案③吸収合併の場合は、消滅会社の株式が存続会社やその株主に移転しないため、対価の設定の自由度が高いのに対し、案④の株式交換の場合は、完全子会社となる会社の株式の移転が伴うため、特に公開会社である甲社においては、対価の設定の自由度が低いという差異がある。よって、乙社財産に対する影響や、組織再編の差止請求等の要件である合併対価の著しい不当性の該当性に関して差が生じる。
以上