1/3/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
京都大学法科大学院2021年 商法
第1問
第1 設問(1)
1. P社は、本件取引は、有効な取締役会決議(会社法(以下、略)362条4項1号)に基づかず無効であると主張することが考えられる。
⑴ 「重要な財産の処分」(同号)該当性
ア 「重要」か否かは、相対的な概念であるから、これを画一的に判断することはできない。 そこで、「重要な財産」にあたるかは、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきと解する。
イ これをみるに、本件土地の帳簿価格は5億円であるところ、これはP社総資産の10%をも占める。また、本件土地はP社において長年保有されていたところ、その保有目的は、事業拡大に備えるというP社の発展拡大にとって重要な目的にある。以上の事情に鑑みれば、本件土地は、P社にとって「重要な財産」と評価できる。
ウ したがって、本件取引は、「重要な財産の処分」にあたる。
⑵ 本件決議の有効性
ア 次に、本件決議にはD、Eに招集通知が発出されなかったという瑕疵があるところ、かかる瑕疵によって、本件決議が無効にならないか。
イ この点、瑕疵ある取締役会決議の有効性については、株主総会と異なり特別の規定が設けられていない。そこで、民法の一般原則に従い、瑕疵ある取締役会は原則として無効となると解する。もっとも、当該瑕疵が決議の結果に影響を及ぼさない場合にまで無効とすることは、手続的側面を絶対視するものであり妥当でない。よって、このような場合には、例外的に有効であると解する。
ウ まず、上述のとおり、本件決議に係る招集通知は、「取締役」(368条1項)たるD及びEに対してのみなされていない。そこで、本件取締役会は、その招集手続が同項に反し違法となるのが原則である。
そして、本件取締役会には、A、B及びCが参加しているところ、本件決議においてA及びCは賛成し、Cは棄権している。そして、D及びEがAの経営方針に反対しているため、D及びEに対して招集通知が為され同人らが本件決議に参加すれば、本件決議に係る議案に反対し、「過半数」(369条1項)を得ることができなかったといえる。
そこで、本件決議に係る上記瑕疵は、決議の結果に影響を及ぼすものといえ本件決議を例外的に有効とすべき事情は存在しない。
エ したがって、本件決議は無効である。
⑶ 本件取引の有効性
ア 取締役会は会社の意思すなわち内心を形成する組織であり、代表取締役は取締役会が決定した業務を会社の代表として行う者であるから、取締役会と代表取締役は、会社の真意と表示の関係に立つ。そこで、有効な取締役会決議に基づかない代表取締役による取引行為は、会社の内心に合致しない意思表示といえ、民法93条1項但書が類推適用されると解する。
イ これをみるに、本件土地の価格である5億円という価格は、土地取引一般からいっても高額な取引であるといえる。そのため、Q社は本件取引が「重要な財産の処分」に該当する可能性があることを認識することができた。それにもかかわらず、Q社は、P社の総資産を調べるなどして本件取引がP社にとって「重要な財産の処分」に当たるかを調べたり、本件取引に際して本件決議に係る議事録をP社に要求し本件取引につき取締役会の承認があるかを調べたりする等の措置をとっておらず、本件取引が重要な財産の処分に当たること、取締役会決議に瑕疵があることを「知ることができた」(民法93条1項但書)といえる。
ウ したがって、本件取引には同項但書が類推適用される。
2. 以上より、P社は、本件取引は無効であり、Q社による請求は認められないと主張すると考えられる。
第2 設問(2)
1. P社は設問(1)と同様の主張をすることが考えられる。
⑴ これをみるに、本件土地はP社において長年保有されていたところ、その保有目的は、事業拡大に備えるというP社の発展拡大にとって重要な目的にあるという点は上記設問(1)と同様である。しかし、本件土地の帳簿価格は1000万円であり、P社総資産の0.2%を占めるにとどまる。もっとも、P社の定款に「帳簿価格1000万円以上の財産の処分については取締役会の承認を要する」旨の取締役会付議基準があり、ここからP社が1000万円以上の財産の処分を重要な財産の処分として従来扱ってきたことがうかがえる。
⑵ 以上より、本件取引は、「重要な財産の処分」にあたる。
⑶ そして、設問(1)のとおり、本件取締役会は無効であり、Q社はそれらを「知ることができた」(民法93条1項但書)といえるから、本件取引は無効である。
2. また、仮に本件取引が「重要な財産の処分」に当たらないとしても、P社は、本件取引は代表取締役Aの権限外の行為であり、無権代表行為にあたるため無効(民法113条1項本文類推適用)であると主張することが考えられる。
⑷ P社の定款には、帳簿価格1000万円以上の財産の処分については、取締役会決議による承認を要する旨が定められている。そして、本件土地に係る帳簿価格は1000万円であり、第一の通り有効な取締役会決議による承認は得られていない。
したがって、本件取引は、代表取締役Aの権限外の行為である。
⑸ これに対し、Q社は、本件取引がAの権限外であることにつき善意である旨の反論をすることが考えられる。そこで、P社は、Q社が上記定款の存在及び本件取引に際して有効な取締役会決議による承認が存しないことを知っていたと主張することとなる。
2. 以上、P社は、上記の主張をして争うこととなる。
第3 設問(3)
1. まず、P社は上記設問(2)の2つの主張をすることが考えられる。
2. そして、設問(2)の主張が認められなかった場合、P社は本件取引が代表権の濫用にあたり、無権代表行為とみなされ本件取引は無効になると主張することが考えられる。
⑴ 代表行為は、代表権を有する者の法律行為の効果が法人に帰属する点で、代理行為と性質を同じくする。そこで、両者を区別する理由はなく、代表権の濫用につき民法107条が類推適用されると解する。
⑵ 設問(2)の主張が認められなかった場合は、本件取引が代表取締役Aの権限内の行為といえる(349条4項)。また、代表取締役Aは、本件取引に際し、代金を自己の遊興費に充てる目的を有していた。そのため、「自己…の利益を図る目的」を有していたといえる。
3. したがって、P社は、Q社が上記目的を有していた事実を「知り、又は知ることができた」(民法107条)旨を主張して争うことが考えられる。
第2問
第2 設問①
1. R社はQ社に対して本件債務の履行を請求することができるか。まず、22条1項の適用によって上記請求が認められないかが問題となる。
⑴ この点、Q社は、ホテルジョイ出町、及びホテルジョイ四条という名称を続用しているにすぎず、「商号」(同項)を続用したとはいえないため、同項を直接適用することはできない。そこで、同項を類推適用することができないか。
同項の趣旨は、商号の続用がある限りは、同一の営業主体による営業が継続しているものと信じたり、営業主体に変更はあったけれども譲受人による譲渡人の債務の引き受けがされたと信じたりすることがあるため、これらの信頼を保護する点にある。
そして、本件では、「ホテルジョイ出町」と「ホテルジョイ四条」というホテルの名称が事業譲渡後もそのまま使用されているところ、ホテルの名称が続用されている場合にもホテルが同一の営業主体による営業が継続しているものと信じたり営業主体に変更はあったけれども譲受人による譲渡人の債務の引き受けがされたと信じたりすることがあることは変わりなくこれらの信頼を保護する必要がある。そこで本件でも、同項の類推適用が認められると解する。
⑵ そして、事業譲渡とは、①一定の事業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部の譲渡を譲渡し、②これによって、会社がその事業活動の全部または重要な一部を譲り受け会社に受け継がせ、③結果的に譲渡会社が当然に競業避止義務を負う取引をいうと解する。なお、③は、事業譲渡の効果にすぎないため、事業譲渡の要件ではないと解する。これをみるに、まず、本件譲渡は、保有する二つのホテルに係る事業部門の全ての譲渡を内容とする。そして、当該譲渡は、ホテル業に係る債務及び従業員の雇用関係までもが含まれる。これらの全てを譲り受ければ、それらのみを以て運用することが可能である以上、ホテル業という事業目的のために組織化された有機的一体として機能する財産といえる(①充足)。
次に、Q社は、本件譲渡後に、上記ホテル業を従前通りに運用している。そこで、譲受会社が譲渡会社の営業活動を承継したといえる(②充足)。
したがって、Q社は「事業を譲り受けた会社」にあたる。
⑶ 以上より、22条1項の類推適用が認められ、譲受会社であるQは、「譲渡会社の事業によって生じた債務」である本件債務を弁済する責任を負う。
よって、R社はQ社に対して本件債務の履行を請求することができる。本件譲渡は、P社の資産8億円と負債7億8000万円がQ社に譲渡され、他方で1000万円相当のQ社株式がP社に発行されることを内容とする。そのため、本件譲渡により、P社の総資産は1000万円減少している。そこで、P社の責任財産が1000万円減少したといえ、「残存債権者…を害する」(23条の2第1項)といえる。
1. 次に、仮に22条1項の類推適用が認められない場合、23条1項の適用によってR社は、本件債務の履行の請求ができないか。
⑴ これをみるに、本件では、上記のとおり、「ホテルジョイ出町」と「ホテルジョイ四条」というホテルの事業譲渡が行われているところ、Q社は、上記2つのホテルの取引先に対し、「当社は『第一商事株式会社』より、『ホテルジョイ出町』『ホテルジョイ四条』にかかる事業を譲り受けました。これまでと変わりないご愛顧をお願いいたします。」との挨拶状を配布している。そして、一般的に、事業を譲り受けた会社が譲渡対象事業の取引先に上記のような内容の挨拶状を配布することは、かかる事業についての債務を自社が引き受けたという趣旨を含むものであると解することができる。
したがって、本件では、「債務を引き受ける旨の広告をしたとき」に当たる。
⑵ よって、Q社は、「譲渡会社の事業によって生じた債務」である本件債務を弁済する責任を負うため、R社は、Q社に対し本件債務の履行を請求することができる。
3. また、23条の2第1項の適用によってR社は、Q社に対し本件債務の履行を請求できないか。
⑴ これをみるに、本件債務は、本件譲渡によってQ社に承継されていないから、R社は「譲受会社に承継されない債務の債権者」に当たる。
⑵ 本件譲渡は、P社の資産8億円と負債7億8000万円がQ社に譲渡され、他方で1000万円相当のQ社株式がP社に発行されることを内容とする。そのため、本件譲渡により、P社の総資産は1000万円減少している。したがって、P社の責任財産が1000万円減少したといえ、本件譲渡は、P社が残存債務者R「を害することを知って事業を譲渡した場合」といえる。
⑶ 加えて、 R社は、本件譲渡の内容を知り、本件譲渡の効力が生じる前にP社及びQ社との三者会談において、本件譲渡を止める様に要求している。そのため、かかる面談によってQ社は、本件譲渡が残存債権者たるR社を害するものであることを知ったといえる。
したがって、「事業の譲渡の効力が生じた時において残存債権者を害することを知らなかった」(同項但書)とはいえない。
⑷ 以上より、R社は23条の2第1項によって、Q社に対し「承継した財産の価額」である2000万円(資産8億円-負債7億8000万円)を限度に、本件債務の履行を請求することができる。
第2 設問②
1. まず、問①と同様に、R社は、Q社に対し、22条1項または23条1項による本件債務の履行請求ができる。
2. しかし、問➁では、本件譲渡の対価として2000万円相当のQ社株式がP社に発行されている。そのため、本件譲渡によってP社は総資産8億円を失うのに対して負債を7億8000万円減らすことができ、加えて、2000万円相当の株式を取得することになる。したがって、本件譲渡によってP社は8億円の資産を失いつつ、上記負債の譲渡と株式取得による8億円の利得を得ることになるため、結局P社総資産額は変動しない。
よって、本件譲渡は「を害することを知って事業を譲渡した場合」とは言えず、詐害事業譲渡に当たらないため、R社は、23条の2第1項に基づいて本件債務の履行を Q 社に請求することはできない。
以上