5/19/2025
1. 本件公訴事実による起訴は適法か。
2. 「単独で又はYと共謀の上」、「令和4年9月29日夕刻から翌30日未明までの間に」、「その周辺」、「被告人又はYあるいはその両名において」、「手段不明の暴行」、「何らかの傷害」と、犯行日時・場所・方法が概括的に記載されているが、訴因の特定として十分か。
まず、①「罪となるべき事実」が記載されていることを要する。
そして、当事者主義的訴訟構造(256条6項、321条1項、298条1項など)の下、審判対象は、一方当事者たる検察官の主張する具体的な犯罪事実たる「訴因」である。訴因の特定の趣旨は、審判対象を画定することで裁判所に他の犯罪事実との識別を可能ならしめる点(審判対象画定機能)と、被告の防御の範囲を示す点(防御権告知機能)にあるが、前者がみたされれば、同時に後者が満たされるといえる。そこで、①に加えて②他の犯罪事実と識別できれば、「特定」に欠けるところはないと解する。
3. ⑴まず、「罪となるべき事実」が記載されているか。
ア 「単独で又はYと共謀の上」という記載は、単独犯であるのか、共同正犯であるのかが不明であって、特定の犯罪といえないのではないかという問題が生じるものの、60条は正犯類型を拡張しただけであって、正犯の一類型であるから、本件の様に共犯形式を特定しない記載も特定の犯罪についての記載ということができると考える。
イ 次に、単に「共謀の上」とだけ表示されており、具体的な共謀の態様が記載されていない点が問題となる。
共同正犯としての共謀は、実行行為時に犯罪の共同遂行の合意があることであり、謀議行為自体は、これを推認する間接事実にすぎない。謀議行為自体の記載がなくても、「共謀の上」との記載で、犯罪の構成要件に該当することを判断できる。そのため、日付の記載の有無は、上記構成要件の該当性判断に影響を及ぼさない。
また、共謀の日付の記載がなくても、本件においては、傷害致死罪の実行行為が日時等により特定されている以上、それに対応する共謀は一つなので、全体として他の犯罪事実と識別されている。
ウ よって、「罪となるべき事実」は記載されていると言える。
⑵ もっとも、「令和4年9月29日夕刻から翌30日未明までの間に」、「その周辺」、「被告人又はYあるいはその両名において」、「手段不明の暴行」、「何らかの 傷害」と、日時・場所・方法を記載しなかったのは、「できる限り」特定したものと言えず、特定を欠くとも思える。
ア ③「できる限り」の要請は、相対的要請であり、犯罪の種類、性質等により、証拠によって明らかにし得る事実に限界があるなどの特殊事情がある場合には緩和される。
イ 本問において、遺体にあった頭蓋底骨折は脳障害を引き起こして死亡の原因となりうるものであるが、遺体が高度に白骨化しているため、正確な死因は不明であった。また、Yの供述は変遷を重ね、Yの供述した暴行態様からはAに頭蓋底骨折を生じさせるとは考えにくいものであった。さらに、Xは暴行については一切黙秘しており、Yと共にAを遺棄したことを概括的に認める供述をするのみであった。XYどちらも遺棄について関与していたことを認めており、また、犯行当日にXらの動向を目撃した者はいなかったという事情も含めると、XYが犯罪に関与していることは明らかであっても、犯行の方法などを立証する証拠の収集が困難である。このような特殊事情があるので、ある程度概括的な記載であったとしても、証拠に基づいてできる限り日時、場所、方法をもって傷害致死の罪となるべき事実を特定して訴因を明示したものと認められる。
よって、「できる限り」の要請も満たす。
4. したがって、訴因の特定にかけるところはなく、本件公訴事実による起訴は適法である。
以上