5/11/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
早稲田大学法科大学院2025年 憲法
設問1
1. Xは、「普通地方公共団体」たるS市の「住民」として住民監査請求(地方自治法(以下「法」という。)242条1項)を前置した上で、S市長Yを被告として、S市が本件土地・建物を無償提供している行為は政教分離原則違反であるのに、町内会との敷地の使用貸借契約を解除し、町内会に対し本件神社物件の撤去および土地明渡請求をしないのは違法に財産管理を怠るものであるとして、砂川市長Y(被告、控訴人、上告人)に対して、法242条の2第1項3号に基づく違法確認を求めて住民訴訟を提起している(法242条の2第1項3号)。
その上で、上記訴訟においてS市の市長YがAに対して本件土地・建物を無償で貸与し、賃料を受け取らないこと(以下「本件貸与行為」という。)が「怠る事実」にあたり、これは、憲法(以下、条文数のみ記載する。)20条3項が定める政教分離原則に違反すると主張する。
2. ⑴そうすると、本件貸与行為により、S市は宗教たるイスラム教と関わりあいをもったといえる。
ここで、「宗教的活動」とは、国家と宗教との関わり合いが我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超える行為をいい、政教分離原則はこれを許さないとするものであると解される。
そして、当該行為が、上記制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるか否かを判断するに当たっては、⒜当該施設の性格、⒝当該行為をすることとした経緯、⒞当該行為の態様、⒟これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断する。
⑵Aが運営・管理する本件施設は、もともとイスラム教徒の礼拝のための施設であった。そして、本件施設の入口には「モスク」と書かれた木製の看板が設置されている。また、本件施設には、イマームが礼拝の際に説教するための簡易な説教壇も設置されている。そうすると、本件施設はイスラム教のための施設であり、行事もこのような施設の性格に沿って行われているといえる。
したがって、本件施設は一体としてその宗教性を肯定することができることはもとより、その程度も軽微とはいえない。
また、本件貸与行為は、無償でS市の所有に属する本件土地・建物をイスラム教徒であるAに対して無期限で提供し続ける行為であり、本件土地・建物がS市の所有に帰属した2017年10月からXが本件貸与行為を知るまでの2023年10月までの6年間、S市が本件土地・建物の賃料を月額5万円受け取り続けていたとすれば360万円もの収入が期待できた。それにもかかわらず本件土地・建物を無償で貸与し続けていることによるイスラム教徒の利益は相当大きなものである。
よって本件貸与行為は、一般人の目から見て、S市がイスラム教に対して特別の便益を提供していると評価されてもやむを得ない。
したがって、本件貸与行為は、信教の自由の確保という政教分離原則の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるとして、20条3項に違反する違法な公的財産の提供に当たる違法な行為である。
3. よって、本件貸与行為は政教分離原則に反するから、Xの請求は認められる。
設問2
1. ⑴目的効果基準に依り判断すべきとの反論が想定される。
⑵そもそも「宗教的活動」の意義をX主張の通りに解する理由は、次のとおりである。
すなわち、政教分離規定は信教の自由を確実に実現するため、国家と宗教との完全な分離を理想とし、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとしたものである。もっとも、政教分離規定は制度的保障であり、国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものである。また、国家と宗教との関わり合いには種々の形態がある。そうすると、国家が宗教と関係を持つことが一切許されないというものではない。
そして、国又は地方公共団体が土地・建物を無償貸与する経緯は様々であり、文化的又は社会的な価値や意義に着目して当該行為がされる場合もあり得る。そうすると、従来判例は「宗教的活動」を当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうと解していたが、これは種々の判例を整合的にみると、上記諸般の事情を総合考慮する判断枠組みの中で考慮される要素を部分的に取り上げたものと理解できる。
よって、目的効果基準に依るべきではなく、総合考慮する判断枠組みによるべきである。
2. ⑴Yは、本件施設はもともと収穫した農作物や農機具等を収納する倉庫として利用されおり、外観は通常の木造の倉庫であることや、「モスク」と書かれた看板を撤去しているから、その宗教的性格が希釈化され、本件施設には世俗的性格もあるとの反論をすることが想定される。
⑵たしかに「モスク」と書かれた看板は撤去されているものの、建物の内装や説教壇、ミフラーブ等は変更・撤去されていない。さらに、本件施設の利用方法も従前と変わっておらず、「モスク」と書かれた看板を撤去したことをもって本件施設の宗教性が希釈化されるとはいえない。
3. ⑴本件施設は、地域にとけ込めないイスラム教徒のいじめ問題を解消し健全な育成を促すと共に地域住民との交流の場として機能するなどの世俗的社会的な意義を有しており、その宗教的性格は小さいとの反論が想定される。
⑵ たしかに、近隣の市町村では、地域にとけこめず、いじめにあうなどの問題を抱えたイスラム教徒の未成年も少なくなかった一方、Aの努力もあり、S市ではそのような問題は起きていない。2010年以降、S市にイスラム教徒の住民が増加し、本件施設の利用者が増えていることも併せると、社会的世俗的性格が希薄とはいえない。
イスラム教徒の青少年の健全育成にとって宗教教育や儀式への参加は不可欠であるところ、 本件施設はそのような機会だけではなく、地域住民との交流の機会も提供しており、 彼らの非行を未然に防いでいる側面があるともいい得る。もっとも、現在の本件施設では、イスラム教徒の礼拝、イスラム教徒の児童・生徒のための補習授業が行われており、宗教的性格が色濃い。
4. 以上から、本件貸与行為は政教分離原則に反しており、Xの請求は認められる。
*空知太を始めとした類似判例では、撤去を認めることによる信教の自由の不利益性の大きさに対する配慮として、撤去ではなく、有償貸与への切り替えや土地の譲渡の方法により、政教分離の解消を認める選択肢への言及があるものがある。これを反論として指摘し、対立軸とすることも可能であろうが、要求される学習レベルがロー入試レベルを大きく越えるため、回答例への記載は行わなかった。