2/29/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
千葉大学法科大学院2023年 刑法
第1 設問1
1. 甲がAに対して本件刀を交付した行為(第1において、本件行為とする。)に、殺人罪の幇助犯(刑法(以下、略)62条1項、199条)が成立するか。
⑴ 「幇助」(62条1項)とは、実行行為以外の方法で正犯の実行行為を容易にすることをいうと解する。
本件行為は、日本刀を交付するものであるところ、日本刀は人を殺傷するための凶器とない得るものである。そのため、本件行為は、凶器の提供行為にあたり、正犯が殺人罪の実行行為を行うことを容易にするものと評価できる。
したがって、本件行為は殺人罪の「幇助」といえる。
⑵ Aは、甲が現場にいない間に、本件刀を用いて殺意を持って何度もVに切りかかり、これによってVは死亡している。
したがって、正犯たるAの上記行為に殺人罪が成立する。
⑶ 甲は、腰を抜かしているAがさらにVを攻撃することなどは予想だにしていなかったことから、本件行為とAによる上記殺人行為との間に因果関係が認められないのではないか。
ア 既遂罪の幇助犯が成立するためには、幇助行為と実行行為との間に因果関係が認められれば足りるとする見解もある。しかし、既遂結果との間に因果関係が認められない場合にも、幇助者にその責任を負わせることは、個人責任の原則に反し、妥当でない。そこで、実行行為のみならず、既遂結果との間にも因果関係を要すると解すべきである。他方で、幇助犯は、実行行為を促進ないし容易にすることで、間接的に違法な結果を惹起するものであることから、因果関係の程度は、正犯の実行行為を促進ないし容易にすれば足りると解する。
イ 本件行為は、Aに凶器を提供する行為である。そして、甲は、現場を離れる際等に本件刀を回収していていないこと、その結果、Vの死因は本件刀により切り付けられたこと傷害であることを考慮すれば、本件行為による物理的因果性はAによる上記実行行為及びVの死亡結果発生に及んでいるといえ、これを促進ないし容易にしたと評価できる。
ウ したがって、因果関係が認められる。
⑷ 甲は、本件行為時に、以前、AがVのことを殺してやりたいと悪態をついていたことを思い出し、AはVを殺すつもりではないかと思ったものの、本件行為に及んでいる。そのため、Vの死亡結果発生を認識・認容していたといえる。もっとも、Vが戦意を喪失したこと及び同Vに対して甲がさらに攻撃を加えたことは、甲の予想だにしないことであったため、故意犯が成立しないのではないか。
ア 故意責任の本質は、反規範的人格態度に対する道義的非難であるところ、構成要件的結果発生に至るまでの因果の流れにつき、主観と客観に齟齬が存する場合であっても、両者が法的因果関係の枠内に収まっている場合には、上記非難を加えることができる。したがって、当該場合には、故意犯の成立を認めることができると解する。
イ 甲は、本件刀がVの殺害に使用される可能性を認識しているところ、本件刀が殺害に使用されれば、幇助行為と正犯の実行行為との間に促進的因果関係を肯定することができる。そのため、甲の主観と現実の因果の流れは法的因果関係の枠内に収まっているといえる。
ウ したがって、甲には殺人罪の故意(38条1項本文)を認めることができる。
2. よって、本件行為に殺人罪の幇助犯が成立する。
第2 設問2
1. 甲が、Vの足を斬り払いVの足に深さ3cmの傷を負わせた行為(第2において、本件行為とする。)に、傷害罪(204条)が成立しないか。
⑴ 本件行為は、Vの身体に向けられた違法な有形力の行使であるため、「暴行」(208条)にあたる。そして、本件行為によって、Vは、足に深さ3cmの傷を負ったことから、Vの身体の生理的機能に対する障害が生じたといえ、「傷害」(204条)結果が発生したといえる。
⑵ 基本犯には、加重結果発生の現実的危険性が包含されていることから、結果的加重犯が成立するためには加重結果に対する過失を要せず、基本犯の故意が認められれば足りると解する。
甲は、あえて本件行為に及んでいることから、傷害罪の基本犯たる暴行罪の故意を有していたと評価できる。
⑶ 本件行為に正当防衛(36条1項)が成立し、本件行為の違法性が阻却されないか。
ア Vは、Aによる攻撃から身を護るためにトンファーを取り出し、Vに応戦している。そのため、VのAに対する攻撃には正当防衛が成立し違法性が阻却される結果、同Vの行為を以て「不正の侵害」を認めることはできないのではないか。
(ア)Vは、Aが何らかの凶器を用意しているのではないかと予測した上で、A方に乗り込んでいる。そのため、Vによる応戦行為には「急迫不正の侵害」が認められないのではないか。
同項の趣旨は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できない場合に、侵害を排除するための詩人による対抗行為を例外的に許容する点にある。そこで、侵害を予期していた場合であっても直ちに急迫性が失われるわけではなく、ⓐ行為者と相手方の従前の関係、ⓑ予期された侵害の内容、ⓒ侵害の予期の程度、ⓓ侵害回避の容易性、ⓔ侵害場所に出向く必要性、ⓕ侵害場所にとどまる相当性、ⓖ対抗行為の準備状況、ⓗ実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、ⓘ行為者が侵害に臨んだ状況及びⓙその際の意思内容等を考慮し、行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で臨んだとき等、同条の趣旨に照らして許されるものといえない場合には、「急迫」性を欠くと解すべきである。
まず、AとVは日頃から仲が悪く、AがVに何らかの危害を加える可能性は十分に予測することが可能であった(ⓐ)。また、Vは、Aが自宅に引っ込んだ際に、Aが何か別の引きを持って攻撃してくるのではないかと予測しており、現実にAは本件刀を用意していることから、予測内容と現実の結果は一致している(ⓑ、ⓒ、ⓗ)。さらに、Vは、Aが自宅に引っ込んだ際に、その場を離れれば、容易にAによる侵害を回避することができ、また、その場にとどまり続けるべき理由及びA方に出向くべき理由もなかった(ⓓ、ⓔ、ⓕ)。加えて、Vは、護身用に所持していたトンファーをわざわざ装備した上で、積極的に応戦を仕掛けており(ⓙ)、攻撃をあっさり防御されてしまったAに威嚇を続けて部屋の壁際にまで追い詰めている(ⓖ、ⓘ)ことをも考慮すれば、緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できない状態にあったとはいえず、上記36条の趣旨に照らして許容されるべき限度を逸脱していると評価できる。
したがって、Vによる応戦行為の際に「急迫不正の侵害」があったとはいえない。
(イ)よって、Vによる応戦行為を理由にAの身体という法益に対する侵害が間近に差し迫っていたといえ、「急迫不正の侵害」が認められる。
イ 甲は、AがVに壁際まで追い詰められている状況及びAに「こいつを何とかしてくれ!」と助けを求められてことを受け、本件行為に及んでいる。そのため、急迫不正の侵害を認識しつつ、これを避けようとする旨の単純な心理的作用の下、本件行為に及んだといえ、防衛の意思が認められる。
したがって、「他人の権利を防衛するため」(同項)にした行為といえる。
ウ 「やむを得ずにした行為」(同項)とは、防衛行為としての必要性及び相当性を有する行為をいうと解する。
まず、本件行為は、Vを動けなくさせ、Aに対する暴行行為を阻止することに資する行為であるため、侵害行為を防ぐために必要な行為と評価できる。そこで、本件行為に防衛行為としての必要性が認められる。
次に、Vは、本件行為の際にトンファーを装備していたところ、トンファーによる攻撃が届く範囲は、素手によるそれと大きく異なるところはない。また、同トンファーは木製であって、鉄製のものに比して殺傷能力も低い。このような事情に鑑みれば、本件名刀のような殺傷能力の高い武器を用いなくとも、上記急迫不正の侵害を阻止することは十分に可能であったといえる。そこで、本件行為は防衛行為として必要最小限度のものとは評価し得ず、相当性に欠ける。
したがって、本件行為は「やむを得ずにした行為」にあたらない。
エ よって、本件行為に正当防衛は成立せず、過剰防衛(同条2項)により責任が減少した結果、任意的に刑が減免されるにすぎない。
2. 以上より、本件行為に傷害罪が成立する。
以上