5/11/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
大阪大学法科大学院2025年 民法
第1問
設問1
1. C社は、Bに対して、不当利得返還請求権(703条)を根拠に、500万円の支払いを請求することが考えられる。かかる請求が認められるには、受益(「利益を受け」)、「損失」、因果関係(「そのために」)、「法律上の原因」がないことを要する(703条)。
⑴Bは、Aから500万円の交付を受けており、500万円の受益がある。
⑵Aの横領行為により、C社からAが管理する妻名義の口座に500万円が振り込まれており、C社に500万円の「損失」がある。
⑶上記受益と損失の間にAが介在しているため、因果関係が肯定できるか。
ア 不当利得の趣旨は、公平の実現にある。したがって、社会通念上の因果関係が認められれば足りると解する。
イ 本件では、たしかにAはC社からAが管理する妻名義の口座に500万円を振り込ませ、払戻しと預入れを繰り返した上で、同口座から500万円の払戻しを受け、Bに交付している。しかし、Aは弁済する資力を有していなかったのであり、上記500万円があったからこそBに500万円を交付できたといえるから、社会通念上の因果関係が肯定できる。
ウ したがって、因果関係が肯定される。
⑷では、「法律上の原因」がないといえるか。
ア 上記の通り、不当利得の趣旨は、公平の実現にある。また、金銭は、取り引きの生産手段として頻繁に用いられるものである。したがって、受益者が騙取金であることについて悪意又は重過失であると認められる場合、「法律上の原因なく」に当たると解する。
イ 本件では、BがAに対してC社から金員を横領するようにけしかけており、Bは騙取金であることについて悪意であるといえる。
ウ よって、「法律上の原因なく」に当たる。
2. 以上より、C社のかかる請求は認められる。
設問2
1. 小問⑴
被保全債権として、AB間の本件売買契約に基づく目的物引渡請求権(555条)および移転登記請求権(560条)を主張することが考えられる。
⑵もっとも、詐害行為取消請求権の趣旨は責任財産の保全にあるから、被保全債権は金銭債権でなければならない。そこで、特定物債権である上記BのAに対する被保全債権は、金銭債権に当たらないのではないか。
ア 特定物債権も究極において債務不履行に基づく損害賠償請求権(415条1項本文)に転じ得るし、また、債務者の一般財産により担保されなければならないことは金銭債権と同様である。したがって、詐害行為取消権行使時までに損害賠償債権が発生した場合は金銭債権に当たり、詐害行為取消権を行使し得ると解する。
イ 本件では、AC間の本件贈与契約があり、Cへの所有権移転登記もある。そして、これによりCは土地甲の所有権をBに対抗できる(177条)。つまり、この時点で上記特定物債権が履行不能(412条の2第1項)になり、損害賠償請求権が発生したといえる。
ウ したがって、上記債権につき詐害行為取消権を行使し得る。
⑶よって、上記請求権を被保全債権として主張すべきである。
2. 小問⑵
⑴BはAに対して本件売買契約に基づく、甲の所有権移転登記手続請求をすることが考えられるが認められるか。
⑵この点、責任財産保全のために詐害行為取消権を行使した後に特定物債権であることを主張するのは、権利濫用(1条3項)というべきである。また、登記の先後によって決した優劣を覆すことになり、177条の趣旨に反する。したがって、このような場合には、特定物債権であることを主張することは認められないと解する。
⑶よって、BはAに対して、上記請求をすることはできない。
第2問
設問1
1. Dは、Aに対して、所有権(206条)に基づく返還請求権を根拠に、越境部分の明渡を請求することが考えられる。
2. 所有
⑴もともとBが越境部分を含む乙土地を所有していたところ、Bが2010年4月1日に死亡し、子のCが乙土地を単独相続している(882条、887条1項、896条本文)。そして、2024年4月1日にCがDに対して乙土地を売却する契約を締結し、この契約に基づき、同月10日にDへの所有権移転登記手続きが行われており、越境部分についてDの所有が認められるとも思える。
⑵これに対して、Aは越境部分の時効取得(162条1項)をもって反論することが考えられる。
ア Aは1992年4月1日に、越境部分を含む甲土地を買い受け、その引渡しを受け、2012年4月1日に至るまで、越境部分を含む同地においてパン工場を操業しており、「20年間」の占有が認められる。また、186条1項により、「所有の意思」、「平穏」、「公然」が推定されるところ、覆す事情はない。
イ したがって、Aは時効「援用」の意思表示(145条)により、越境部分の時効取得をできる。
⑶もっとも、時効取得の事実をDに対して対抗できるか。
ア 取得時効完成後に当該土地が譲渡された場合、占有者と譲受人は譲渡人を起点とした二重譲渡類似の関係に立つ。 また、実質的にも譲受人は、 時効完成後は登記を備えることができるのであるから、速やかに登記を具備すべきであって、登記を具備していない場合はその不利益を甘受すべきである。
したがって、占有者と譲受人は対抗関係に立ち、譲受人が「第三者」(177条)に当たる場合は、時効取得を対抗できないと解する。 ここで、「第三者」とは当事者及び包括承継人以外の者で、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいうと解する。ここで、登記の欠缺を主張することが信義(1条2項)に反すると認められる者(背信的悪意者)は、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者には当たらず、「第三者」には当たらないと解する。そして、背信的悪意者にあたるかは、悪意性と背信性から判断し、悪意性については、取得時効の要件の充足の有無は、容易に認識することができないことから、多年にわたり占有している事実を認識している場合には肯定できると解する。
イ 上記のようにAによる越境部分の時効取得完成日は2012年4月1日である一方、Dが乙の所有権移転登記を備えたのは2024年4月10日である。よって、Dは時効取得後の譲受人である。そして、本件では、Dは当事者及び包括承継人以外の者である。もっとも、Dは、越境部分を無償で手に入れて、Aに高値で買い取らせることで利益を得ようと考えCD間売買を締結しており、背信性を有する。また、測量により、越境部分の存在と、長年Aが同部分を占有していることを認識しており、悪意性も肯定できる。
よって、Dは背信的悪意者にあたり、「第三者」には当たらない。
3. 以上より、Aの上記反論は認められ、DのAに対する越境部分の明渡請求は認められない。
設問2
1. 小問(1)
⑴AはEに対して、時効取得を原因とする所有権に基づく妨害排除請求としての抵当権設定登記抹消登記手続請求をすることが考えられる。
⑵上記のようにAの時効取得日は2012年4月1日である一方、Eの抵当権設定登記日は2013年4月1日であるから、Eは時効取得後に登記を備えたことになる。もっとも、再度の時効取得により、上記抵当権の消滅を主張できないか。
ア ここで、占有者は先に対抗要件を具備した時効取得後の第三者に対抗することはできないものの、当該登記後に新たに時効期間を経過すれば、対抗要件なくして所有権の時効取得を対抗できると解すべきである。
不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に、第三者が当該不動産に抵当権の設定を受け、その登記がされた場合には、占有者は、自らの所有権の取得自体を買受人に対抗することができない地位に立たされる。 抵当権設定登記がされた時から占有者と抵当権者との間に. 占有者と取得時効完成後の譲受人のような権利の対立 (時効取得者が権利を取得すると、 譲受人が権利を失うという関係、譲渡当事者類似の関係) が生じるのである。
したがって、抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り、占有者は当該不動産を時効取得し、 その結果抵当権は消滅する。
イ ここで、Aには上記特段の事情はない。
ウ また、Eへの抵当権設定登記は、2013年4月1日になされているところ、Aは2023年4月1日経過時点で越境部分を占有しており、「10年間」の要件を満たす。そして「所有の意思をもって」、「平穏」、「公然」が推定される。さらに、Aは甲土地を取得した時、越境部分についても甲の一部であると過失なく信じて、その引き渡しを受けており、「無過失」といえる。
エ よって、Aは越境部分について再度の時効取得が認められる。そして、Eは時効完成前の第三者になるから、登記がなくても上記反論をすることができる。
⑶Eに越境部分についての抵当権設定登記がある。
⑷以上より、AのEに対する上記請求は認められる。
2. 小問(2)
⑴AとFのいずれに所有権が認められるか。
⑵上記のようにAの時効取得日は2012年4月1日である一方、F名義の乙の所有権登記日は2014年4月10日であるから、FはAの時効取得後に登記を備えたことになる。よって、原則Fの所有権が優先する。そして、FがAに対して越境部分の明け渡しを申し入れたのが2024年3月5日、Fが所有権移転登記手続きを行ったのが2014年4月10日であり「10年間」の要件を満たさないため、Fの所有権取得日を起算点とする時効取得は成り立たない。
⑶もっとも、Eの抵当権登記日を起算点とする時効取得を、Fに対しても主張できないか。
ア 上記のように譲渡当事者間類似の関係において時効取得が発生することからすれば、取得時効の起算点は相対的なものといえる。また、時効取得は長期間の占有という事実状態を保護する制度であるから、起算点を占有者が恣意的に選択することは許されない。したがって、取得時効の起算点はそれを主張する相手方譲受人が所有権を取得した時点に限定される。
イ AはFに対してEの登記日を起算点とする時効取得は主張できない。
⑷よって、越境部分の所有権はFが優先する。
FのAに対する所有権に基づく返還請求権としての越境部分の明渡請求が認められる。
以上