1/3/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
京都大学法科大学院2022年 憲法
第1問
第1
1. 本件法律は、特定虚偽情報をインターネット上で発信することを禁止し、特定虚偽情報に該当する発信を事業者に対して義務付けることを内容とする。そのため、本件法律は、インターネット上で特定虚偽情報を表現する行為(第1問において、本件行為とする。)を規制している。この点、違憲となるのではないか。
2. 本件行為は、表現の自由(憲法(以下、略)21条1項)として憲法上保障されるか。
3. 「表現」(同項)とは、自己の思想を外部に伝達する行為をいう。そして、虚偽の情報を内容とする表現であったとしても、対抗言論を通じてそれと矛盾する事実が真実であると人々に認識させるための契機となり得るという点において思想の自由市場に資するため、「表現」行為として、同項により憲法上保障されると解する。
ワクチンに関する虚偽の情報をインターネット上で述べる行為は、ワクチンに関する表現者の思想が反映された情報を伝達する行為に他ならない。そこで、本件行為は「表現」にあたる。
したがって、本件行為は憲法21条1項により憲法上保障され、上記規制は憲法上の制約にあたる。
4. 表現の自由は無制限のものではなく、「公共の福祉」(13条後段)による制約を受ける。そこで、上記制約は「公共の福祉」によるものとして正当化されないか。
⑴ まず、表現の自由は、一般的に、表現を通じて自己の人格を発展させるという個人的な価値(自己実現の価値)及び国民が表現を通じて国の意思形成に関与し得るという民主制に資するという価値(自己実現の価値)を有し、議会制民主主義の根幹を成す重要な自由権である。他方で、本件行為は、ワクチンの専門家からなる会議の承認を受けて、ワクチンに関する虚偽の情報と認定されたものを伝達する行為であるため、自己統治の価値が希薄ないし認められない。加えて、虚偽の情報を内容とすることから、国民の知る自由(21条1項)に資する程度も低い。以上の事情に鑑みれば、本件行為が表現の自由によって保障される程度は低いといえる。
次に、本件法律は、特定虚偽情報の内容自体に着目して為されているため、いわゆる内容規制にあたる。そして、表現の内容自体から害悪が生じるおそれは小さいことから、内容規制が正当化されるかの判断は慎重に行うべきである。他方で、本件法律は、既にインターネット上で表現された情報のみを規制対象とする事後規制であって、事前規制と異なりその範囲が徒に広範となるおそれは小さい。
以上の事情に鑑みれば、上記制約が正当化されるかは、①目的が重要であり、②手段が目的との関係で実質的関連性を有しているかを基準に行うべきであると解する。
⑵ まず、本件法律が制定された背景には、インターネット上において、「ワ接種で不妊になる」といったワクチンに関する科学的根拠のない情報が大量に流通していた事情がある。そこで、上記規制の目的は、ワクチンに関する不正確な情報の流通を抑止する点にあるといえる。そして、当該目的は、国民が誤った情報に接する機会を減少させる点において、国民の知る自由に資し、ひいてはワクチン接種の推進により生命身体という重要な法益の保護に繋がる。そこで、当該目的は、国家が追求することの許されるものであり、かつ、その程度が重要なものと評価できる。
したがって、上記制約に係る目的は、重要なものといえる(①充足)。
次に、特定虚偽情報を発信したことに対する罰則がないことから、上記規制を行うことによって、特定虚偽情報の発信が減少することとはならず、目的と手段との間に適合性が認められないとも評価し得る。しかし、特定虚偽情報の発信が禁止されていることのみを以てしても、発信を躊躇する者が増加するといえ、加えて、SNS事業者に特定虚偽情報の削除義務及び刑罰が科されているという事情に鑑みれば、上記規制によって、特定虚偽情報の減少という規制の目的を十分に達成できるといえる。そこで、手段と目的との間に適合性が認められる。
加えて、上記規制によれば、表現者に対する罰則はなく、その手段が目的達成のために過度なものとは評価できない。そこで、手段と目的との間に必要性が認められる。
よって、手段と目的との間に実質的関連性が認められる(②充足)。
以上より、上記規制は「公共の福祉」によるものとして正当化される。
第2
1. 本件法律は、特定虚偽情報に該当するとして利用者から通報が為され、当該情報が特定虚偽情報に該当すると審査された場合には、SNS事業者に対して当該情報の削除義務を定め、これに違反した場合には刑罰が科されることとなっている。そこで、本件法律は、SNS事業者が情報を掲載する行為(第二において、本件行為とする。)を規制するものである。この点、違憲となるのではないか。
2. 本件行為は、表現の自由として憲法上保障されるか。
SNS事業者がSNS利用者による発信を掲載する行為には、SNS事業者の思想が反映されておらず、「表現」にあたらないとも評価し得る。しかし、当該発信内容を如何なる形式で掲載するかの判断につき、SNS事業者の思想が介在する余地があるため、本件行為はSNS事業者自身による表現行為としての側面を有するといえ、「表現」にあたる。
したがって、本件行為は21条1項により保障され、上記規制は憲法上の制約にあたる。
3. 上記規制は、「公共の福祉」による制約として正当化されるか。
⑴ まず、上記と同様に、虚偽の情報を掲載する行為は、自己統治の価値が希薄ないし認められない。そして、虚偽の情報を掲載する行為は、国民の知る権利に資する程度が低い。そこで、本件行為が憲法上保障される程度は低いといえる。
次に、上記規制は、内容に着目して行われる内容規制であるため、その正当化の判断は慎重に行うべきである。他方で、事前規制であることから、その範囲が広範になるおそれは小さい。以上の事情に鑑みれば、上記規制が正当化されるかの判断は、①及び②を基準に行うべきと解する。
まず、上記規制の目的は、ワクチンに関する不正確な情報の流通を抑止する点にあるといえ、適正かつ重要といえる(①充足)。
⑵ 次に、第1の2(2)と同様の理由により、上記規制と目的との間に適合性が認められる。
他方で、法人たるSNS事業者は、運営するSNSに虚偽の情報が大量に流通している事実及び当該情報を削除する旨の行政指導を受け又はこれに従わなかった事実が、事業の運営及び株価に重大な影響を及ぼす。そのため、特定虚偽情報に該当する情報を削除する義務及びこれに従わなかった場合に罰則を設けるという手段を採らなくとも、行政指導というSNS事業者の表現の自由に対するより緩やかな手段を以て、同程度に目的を達成することが可能である。そこで、目的と手段との間に必要性が認められない。
したがって、目的と手段との間に実質的関連性が認められない(②不充足)。
よって、上記規制は「公共の福祉」によるものとして正当化されない。
第3
以上より、本件法律には上記憲法上の問題が存する。
第2問
本件法律は、81条及び三権分立の観点から、憲法上問題が存する。
同条は、憲法第六章に規定されているところ、第六章の表題は“裁判所”ではなく、「司法」である。そして、司法とは、具体的な権利義務に関する紛争ないし一定の法律関係の存否に係る争いを前提とし、これらに法令を適用して解決する作用をいう。そこで、同条は、具体的違憲審査制を前提にしているといえる。
抽象的違憲審査制は、具体的事件を離れて法令一般の合憲性を裁判所が判断する制度であることから、司法が法令制定行為に介入することとなる。そのため、三権分立の観点からも許容できない。
以上のような性質を有する抽象的違憲制を三権分立の観点から許容するためには、憲法上に当該制度を採用することを明示した規定を要するところ、このような規定は存しない。
したがって、抽象的違憲審査制を内容とする本件法律には、上記の憲法上の問題が存する。
以上