1/3/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
京都大学法科大学院2021年 刑法
第1問
第1
甲及び乙が、盗取目的でAの別荘に侵入する行為(第一2において、本件行為とする。)に、窃盗未遂罪の共同正犯(60条、240条、235条)が成立する。
1. 実行行為とは、構成要件的結果発生の危険性を惹起する行為をいう。そこで、「実行に着手」したかは、構成要件的結果発生に至る現実的危険を含む行為を開始したかを基準に判断すべきと解する。
Aの別荘に存する財物を盗取するためには、当該別荘に侵入することが必要不可欠である。加えて、Aの別荘には看守が常在していなかったとの事情を考慮すれば、Aの別荘に侵入すれば、財物に係る占有を甲の下に移転させることが何らの障害なく可能であったといえる。そこで、占有者の意思に反して財物を自己の占有下に移転させる「窃取」(235条)という窃盗罪に係る結果発生の現実的危険が惹起されたと評価できる。
したがって、本件行為を以て窃盗罪の「実行に着手」したといえる。
2. 共犯
⑴ 「すべて正犯とする」(60条)として法の趣旨は、他の共犯が引き起こした結果に因果を及ぼした点にある。そこで、①共謀、②共謀に基づく実行行為、③正犯意思が認められる場合に、共同正犯が成立し得ると解する。
⑵ まず、乙は「うちの隣にAという金持ちのじいさんがいて、…古美術品を集めている。…それを持ち出して売ったらいい。」と述べ、甲は了承している。そこで、甲乙間には窃盗罪の意思の連絡が認められる。そこで、甲乙間には、窃盗罪の共謀が認められる(①充足)
次に、乙丙間には、直接の意思の連絡が認められない。もっとも、甲は、丙を本件行為に勧誘しており、丙はこれを承諾していることから、甲を介して乙丙間にも順次窃盗罪の意思の連絡が為されたと評価できる。そこで、甲乙丙間に、窃盗罪の共謀が認められる(①充足)。
加えて、甲及び丙は、上記共謀に基づいて本件行為に及んでいることから、共謀に基づく実行行為が認められる(②充足)。
そして、甲は自己が費消するための金銭を得る目的で本件行為に及んでいるため、甲には窃盗罪の正犯意思が認められる。他方で、乙は、本件行為に際して何らの報酬を要求していないが、Aに電話をかけ、Aを本邸に引きとどめるという本件行為を完遂するために必要不可欠な役割を果たしている。そのため、乙は、本件行為を自己の犯罪として遂行する意思を有していたと評価でき、窃盗の正犯意思が認められる。そして、甲丙間では、盗取した財物を売却して得た金銭の半分を丙が取得する旨の合意が為されていることから、丙は、本件行為を自己の犯罪として遂行する意思を有していたといえる。そのため、丙にも窃盗罪の正犯意思も認められる。(③充足)。
2. 甲、乙及び丙は、あえて本件行為を計画し又は及んでいる以上、窃盗の故意(38条1項本文)を有する。
3. 窃盗罪が成立するためには、不可罰の使用窃盗及び毀棄罪との区別の観点から、権利者排除意思及び利用処分意思を内容とする不法領得の意思を要すると解すべきである。
甲は、勤めていた定食屋を解雇され金銭に困窮していたことから、盗取した財物を金銭に換え、自己が費消する目的で本件行為に及んでいる。そこで、権利者たるAを排除した上で、別荘に存在する美術品から何らかの効用を得ようとしていたといえ、権利者排除意思及び利用処分意思を有していたと評価できる。
他方で、乙は、甲に、Aが有する美術品を獲得させる意思で、本件行為に関与している。そこで、権利者たるAを排除した上で、別荘に存在する美術品から何らかの効用を甲に得させようとしたといえ、権利者排除意思及び利用処分意思を有していたと評価できる。
さらに、丙は、失業したことにより金銭に困窮していたことから、本件行為に及んでいる。そこで、権利者たるAを排除した上で、美術品から何らかの効用を得ようとしていたといえ、権利者排除意思及び利用処分意思を有していたと評価できる。
したがって、甲、乙及び丙には、窃盗罪に係る不法領得の意思が認められる。
4. よって、本件行為に窃盗未遂罪の共同正犯が成立する。
第2
甲及び丙は、Aの有する美術品を盗取する目的で、「邸宅」(刑法(以下、略)130条前段)たるAの別荘に侵入している。そのため、当該侵入行為は「正当な理由」(同条前段)に基づかないAの意思に反するものといえ、「侵入」(同条前段)にあたる。
甲及び乙は、上記の通り、Aの別荘に侵入することを計画して本件行為に及んでいる。そして、甲及び丙も、Aの別荘に侵入することについて、合意している。そこで、甲、乙及び丙間において、邸宅侵入罪の共謀が認められる(①充足)。加えて、上記共謀に基づいて、甲及び丙は、Aの別荘に侵入していることから、共謀に基づく実行行為も認められる(②充足)。
したがって、当該行為に邸宅侵入罪の共同正犯(60条、130条前段)が成立する。
第3
丙が、Aの別荘とは異なる別荘に「侵入」した行為(第三において、本件行為とする。)に、邸宅侵入罪の共同正犯が成立するか。
1. 本件行為には、第一及び第二に係る共謀の射程が及んでいるといえ、甲乙及び丙との間に共犯関係が認められるか。
⑴ 上記の通り、共同正犯の処罰根拠は、因果性に認められる。そこで、共謀の射程が及ぶかの判断は、共謀による因果性が及んでいるかを基準に行うべきと解する。
⑵ 上記共謀は、Aの別荘から美術品を盗取し、これを売却した金銭を得る目的であった。そして、本件行為が金銭を得る目的で行われていることから、当初の目的を完遂する意図で行われており、共謀の因果性が及んでいるとも評価し得る。しかし、上記共謀は、専らAの別荘に侵入した上で美術品を盗取することを想定しており、他の住居又は別荘に侵入することは計画に無かった。加えて、甲は、丙に対して「帰ろう。」と提案しており、丙は「俺は金がいるんだ。じゃあな。」と、上記計画から離脱することを前提とした発言をしている。以上の事情に鑑みれば、本件行為は上記共謀の段階で想定していないものであって、その因果性が及んでいるとは評価できない。
⑶ したがって、本件行為は上記共謀に基づく実行行為にあたらない(②不充足)。
2. よって、丙について邸宅侵入罪の単独正犯が成立する。
第4
B所有の別荘に係る窓をバールで割った行為は、「他人の物を損壊」(261条)ものである。
したがって、本件行為に器物損壊罪(同条)が成立する。なお、第3の1の通り、甲及び乙と共犯関係とならない。
第5
バールでBの顔面を殴った上で、腕時計及び置き時計を掴んで逃走した行為(第四において、本件行為とする。)に、強盗罪(236条1項)が成立する。
1. 「暴行又は脅迫」(同項)とは、財物奪取に向けられた相手方の反抗を抑圧するに足りる程度のものをいうと解する。
丙は、本件行為に及ぶ前に「俺は金がいるんだ。じゃあな。」と甲に対して申し向けている。そのため、丙は、財物を奪取する目的でBの別荘に侵入し、Bに対して上記有形力の行使を行ったと評価できる。そこで、本件行為は財物奪取に向けられた行為といえる。また、通常、金属で構成されたバールで顔面を殴られれば、痛みと恐怖で抵抗することが困難になることから、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度といえる。
したがって、本件行為は「暴行」にあたる。
2.丙は、「暴行」たる本件行為を用いて、「他人の財物」たる腕時計及び置き時計に係る占有を自己の下に移転させている。
したがって、「強取」(同項)との結果が発生している。
3. 丙は、上記時計を売却して得た金銭を自己のために費消する目的で、あえて本件行為に及んでいることから、強盗の故意及び不法領得の意思を有していたといえる。
4. よって、本件行為に強盗罪が成立する。なお、第三1の通り、甲及び乙と共犯関係とならない。
第6 罪責
1. 甲の罪責
⑴ 甲及び丙は、Aの別荘にあったA自身が作成した肖像画を盗取することを断念している。そこで、両者との関係で中止犯(43条但書)が成立し、減刑又は免除されないか。
ア 中止犯による必要的減免の根拠は責任が減少する点にあるところ、中止の動機が必ずしも道徳的悔悟でなくとも、自発的ないし積極的な中止である限り、当該人格的態度は責任を減少させるに足りるものである。そこで、「自己の意思により」とは、外部的障害によらず、犯人の任意の意思によって中止行為が為された場合をいうと解する。
イ 甲及び丙が、上記肖像画の盗取を中止したのは、当該肖像画に財産的価値が認められないことを理由とする。そこで、甲及び丙が、自発的ないし積極的に中止したとは評価できず、外部的障害によって中止行為が為されたといえる。
ウ したがって、「自己の意思により」為されたとはいえず、中止犯は成立しない。
⑵ よって、邸宅侵入罪の共同正犯(60条、130条前段)及び窃盗未遂罪の共同正犯(60条、240条、235条)が成立する。そして、両者は手段と目的の関係に立つことから牽連犯(54条1項前段)を構成し、甲及び乙はかかる罪責を負う。
2. 乙の罪責
邸宅侵入罪の共同正犯(60条、130条前段)及び窃盗未遂罪の共同正犯(60条、240条、235条)が成立する。そして、両者は手段と目的の関係に立つことから牽連犯(54条1項前段)を構成し、甲及び乙はかかる罪責を負う。
3. 丙の罪責
㋐邸宅侵入罪の共同正犯、㋑窃盗未遂罪の共同正犯、㋒邸宅侵入罪、㋓器物損壊罪及び㋔強盗罪が成立する。そして、㋐及び㋑は牽連犯、㋒、㋓及び㋔は、目的と手段の関係にあるため、牽連犯となる。そして客体が異なるため、㋐、㋑と㋒、㋓、㋔は併合罪(45条前段)となる。丙はかかる罪責を負う。なお、上記の通り、中止犯は成立しない。
第2問
第1 甲の罪責
1. 甲が、女優Bと乙の顔を入れ替えたディープフェイク動画をインターネット上の無料投稿サイトにアップロードした行為(第一において、本件行為とする。)に、名誉毀損罪(刑法(以下、略)230条1項)が成立する。
⑴ 同罪の保護法益は、人についての事実上の積極的な社会的評価である。そこで、「事実を摘示し、人の名誉を毀損」(同項)するとは、それ自体として人の社会的評価を低下させるような事実を摘示する行為をいうと解する。
確かに、本件ディープフェイク動画は、任意性ある性交の様子等を撮影したもので、かつ、刑法175条に違反しないものである。そして、アダルト動画の女優業は、適法な職業として確立されている。そのため、あたかも乙がアダルト動画に出演しているかの様な上記動画をアップロードしたことによって、乙の社会的評価が毀損されるおそれは生じないとも思える。しかし、乙は、アイドルグループAに所属しているところ、アイドルという職業は、その性質上、恋愛ないし性的な要素につき無垢であることが要求される。この様な事情に鑑みれば、本件行為は、アイドルとしての乙に係る社会的評価を毀損する危険性を有するものと評価できる。
したがって、本件行為は「事実を摘示し、人の名誉を毀損」させる行為にあたる。
⑵ 同罪の保護法益より、「公然」とは、摘示された事実を不特定又は多数人が認識し得る状態をいうと解する。
本件行為は、不特定かつ多数人が閲覧可能なインターネット上の無料投稿サイトに上記動画を投稿する行為であるため、「公然」と行われたと評価できる。
⑶ 甲は、上記動画がアダルトビデオであること及び乙がアイドルである事実を認識した上で、あえて本件行為に及んでいる。そこで、甲には、名誉毀損の故意(38条1項本文)が認められる。
⑷ なお、乙が、アダルト動画に出演した事実はないが、「事実の有無にかかわらず」(同項)との文言より、当該事実は名誉毀損罪の成否に影響を及ぼさない。
2. よって、本件行為に名誉毀損罪が成立し、甲がかかる罪責を負う。
第2 丙の罪責
1. 乙の動画の件を解決してやると言い、着手金100万円を振り込ませた行為(第二1において、本件行為とする。)に、詐欺罪(246条1項)が成立する。
⑴ 「欺」(同項)罔行為とは、交付の基礎となる重要な事実を偽る行為をいうと解する。
上記100万円は、乙が第一で述べたディープフェイク動画の削除を依頼した際の着手金として交付されている。そのため、丙が、実際には乙の動画の件を解決してやるつもりは全く無かった事実を知っていれば、甲が上記100万円を交付することはなかったと評価できる。そこで、本件行為は、「財物」(同項)たる100万円の交付の基礎となる重要な事実を偽る行為といえる。
したがって、本件行為は「欺」罔行為にあたる。
⑵ 乙は、上記欺罔行為により、甲が上記ディープフェイク動画の削除を行なってくれるとの錯誤に陥り、当該錯誤に基づいて100万円を「交付」(同項)している。
したがって、本件行為と「交付」結果との間に因果関係が認められる。
⑶ 丙は、自己が費消するための金銭を得るために、あえて本件行為に及んでいる。
したがって、詐欺の故意及び不法領得の意思が認められる。
⑷ よって、本件行為に詐欺罪が成立する。
2. 丙が、サバイバルナイフでCを刺し殺した行為(第二2において、本件行為とする。)に、強盗利得殺人罪(236条2項、240条後段)が成立する。
⑴ 「暴行又は脅迫」(236条2項、同条1項)とは、相手方の反抗を抑圧する程度のものをいうと解する。
丙はサバイバルナイフという殺傷力のある武器でCを刺している。このような武器で刺されれば、通常、痛みと恐怖で抵抗することが困難となるため、相手方の反抗を抑圧するに足りる行為といえる。そこで、本件行為は「暴行」にあたる。
したがって、丙は「強盗」(240条)にあたる。
⑵ 「財産上不法の利益」とは、処罰範囲の明確化のため、財物奪取と同視できる程度に具体的利益であることを要する。本件では、取り立てに行ったCが死亡してしまうことにより、乙は債権行使について恐怖を感じ、現実に債権行使をするのが困難となる。そのため、丙は「財産上不法の利益」を得ている。
⑶ 本件行為がなければ、Cが「死」(同条後段)亡することはなかった。そこで、本件行為とCの「死」亡結果との間に因果関係が認められる。
⑷ 丙は、殺意を持って本件行為に及んでいるところ、殺意を有する場合に240条が適用されるか。
同条は、「よって」という文言を用いていない。また、同条の趣旨は、強盗犯人が被害者を殺傷する行為に及ぶことが類型的に多い事情に鑑み、こうした行為を重く処罰する点にある。そこで、殺意を有している場合であっても、同条が適用され得ると解する。
⑸ よって、本件行為に強盗利得殺人罪が成立する。
3. 以上より、詐欺罪及び強盗利得殺人罪が成立し、両者は併合罪(45条前段)となる。そして、丙は、かかる罪責を負う。
第3 乙の罪責
1. Cが乙の100万円を返すよう強く申し向けた行為(第三において、本件行為とする。)に、恐喝未遂罪の共同正犯(60条、250条、249条1項)が成立する。
⑴ 「恐喝」とは、財物交付に向けられた人を畏怖させるに足りる暴行又は脅迫であって、相手方の反抗を抑圧するに至らない程度のものをいうと解する。
確かに、Cは元暴力団員であるが、当該事実を丙に伝えたとの事情はない。加えて、通常、凶器などを示さずに、騙し取った金銭を返還するよう強く申し向けたにとどまる行為によって、恐怖で抵抗することが困難になるとまでは評価し難い。そこで、本件行為は、「財物」(同項)たる100万円の交付に向けられた人を畏怖させるに足りる暴行又は脅迫であって、相手方の反抗を抑圧するに至らない程度のものといえ、「恐喝」にあたる。
したがって、「交付」(同項)という同罪の結果発生の危険性を惹起したといえ、「実行に着手」(43条1項本文)したといえる。
⑵ 同罪は、財産犯であることから、その成立には財産上の損害を要する。そして、本件行為は騙し取った金の返還を求める行為であるため、不当利得の返還を請求(民法703条)する行為である。そのため、丙には財産的損害が認められず、恐喝罪が成立しないのではないか。
ア 債務を履行する行為であっとしても、債務者が意図しない履行態様を強要された場合には、実質的な財産的損害が認められる。そこで、債務の履行を求める行為であっても、財産犯が成立し得ると解する。
イ 本件行為は、犯罪行為たる「恐喝」を用いて、債務の履行を求める行為である。そのため、本件行為は、債務者たる丙が意図しない財産処分を求める行為であって、実質的な財産的損害が認められる。
⑶ 共犯
「すべて正犯とする」(60条)として法の趣旨は、他の共犯が引き起こした結果に因果を及ぼした点にある。そこで、①共謀及び②共謀に基づく実行行為が認められる場合に、共同正犯が成立し得ると解する。
ア まず、乙は、元暴力団員たるCに対して、100万円の取り立てを依頼している。元暴力団員という性質を有するCにわざわざ依頼している事情に鑑みれば、Cが本件行為のような「恐喝」行為を用いることまで想定していたと評価できる。そこで、乙C間に恐喝罪の共謀が認められる(①充足)。
イ 次に、Cは、上記共謀に基づき本件行為に及んでいることから、共謀に基づく実行行為が認められる(②充足)。
⑷ 乙は、元暴力団員たるCにあえて100万円の取り立てを依頼している以上、上記の通り、「恐喝」行為により100万円が「交付」されることを認識・認容していたと評価できる。
したがって、乙には恐喝の故意が認められる。
⑸ もっとも、債務弁済を要求する行為であるため、違法性は阻却されないか。
ア 違法性の実質は社会的相当性を逸脱した法益侵害又はその危険にある。そこで、権利行使の手段としての恐喝は、①権利行使の必要性、②権利の範囲内であること、③手段の社会的相当性を要件として、正当な権利の行使として違法性が阻却されると解するべきである。
イ 本件では、たしかに丙が金銭を詐取したことから返還の請求の必要性が認められるため、権利行使の必要性が認められる。また、返還を求めているのも交付した100万円であり、権利の範囲内である。もっとも、反社会的勢力の構成員であった元暴力団員に取り立てを依頼することは、丙に身の危険を感じさせかねない行為でもあるため、手段の社会的相当性は認められない。
ウ よって、違法性は阻却されない。
4. よって、本件行為に恐喝未遂罪の共同正犯が成立し、乙はかかる罪責を負う。
以上