5/10/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
慶應義塾大学法科大学院2025年 民法
設問1
1. Bの拒絶理由
令和6年2月10日の本件差押え前に、AD間で乙債権が譲渡(以下「本件譲渡」という。)され(民法(以下略)466条1項本文)、同月8日にDが第三者対抗要件(467条2項)を具備している以上、乙債権はDに帰属しており、差押えは認められないとして、Bはその支払を拒絶する。
2. Cの反論
⑴Cは、本件譲渡は、Aの債権者からの差押えを免れるためにDと「通謀」の上でなされたものといえ、虚偽表示として無効(94条2項)であると反論する。
もっとも、本件譲渡の実質は、Dが賃料の3割を自己の取り分としてその余をAに支払う契約であって、なおAとしては乙債権をDに譲渡するという内心的効果意思を有しているため、差押えを免れるための「虚偽の意思表示」とはいえない。
したがって、この反論は認められない。
⑵Cは、本件譲渡は、Cによる差押えに対抗できないと反論する。
確かに上記のとおり、本件譲渡は、対抗要件を具備しているようにも思える。この点、賃料債権は、賃貸人の地位に基づいて生じるものであるから、本件譲渡によって賃貸人の地位がDに移転したということができれば、対抗要件の具備も問題なく認められるであろう。しかし、本件譲渡契約は、AがCによって乙債権が差し押さえられることを免れるためになされたものであり、AD間では、BからDへ賃料が支払われる都度、Dは自己の取り分の3割を差し引いたうえで、残額を乙債権の売買代金としてAに譲渡するという合意がなされている。そのため、AD間の本件譲渡は形式的なものにすぎず、差押えを免れるためにDを介在させているもので実質的な賃借人の地位はAに残ったままであるといえる。したがって、賃借人の地位はAにあるから本件譲渡にかかる賃料債権はAの下で発生するといえる。そして、Aに発生した賃料債権が、その都度がDに移転しているといえるので、本件譲渡契約は、Cによる差押えより後にDにそれぞれの賃料債権がその都度移転する契約といえるから、本件譲渡はCによる差押えには対抗できない。
したがって、Cの上記反論が認められる。
3. 以上より、Bによる支払い拒絶は認められない。
設問2
1. Bの拒絶理由
令和6年2月20日のAB間における甲建物等の売買(555条)により、混同(520条)が生じ、乙債権は消滅したとして、Bはその支払を拒絶する。
2. Cの反論
Cは、本件売買はAがCからの本件差押えによる乙債権の取立てを回避しようとしてされたものであって、Bが乙債権の支払拒絶することは信義則(1条2項)に反し許されないと反論する。
この点について、賃料債権の差押えを受けた債務者は,当該賃料債権の処分を禁止されるが、その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは、差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなる。そうすると、賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物等を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は、その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても、取引経緯及びその態様その他の諸般の事情に照らして、賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り、差押債権者は、第三債務者である賃借人から、当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。
本件において、本件売買によって混同が生じて本件賃貸借は終了する以上、原則として、Cは乙債権を取り立てることができない。しかし、AがCからの本件差押えによる乙債権の取立てを回避しようとしてされたものであることに照らすと、差押債権者であるCの利益を害するものとして、信義則上、Bにおいて乙債権が発生しないことの主張が許されない特段の事情が認められる。
よって、上記反論は認められる。
3. 以上より、Bによる支払拒絶は認められない。
設問3
1. Bの拒絶理由
令和6年2月12日のFによる乙債権と丙債権との相殺(505条1項本文)の意思表示(506条1項)により、乙債権は本件差押えによって相殺適状となった2月10日に消滅したとして(506条2項)、Bはその支払を拒絶する。
2. Cの反論
Cは、相殺予約の合意は無効であると反論する。
この点、相殺の機能及び差押債権者の保護との調和の観点から、将来差押えを受ける等の一定の条件が発生した場合に、直ちに相殺適状を生ずるものとして、相殺予約完結の意思表示により相殺差押当時現存していた債権につき、差押を契機として、当時相殺適状に達していないのに拘らず、相殺予約完結の意思表示により相殺を為し得るという相殺の予約は、511条の反対解釈上、相殺の対抗を許される場合に該当するものに限ってその効力を認めるべきである。
本件では、本件における相殺予約の合意は、3者間でなされた特殊な契約ではあるが、少なくともFの債権は「差押え前に取得した債権」ということができる。また、Fの相殺による債権回収への期待を保護する必要がある。したがって、511条に反するものとは言えないから本件の相殺予約の合意も有効である。
よって、Cの反論は認められない。
3. 以上より、Bによる拒絶が認められる。
以上