4/12/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
明治大学法科大学院2024年 民事訴訟法・刑事訴訟法
【民事訴訟法】
1. 問題1
証明責任とは、ある事実が真偽不明の場合に一方当事者が負う不利益の負担のことをいう。これが一般的な証明責任の定義で、客観的証明責任と呼ばれるが、これと区別してある事実が真偽不明の場合にその法適用に基づく法律効果が発生しないために当事者にとっては証明をしなければならないという行為規範たる主観的証明責任と呼ばれるものもある。
証明度とは、裁判所がどの程度の心証を形成すれば証明の対象となる事実が存在するものと扱ってよいかに関する程度のことを言い、「通常人が疑いをさしはさまない程度の高度の蓋然性」が必要であるとする。
2. 問題2
⑴既判力は「主文に包含するもの」(114条1項)につき生じる。これは、紛争の蒸し返し防止に必要十分な範囲である訴訟物の存否についての判断をいうと解する。そして、既判力は「当事者」(115条1項1号)に生じる。また、事実審の口頭弁論終結時までは訴訟資料を提出することができ、かかる時点までは既判力の正当化根拠である手続保障が及び、自己責任を問える。そこで、既判力の基準時は、事実審の口頭弁論終結時であると考える。
よって、本件前訴の既判力は、前訴の事実審口頭弁論終結時において、XのYに対する貸金返還請求権が存在するという判断につき生じる。
⑵既判力が生じると、前訴事実審口頭弁論終結時における訴訟物の存在又は不存在の判断に矛盾抵触する後訴当事者の主張ないし裁判所の判断を排斥するという機能が前訴当事者間において営まれる。そうすると、類型的には、既判力は訴訟物が同一、先決又は矛盾関係にある後訴に作用する。
本問において、前訴では、XのYに対する貸金返還請求権の存在という判断につき既判力が生じている。一方で後訴でYは、貸金債務が不存在であることを理由に、不当利得返還請求訴訟を提起している。後訴での債務不存在の主張は、XのYに対する貸金返還請求権が存在するという判断と矛盾関係にあるものである。
⑶以上より、Yが後訴で前訴の事実審口頭弁論終結前の事情を持ち出して不当利得返還請求権を主張することは、既判力によって遮断される。一方で、前訴の事実審口頭弁論終結後の事情、例えば、前訴の事実審口頭弁論終結後に弁済したなどの事情を主張することは既判力に抵触しない。
【刑事訴訟法】
1. 設問1
⑴Aの要請に基づきWが乙ホテル309号室を覚醒剤取引場所に指定し、X1所携の鞄の開披を目的とした捜索(以下、「本件捜索」という。)は適法か。
⑵まず、本件捜査の適法性を判断する前提として、本件捜索がおとり捜査にあたるか。
おとり捜査とは、捜査機関又は捜査協力者が、身分及び意図を秘して犯罪を実行するよう働きかけ、相手方が犯罪の実行に出たところで検挙する捜査手法をいう。
本問において、捜査主任Aからの依頼を受けた捜査協力者Wは、その身分や意図をX1に秘して、「覚醒剤を高値で買い取る相手が見つかったので、甲県◇市△区〇町1丁目1番地所在の乙ホテル309号室で代金と覚醒剤の取引をしたい」と申し込んでおり、覚醒剤取締法違反という犯罪を実行するよう働きかけている。また、Aは、X1を被疑者、捜索差押対象物を覚醒剤・携帯電話とする捜索差押許可状を得ていたところ、鞄から高純度医療用覚醒剤10Kgが発見されたことから、X1を覚醒剤営利目的所持の現行犯逮捕により検挙している。したがって、本件捜査はおとり捜査にあたる。
⑶ここで、おとり捜査が「強制の処分」(197条1項但書)にあたる場合、「この法律」におとり捜査を直接規定した「特別の定」が見当たらないから、違法となるのではないか。
「強制の処分」とは、相手方の明示または黙示の意思に反して、その重要な権利・利益を実質的に制約する処分をいうと解する。
おとり捜査において、意思決定の自由が侵害されていないかが問題となるが、おとり捜査の対象者は自らの意思で犯罪を実行しているのであるから、おとり捜査は、直ちに意思決定の自由を侵害することにはならない。また、国家から詐術的手段による犯罪の誘惑を受けないという権利は憲法上保障されていないと考える。
よって、おとり捜査の相手方について、法的に保護すべき権利・利益の制約を想定することは困難である。以上より、「強制の処分」にはあたらない。
⑷上記のように、おとり捜査は相手方の意思決定の自由は制約しない。もっとも、捜査の公正さを害するし、本来犯罪者の法益侵害を阻止すべき捜査機関が犯罪を作り出し、法益侵害を惹起する捜査手法だから、無制約には認められない。そこで、当該おとり捜査の適法性は、捜査の必要性と、捜査の態様の相当性を総合して判断する。その判断にあたっては、①直接の被害者の有無、②通常の捜査方法による摘発の困難性、③機会があれば犯罪を行う意思があると思われる者を対象としているか等を考慮する。
Wから、X1から覚醒剤の買い手を探してほしい旨の電話があったという確度の高い供述を得ており、犯罪の嫌疑が認められる。また、X1は目立つ容貌であって、本邦在住の外国人社会では長らく知られていた存在であるにもかかわらず、薬物対策課が探してからは所在がつかめていない。さらには、Wへの架電は公衆電話を用いた通話であったため、所在を把握することは不可能であった。以上のことからすれば、通常の捜査方法による摘発は困難であったといえる。また、薬物犯罪は、社会秩序を乱すものであるから事件の重大性が認められる。よって、捜査の必要性はとても高い。
そして、薬物犯罪であるから、直接の被害者はいない。また、Wの申し込みに対し、X1は少しも躊躇せずに承諾していることから、機会があれば犯罪を行おうとしていたといえ、捜査の態様の相当性が認められる。
以上の捜査の必要性と、捜査の態様の相当性を総合すると本件捜索は適法である。
2. 設問2
X2に対する捜査(以下、「本件捜査2」)は適法か。
⑴本件捜査2は、Wが「高純度の覚醒剤を10kg程度譲ってくれるならば、中古車を対価として提供する用意ができている」と犯罪をするよう働きかけ、X2が覚醒剤譲渡を決意し、取引に至っているから、おとり捜査にあたる。
⑵おとり捜査が強制捜査にあたらないのは上述の通りである。では、任意捜査として許容されるか。
Aは、覚醒剤事犯の摘発件数が少ないことに悩んでいて、本件捜査をするに至っている。また、外国人船員が覚醒剤を所持しているといった情報はなく、Aの主観で決めて付けている。よって、捜査の必要性は高くない。それにもかかわらず、X2は、Wに対して強い圧力をかけ、また、覚醒剤譲渡を躊躇していたX2に覚醒剤譲渡を決意させるといった捜査の態様の相当性のない行為をしている。
以上の捜査の必要性と、捜査の態様の相当性を総合すると、本件捜査は違法である。
以上