4/17/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
東北大学法科大学院2024年 刑法
1. V宅に立ち入った行為
Xが生活費にするための現金を盗みだす目的でV宅に土足で立ち入った行為については、管理権者の意思に反する立ち入りであり「侵入」に該当するため、住居侵入罪(刑法(以下略)130条前段)が成立する。
2. タンスの中を物色していた行為
⑴Xが1階の居間に置かれているタンスを物色していた行為につき、、窃盗罪の実行の着手(43条本文)が認められて、窃盗未遂罪(243条、235条)とならないか。
⑵実行行為とは法益侵害の現実的危険性を惹起するものであり、ある行為が当該犯罪の構成要件該当行為に密接な行為であり、かつ、その行為を開始した時点ですでに当該犯罪の既遂に至る現実的危険性があると評価できる場合には、その時点で実行の着手が認められる。
⑶本件において、現金が入ったタンスの中を物色する行為は、窃取行為に密接な行為であり、かつ、Vに発見されなかった場合は、現金を窃取出来ていた可能性が非常に高いことから、物色行為を開始した時点ですでに窃盗罪の既遂に至る現実的危険性があると評価できる。そのため、物色行為開始時点で実行の着手は認められる。
⑷したがって、Xには窃盗未遂罪が成立する。
3. 本件ナイフでVを脅して現金3万円を受け取った行為
⑴本件ナイフで脅して現金の交付を受ける行為につき、強盗罪(236条1項)が成立しないか。
⑵1項強盗罪の成立要件は、①暴行又は脅迫を用いて、②他人の財物を強取することである。①について、暴行または脅迫は財物奪取に向けられている必要があり、その程度は相手方の反抗を抑圧するに足るものである必要がある。②について、「強取」とは、暴行・脅迫により相手方の反抗を抑圧し、その意思によらずに財物を自己または第三者の占有に移すことである。
⑶本件において、刃体の長さが約10cmもある本件ナイフを突きつける行為は社会通念に照らしても相手方の反抗を抑圧するに足りる脅迫であり、かつ、Xは「金をだせ」と申し向けながらかかる脅迫を行っているため、財物奪取に向けられた脅迫といえる。したがって、①の要件を充足する。
そして、脅迫によりVの反抗を抑圧し、その意思によらず、現金3万円を渡している。Vは、50万円は渡したくないと考え、3万円を自ら差し出していることから、Vの意思によらずに占有を移したとはいえないとも思える。しかし、3万円の範囲については、渡さなければナイフで刺されてしまうと考えているのであり、Vの意思によらず占有を移したといえる。したがって、②の要件も充足する。
⑷ よって、Xには強盗罪が成立する。
4. 石をXに向かって投げた行為
⑴Yは、Xに向かって石を投げ、その結果Wに当たり、Wは助骨骨折の傷害を負っている。そのため、Yは傷害罪(204条)の罪責を負うとも思われる。しかし、YはWに石を当てる認識を有していなかったところ、構成要件的故意が否定されないか。
この点について、故意とは、構成要件該当事実の認識であり、かつ、各構成要件の文言上、具体的な法益主体の認識までは要求されていないと解されるから、認識した内容と発生した事実がおよそ構成要件の範囲内で符合していれば構成要件該当事実の認識があったと考えられ、故意が認められる。
本件において、Yは「人」に石を投げて当てるという暴行行為自体は認識しており、発生した事実も「人」に石を投げて当てるという暴行行為である。そうすると、両者は暴行罪の構成要件の範囲内で符合しており、暴行罪の故意が認められる。そして、傷害罪は暴行罪の結果的加重犯であり、暴行罪の故意があれば足りる。したがって、Yに傷害罪の構成要件的故意は認められる。
よって、Yの行為は傷害罪の構成要件を満たす。
⑵もっとも、かかる行為はXによる本件ナイフでの脅迫行為によって、刺されると思ったことをきっかけに及んでいる。そこで、正当防衛(36条1項)の成立が考えられるものの、Wとの関係では「急迫不正の侵害」が認められず、正当防衛は成立しない。
⑶では、緊急避難(37条1項本文)として違法性が阻却されないか。
この点について、正である者に反撃することで現在の危難を回復したとみることができること、防衛の意思には避難の意思も含まれることを根拠として、緊急避難の成立を肯定する見解がある。しかし、本件においては、唯一の侵害回避手段であるとは認め難く、補充性の要件を満たさないと思われる。第三者への行為は客観的に緊急行為性を欠くが、主観的に正当防衛と認識している以上、認識と客観的事実との間にズレがある場合であり、誤想防衛の一種として処理すべきであると考える。
⑷行為者が、違法性阻却事由がないのにあると考えている場合、「罪を犯す意思」(38条1項)があるといえるか。
故意責任の本質は犯罪事実の認識によって反対動機が形成されるのに、あえて犯行に及んだ点に求められる。したがって、自己の犯罪事実を認識・認容した場合、故意責任を問うことができると解する。ここで、違法性阻却事由がないのにあると認識した場合、違法性の意識を喚起することはできない。したがって、違法性阻却事由に錯誤がある場合、犯罪事実を認識・認容しているとはいえず、責任故意は否定される。
本件では、Yの主観は正当防衛と考えており、そのため違法性阻却事由に錯誤がある。そのため、犯罪事実を認識・認容しているとはいえない。したがって、責任故意を阻却すると考える。
以上より、かかる行為についてYは責任を負わない。
5. 罪数
Xは、①住居侵入罪、②窃盗未遂罪、③強盗罪が成立する。②は③に吸収され、①と③は牽連犯(54条1項後段)となる。Yは何らの罪責も負わない。
以上