10/26/2023
The Law School Times【ロー入試参考答案】
北海道大学法科大学院2022年 刑事訴訟法
1. Aらの行った現行犯逮捕は、逮捕に至った捜査過程が違法であって、現行犯逮捕も同様に違法とならないか。前提として、捜査過程の行為の適法性について論ずる。
2. まず、Aらの職務質問が警察官職務執行法上の要件を充足しているか検討する。
本件において、Xは警官であるAらを見るや足早に通り過ぎようとしており、警官の立場から見てXが警官に知られたくないことを隠していると考えられるのであるから、「何らかの犯罪を犯し……ていると疑うに足りる相当な理由のある者」(警察官職務執行法2条1項)に当たると言える。
3. 次に、Aらが職務質問に際して、退出しようとするXの前に立ち塞がり腰周りを強く掴むなどした行為は違法でないか。
⑴ 警察官職務執行法2条3項及び同法1条1項に照らし、職務質問の際の「停止」行為(同法2条1項)は、強制にわたらず、かつ職務質問及びこれを行うための停止行為の必要性、緊急性、個人の法益と公共の利益との権衡などを考慮して具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されると解する。そして、強制にあたるかどうかは、相手方の明示又は黙示の意思に反して、重要な権利利益を実質的に制約しているかどうかにより判断する。
⑵ 本件では、同行の段階では任意であり、同行の方法に不適当な部分もない。しかし、同行後であってもそれが任意のものであることは変わりないにもかかわらず、尿を採取するまで出られない旨を明言すると共に、帰ることを述べつつ立ち上がり退出せんとするXの前に立ち塞がり、腰周りを強く掴むなどしている。警官の身分を持つ者が自由に帰宅可能なはずのXに対し出られないと虚偽の情報を告げれば、警官という身分の信用上帰ることに大きな抵抗となるし、ましてや物理的な接触をもってこれを阻止されれば一層移動は困難となるのであるから、Xがこれに対抗することは困難でありXの黙示の意思に反すると言える。さらにその態様も、抵抗するXの両肩をお押し付けるなどの強い有形力の行使に伴うものである上、午後8時という、通常人が帰宅することの多い時間から日付変更の直前である11時半まで、3時間程度の長時間でXの移動を制限しつづけたことも加味すれば、本件取調はXの移動の自由を実質的に害していると考えられる。
⑶ よって、本件取調べは違法である。
4. 次に、違法な取調べから派生し入手した尿が違法収集証拠であった場合、これを原因とした現行犯逮捕は違法とならないか。
⑴ 確かに、証拠の収集手続に違法があったとしても、証拠物自体の性質や形状に変化はなく、当該証拠の証拠価値も類型的に低下しないため、このような場合でも証拠能力を認めるべきようにも思える。しかし、違法な手続によって得られた証拠をいかなる場合にも証拠能力が認められるとすると、司法の廉潔性、将来の違法捜査抑止の観点から妥当でないといえるので、一定の場合には証拠能力を否定すべきである。
そこで、当該証拠収集手続につき、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には、当該証拠の証拠能力は否定されるものと考える。
なお、直接の証拠収集手続自体には違法がなく、先行する取調べや任意同行に違法があるにすぎない場合でも、端的に当該違法行為と因果関係を有する証拠が、どのような場合にその証拠能力が否定されるのかを排除法則の中で検討すれば良いのであって、その直接の証拠獲得手続が先行手続の違法性を承継するか否かを論じる必要はないものと考える。
⑵ 本件では、上述の通り実質逮捕により身体、移動の自由への制約は重大なものであった。また、Aら自身も、何らの正当性がないにも関わらず、令状なき逮捕行為を行うことが違法であることは警官という身分上理解していたはずである。そうであるのに、身体へ強い強制力をもって上記行為に及んだことは、意図的に法令違反行為を行うものであったと推認され、令状主義の精神を没却するものである。さらに、本件のような違法な任意同行は捜査機関の怠慢によりしばしば発生するものであって、偶さかの違法であるとはいえず、将来の違法捜査抑止の見地から相当とはいえない。
⑶ よって、尿は違法収集証拠であって、これを逮捕原因とした現行犯逮捕は違法である。
以上