6/23/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
岡山大学法科大学院2025年 刑法
問題1
設問1
1. XはAに向けて拳銃の引き金を引くという、「人を殺」(刑法(以下略)199条)す行為(以下「本件行為」という。)によって、Aを死亡させている。また、XにはAに対する殺人罪の故意(38条1項本文)もあった。
よって本件行為にはAに対する殺人罪が成立する。
2. 次に、Xの本件行為でBが死亡したことについて、Xにいかなる犯罪が成立するか。
⑴実行行為とは、法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為であるところ、Xの本件行為は、Bを死亡させる現実的危険性があるから、XはBに対する殺人罪の実行行為と評価できる。
また、Bの死亡という結果が発生している。
⑵もっとも、Bは、救急車で搬送中に発生した交通事故で頭部を強打したという介在事情に起因する脳挫傷により死亡したのであるから、因果関係が認められないのではないか。
この点、因果関係は偶発的な結果を排除して適正な帰責範囲を確定するものである。そこで、条件関係を前提として、行為後の介
在事情の異常性・因果的寄与度を考慮に入れた上で、行為の危険が結果に現実化したといえる場合には因果関係が認められると解する。
本件において、Bは、Xの本件行為がなければ交通事故によって死亡することもなかったから、条件関係が認められる。もっとも、本件行為によってBは救命可能な程度の傷を負ったにすぎず、直接の死因は交通事故による脳挫傷にあったのだから介在事情の寄与度は大きい。また、Xが拳銃の引き金を引くことによって、救急車の交通事故が誘発されることはなく、たまたま病院への搬送中に交通事故に遭うことによって死亡するという因果経過は異常である。よって、本件行為に含まれている危険がBの死亡結果に現実化したとは言えない。
よって本件行為と結果に因果関係は認められない。
⑶もっとも、Xに殺人罪の故意が認められれば、本件行為にBに対する殺人未遂罪(199条、203条)が成立するところ、XはBの存在を認識していなかったから殺人罪の故意が認められるか問題となる。
ア この点、故意責任の本質は、規範に直面し、反対動機の形成が可能であったにもかかわらず、反対動機を形成することなくあえて行為に及んだことへの道義的非難にあるところ、規範は構成要件の形で一般国民に与えられているのであるから、認識事実と実現事実とが構成要件レベルで一致している限りにおいて故意は認められる。
上記の通り、本件行為は客観的にBに対する殺人罪の実行行為であり、Xの主観においても本件行為によって「人を殺」すことの認識がある。よって認識事実と実現事実が殺人罪という構成要件レベルで一致しており、XにはBに対する殺人罪の故意が認められうる。
イ ここで、Xは1個の殺人罪の故意しか有していなかったにも関わらず、ABの両名に対して2個の故意犯を成立させることは責任主義に反するのではないか問題となる。
しかし、上記のように故意を構成要件レベルで抽象化する以上、故意の個数は本来的に観念することができない。また、2個の故意犯が成立するとしても両者は観念的競合(54条1項前段)となるから、責任主義に反するということもない。
したがって、Xに2個の故意犯を成立させても問題ない。
⑷よって本件行為には、Bに対する殺人未遂罪が成立する。
3. Xには、Aに対する殺人罪とBに対する同未遂罪が成立するが、「一個の行為が二個以上の罪名に触れ」る場合にあたるから、両罪は観念的競合となる。
設問2
1. YがCを脅して、腕時計を交付させた行為について、恐喝罪(249条1項)が成立するか。
⑴上記行為は同罪の構成要件に該当するか。
ア 「財物」(同項)とは他人の占有する他人の所有物であるところ、「自己の財物であっても、他人が占有」するときは「他人の財物とみな」される(242条、251条)。そして、占有移転罪の保護法益は占有と解すべきであり、「占有」には本権に基づかない占有も含まれる。Cの腕時計に対する占有は、すでにその返却期限を過ぎているのであるから本権に基づかない占有であるが、「他人が占有」するものではあるから「財物」に当たる。
イ 「恐喝」とは、財物交付に向けられた、人を畏怖させるに足りる暴行または脅迫であって、その反抗を抑圧するに至らない程度の行為をいう。YはCに対し、「いい加減にしろ。 痛い目に遭いたいのか。」と申し向けており、これは腕時計という財物の交付に向けられた、人を畏怖させるに足りる脅迫であって、その反抗を抑圧するに至らない程度の行為であるから「恐喝」にあたる。
ウ そして、Cは上記恐喝行為に畏怖して腕時計という「財物を交付」している。
エ 次に、CはYに対して腕時計の返還義務を負っていることから、上記行為はその義務を履行させるものにすぎず、Cに財産上の損害を発生させるものではないのではないか。
この点、恐喝罪は個別財産に対する罪であることから、恐喝行為に畏怖してされた交付行為により債務者の財物に対する占有が債権者に移転した場合には、その占有が失われたこと自体に財産上の損害を認めるべきである。
よって、本件でも腕時計についてCに財産上の損害が認められる。
オ 故意及び不法領得の意思も認められる。
カ 以上より、Yの行為は同罪の構成要件に該当する。
⑵もっとも、Yは自己の所有物である腕時計をCに貸していたのであり、上記恐喝行為はこの返還を要求するものであるから、正当な権利行使として違法性が阻却されないか。
この点、違法性の実質は社会的相当性を逸脱した法益侵害・その危険の惹起であるから、債権者による返還権限の行使は、権利の範囲内であり、方法が社会通念上占有者に受忍を求める限度を超えない場合には、違法性が阻却されると解する。
本件においては、貨していた腕時計を交付させただけで権利の範囲内である。また、返却期限を過ぎてもCは一向に返還する態度を示さなかったのであり、客体も高級腕時計で高価なものだと考えられるから、領得行為を行う必要性が一定程度認められる。また、Yの脅迫内容も抽象的でそれほど重大なものではなかった。これらを踏まえるとYの上記行為は社会通念上、占有者の受忍限度内であり、違法性が阻却される。
2. よってYの上記行為に同罪は成立しない。
以上