7/22/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
神戸大学大学法科大学院2021年 憲法
第1 Xの主張aについて
1. Xの主張
「表現の自由」(憲法21条1項(以下、法名略))は国家に対する不作為請求権としての自由権のみを保障するから、補助金支出に関する請求権は保障されない。
したがって、補助金が得られなくても、本件美術展の開催はできるから、「表現の自由」の一内容としての美術展開催の自由は何ら制約されない。
2. 私見
⑴ たしかに、「表現の自由」は自由権として保障されるものであり、補助金交付を求める請求権は何ら保障されないのが原則である。
しかし、船橋市立西図書館事件において、著作者は自らの書籍につき、購入を請求することはできないが、一旦図書館が当該書籍を購入し、公衆の閲覧に供した場合には、著作者が自らの思想・意見等を伝達する利益として、法的 保護に値するとした。
そこで、上記判例の趣旨を推し進め、一旦当該書籍が購入され、閲覧に供された場合には、そこが、一般的な法律家集団が共通了解するところのベースラインとなり、著作者が図書館に対し、当該書籍の廃棄をしないことを求める自由も「表現の自由」の一内容として主張し得ると解する。
⑵ たしかに、本件では、補助金が得られなくても本件美術展の開催は妨げられない。
しかし、本件は、図書館の書籍購入・閲覧・廃棄しないことを求める事案ではないが、何十年間も本件美術展開催に際し、A県は補助金を交付していたところ、Cが補助金交付を受けられることを前提に美術展という表現活動が運営されていた と考えられる。そうすると、補助金交付を受ける地位を有していることが一般的な法律家集団が共通了解するところのベースラインとなっているといえるから、上記判例の射程が本問にも及ぶ。
したがって、補助金交付を受ける自由は「表現の自由」として保障される結果、補助金交付を受けられないことは、補助金交付を受ける自由としての「表現の自由」の制約となりうる。
3. 以上より、上記Xの主張aは失当である。
第2 Xの主張bについて
1. Xの主張b
上記理由から、補助金交付請求権も「表現の自由」として保障されるとしても、このような補助金交付請求権的については、財政的制約もあるため、交付する側の広範な裁量に委ねられている。したがって、支出先の選考については、A県の意思決定こそが尊重されるべきである。ゆえに、表現内容を考慮して支出先を決定することも許される。
2. 私見
(1) たしかに、自由権である表現の自由には本来裁量は認められないが、本件自由が請求権としての性質も有している以上、一定の裁量が認められることは否定できない。
(2) しかし、本件不支給決定は作品Eが反原発をテーマとしており、B県知事の政策に反していることが理由になったと疑われている。
このような態様の「表現の自由」に対する規制は、表現の内容に着目した表現内容規制であり、その中でも特定の見解に着目した見解規制に当たるところ、かかる表現内容規制は思想の自由市場の真理到達機能を害するおそれがあり、見解規制は、特定の表現を公的議論の場から排除し、自己統治の価値を著しく棄損させるから、その規制には違憲性の推定が強く働く。
加えて、反原発という政治的意見表明を含む表現は、規制に弱く、一旦規制されると周辺の表現をも抑圧してしまう、いわゆる萎縮効果が他の表現と比較してもより強い。
(3) よって、A県の裁量は大幅に限定して解するのが妥当であり、個々の表現内容をも考慮して、支出・不支出決定をするという意味での裁量は認められない。
3. 以上より、上記Xの主張bは失当である。
第3 Xの主張cについて
1. Xの主張c
本件決議を行うことは、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」(弁護士法1条)という目的の範囲外の行為であり、自らの意思に反して自らの名前で本件決議が公表されないという意味での、消極的表現の自由(21条1項)を侵害する。
2. 私見
(1) 望まない意見を、自らの名での公表が強制されることにより、自己の積極的表現の説得力や表現価値が毀損されうるから、上記自由も消極的表現の自由として21条1項で保障される。
一方で、弁護士会は自立した団体であり、団体の目的を達成するために活動する必要があるから、団体としていかなる表明・公表をするかにつき、団体の目的の範囲内である限り、弁護士会の活動に反対しないという不作為の協力義務が肯定され、上記自由の侵害とはならない。
(2) では、本件決議が弁護士会の目的の範囲内といえるか。
ア たしかに、八幡製鉄所事件においては、当該企業が営利団体であり取引の安全を図る必要があったから、目的の範囲(民法34条参照)を広く解した。
しかし、弁護士会は「社会正義を実現」(弁護士法1条)するという公益的な目的を掲げている団体であるうえ弁護士として活動するには、弁護士会に入会し、弁護士名簿に登録される必要がある(弁護士法8条・9条)点で、法令上、直接・間接に加入を強制され、実質的に脱退の自由が保障されていない団体であり、様々な思想信条を有する人が在籍することが当然予定されている(南九州税理士会事件参照)。
イ 本問は、たしかに、特定の表現に着目して補助金不出決定をするという、A県の行為に対して弁護士会として意見表明をするものである。そして、表現の自由は規制に弱く一度傷つくと健全な民主政の過程での回復が不可能ないし困難である。そのため、表現の自由の重要性を説くために、A県と一定程度距離を置く弁護士会が意見表明をすること自体、大きな意味があることであり「社会正義の実現」(弁護士法1条)に資するから、目的の範囲内であるとも思える。
しかし、弁護士会は上記のように事実上の強制加入団体として構成員が様々な思想信条を有することが予定されるうえ、公益性の高い団体であることを踏まえると 、厳格に目的の範囲を解すべきところ、いかなる政治的思想・表明を自己の名で公表するかは、個人の人格的自律に深くかかわる性質のものであり、構成員個人の自律的意思決定に委ねられるべきである。そこで、上記表現の自由の保護のため一定の価値を有するとしても、政治的意見表明を含む場合は、それに賛同する者の名前のみを公表すべきであり、弁護士会所属の弁護士全員の名で公表することは、弁護士会の目的の範囲内であるとはいえない。
(3) したがって、目的の範囲外の行為であるから、公表に反対しないという意味での不作為の協力義務はXには課されない。にもかかわらず、本件決議に基づく公表を行うことは、Xの消極的表現の自由を侵害する。
3. 以上より、上記Xの主張cは正当である。
以上