6/29/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
東京大学法科大学院2025年 刑事系
第1 設問1
1. Yの罪責
⑴Yが500万円を取るために棚を開けた行為につき、窃盗未遂罪(243条、235条)が成立するか。
ア YはB宅をA宅と思っているから、事後的、客観的にはYはA宅のキッチンの棚から500万円を「窃取」する現実的危険性を有していないが、「実行に着手」(43条本文)したといえるか。不能犯の成否が問題となる。
(ア)未遂犯の処罰根拠は結果発生の現実的危険性の惹起にある。行為時において結果発生の現実的危険性がおよそないのであれば、不能犯として「実行に着手」したとはいえないと解する。構成要件は一般人への行為規範であり、一方で帰責範囲の妥当性も図るべきだから、かかる危険性は、行為時に一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎に、一般人を基準とする。
(イ)一般人は、キッチンの棚にへそくりが置いていないということを認識しえないのであって、一般人の視点から判断すると、B宅に侵入してキッチンの棚を開けたら現金が入っている可能性は皆無ではない。よって、現金を窃取する現実的危険性は、絶対にないとはいえないので不能犯ではない。
そうすると、YがB宅のキッチンの棚を開けた行為は、「財物」を「窃取」する現実的危険性を有する行為として窃盗罪の「実行に着手」したといえる。
一方で、金目のものは何もなかったから、結果が発生していない。そのため、窃盗未遂罪の客観的構成要件を充足する。
イ もっともYは、B宅をA宅と思って上記行為に及んでいるから、故意を欠かないか。
(ア)故意責任の本質は、犯罪事実の認識によって、規範の問題に直面し、反対動機が形成できるのにあえて犯罪に及んだことに対する道義的非難である。犯罪事実は、刑法上構成要件として類型化され、その文言上、具体的な法益主体の認識までは要求されていない。そこで、認識した内容と発生した事実がおよそ構成要件の範囲内で符合していれば、故意が認められ、故意の個数は問題にならないと解する。
(イ)Yは、Aの「財物」を窃取するつもりでBの「財物」を窃取しようとしているにすぎず、同一の構成要件内で主観と客観が一致している。よって、故意が認められる。
イ したがって、窃盗未遂罪が成立する。
⑵ YがB宅に侵入した行為は、「正当な理由」なく「人の住居」に「侵入し」たといえるから、住居侵入罪(130条前段)が成立する。
また、Yは、A宅という「住居」に侵入するつもりでB宅という「住居」に侵入しているにすぎず、同一の構成要件内で主観と客観が一致している。よって、故意が認められる。
⑶ 以上より、住居侵入罪と窃盗未遂罪が成立し、牽連犯(54条1項後段)となる。
2. Xの罪責
⑴ XがYに、500万を窃取させようとした行為につき、XとYに窃盗未遂罪の共同正犯(60条、243条、235条)が成立するか。
ア 60条が「全て正犯とする」として一部実行全部責任を負わせる根拠は、相互利用補充関係にある共犯者が、一体となって結果に対して因果性を及ぼし特定の犯罪を実現する点にある。そこで、①共謀、すなわち、特定の犯罪を行う意思の連絡と正犯性と、②共謀に基づく実行行為が認められれば、「共同して犯罪を実行した」として共同正犯が成立すると考える。
Xの認識はA宅に対する窃盗で、Yの認識もA宅に対する窃盗である。よって、①意思連絡が認められる。また、XはYに対して、500万円を盗ませることを提案しており、金に困っていたYが即座に引き受けることになっているから、Yの犯意を誘発したといえる。また、Xは、「Aの家の場所とスムーズに入る方法を教えてあげる」とか、「Aの家の1階の窓はいつも鍵がかけられていないんだ」と述べており、Xの情報提供は重要な役割をになっていたといえる。さらに、「500万円を折半にしよう」と持ちかけており、全体の利益の半分がXに帰属する。よって、正犯性が認められる。
そして、XYの共謀に基づいてYは金銭を盗もうとしているので、②共謀に基づく実行行為も認められる。
イ もっとも、XはYにA宅から財物を盗むことにつき意思連絡をしていたが、実際にYはB宅に侵入しているから、故意を欠かないか。この点、XはYにA宅の金銭という「他人の財物」を窃取させるつもりで、B宅の金銭という「他人の財物」を窃取させたにすぎず、同一構成要件内で主観と客観が一致している。したがって、故意は阻却されず、Xは窃盗未遂罪の共同正犯として処断されることになる。
ウ ここで、XはAの親戚であるから、刑が免除されないか。
(ア)244条1項で処罰が阻却される理由は、家庭内の問題は法が介入せず自主的に解決させることが妥当であるとの政策的考慮にある。したがって、244条1項適用のためには、関係者全ての間に親族関係が必要であると解する。
(イ)本問において、AX間にしか親族関係がないので、関係者全ての間に親族関係があるとはいえない。よって、刑は免除されない。
エ また、住居侵入罪についてもYと共同正犯(60条、130条前段)となる。
⑵以上より、窃盗未遂罪の共同正犯と住居侵入罪の共同正犯が成立し、両者は牽連犯となる。
第2 設問2
1. KらのYに対する身体及び自動車内の捜索(以下、「本件捜索」)は適法か。逮捕に伴う無令状捜索差押え(220条1項2号、3項)としての適法性が問題となる。
⑴ Yの逮捕は適法に行われており、通常逮捕(199条1項本文)の直後にYの身体及び自動車内を捜索しているから、「逮捕する場合」(同条1項柱書前段)にあたる。
⑵ では、Yの身体及び自動車は、捜索差押えの対象にあたるか。
逮捕に伴う捜索差押えが無令状で行いうる(220条3項)のは、逮捕現場には、証拠が存在する蓋然性が一般的に高く、「捜索すべき場所」(219条1項)を逮捕場所とする令状を請求すれば、当然に発付されるため、裁判官による事前の司法審査を要しないからである。そこで、「捜索」の対象は、仮に「捜索すべき場所」を逮捕場所とする令状を得たとしたら捜索できる範囲、すなわち、逮捕地点を起点として、逮捕地点と同一の管理権が及ぶ場所的範囲と解する。
本問において、YはY宅の前の公道上の駐車スペースで車に乗り込もうとしていた時に逮捕されている。逮捕地点における管理者は行政であり、Yの車は逮捕地点たる行政の支配に属しないから、「逮捕の現場」にはあたらない。
ここで、220条1項2号は、被逮捕者の身体及び所持品が捜索対象であることは明記されていない。しかし、そこに逮捕被疑事実に関連する証拠物が存在する高度の蓋然性が一般的に認められ、上記趣旨が妥当する。また、文言上「捜索…をすること」一般を許容している。そこで、被疑者の身体及び所持品は捜索の対象に含まれる。
⑶ 以上より、被逮捕者であるXの身体及び自動車内の捜索は適法である。
2. では、KらによるY宅の捜索は適法か。逮捕地点を起点として同一の管理権が及ぶ場所的範囲といえるか。
⑴逮捕場所は行政の管理権が及ぶ場所であるが、Kらが捜索しているのはY宅であり、Yの管理権が及ぶ場所であるから、管理権が異なる。したがって、Y宅は、「逮捕の現場」にあたらない。また、Y宅は被疑者の身体及び所持品にも当たらない。
⑵よって、Y宅の捜索は不適法である。
以上