5/11/2025
The Law School Times【ロー入試参考答案】
明治大学法科大学院2025年 刑法
問題1
1. Xの行為に殺人既遂罪(199条)が成立するか。
Vを海に突き落とした行為(以下「第2行為」という。)により、Vが死亡したのであれば、これは「人を殺した」といえその旨の故意もあるから、甲に殺人罪が問題なく成立するが、本件においては睡眠薬入りのワインを飲ませる行為(以下「第1行為」という。)によりVが死亡している。
まず、行為1のみを実行行為とみる限り、行為1は「人を殺した」行為といえ客観的構成要件を満たすものの、甲は睡眠薬とワインを一緒に飲むことの客観的危険性を認識していないので、未必的な故意(38条1項本文)すらなく、殺人罪は成立しない。
では、第1行為の時点で、第2行為を通じた結果発生の現実的危険性が生じたとして、第2行為の「実行に着手」(43条本文)したといえないか。実行の着手が認められれば、そこには第2行為経由の死の危険と第1行為自体による死の危険が併存しており、第1行為自体による死の危険の現実化として因果関係が肯定され、一連の実行行為により殺害する認識によって、故意も認められうるから問題となる。
2. 「実行に着手」とは、その文言と実質的処罰根拠により、①構成要件該当行為に密接し、②既遂結果発生の現実的危険性を有する行為をいうと解する。行為者の計画も考慮にいれ、⒜構成要件該当行為を確実かつ容易に行うための準備的行為の必要不可欠性、⒝準備的行為以降の計画遂行上の特段の障害の存否、⒞両行為の時間的場所的近接性などを総合して判断する。
本問において、甲はVが抵抗できないように睡眠薬を飲ませることを計画しているから、第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うための準備的行為として必要不可欠であったといえる。また、Vを港に連れて行ったうえで睡眠薬を飲ませ、海に突き落とす予定であったから、第1行為の後、第2行為に至るまでの間に障害となるような事情は見当たらない。さらに、港から海までは近いので、時間的場所的近接性も認められる。
よって、第1行為は第2行為に密接な行為であり、第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が認められるから、その時点で、第1行為から第2行為に至る一連の殺人の「実行」の「着手」があったといえる。
3. 一方で、甲が予測した因果の流れは、第2行為を通じたVの死亡であり実際と異なるが、故意は認められるか。
故意責任の本質は、犯罪事実の認識によって、規範の問題に直面し、反対動機が形成できるのにあえて犯罪に及んだことに対する道義的非難である。犯罪事実は、刑法上構成要件として与えられるところ、行為者が事前に予見した因果経過と実際の因果経過とが、危険の現実化の範囲内で符合しているならば、認識と客観が構成要件的評価として一致しているといえるから、故意責任を問える。
甲が予見したのは、第2行為の危険がVの死として現実化する因果経過といえ、上記実際の因果経過と、行為の「人を殺」す危険が現実化したという範囲で符合するので故意も認められる。
以上より、甲に殺人既遂罪が成立する。
問題2
1. 乙がAに対して頭部を殴り、腹部を蹴った行為(以下「本件行為」という。)によってAに頭部および腹部打撲傷を負わせたから、傷害罪(204条)が成立するか。
2. 「傷害」とは、人の生理的機能を害することをいうところ、Aに打撲傷を負わせているから、「人の身体を傷害した」といえる。
3. もっとも、乙は、Aからの包丁による攻撃を受けるわけにはいかないという思いで本件行為を行っているから、正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されないか。
⑴「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、間近に押し迫っていることをいい、「不正」とは違法をいう。Aは厨房から包丁を持ち出して、乙を睨みつけながら包丁を腰の辺りにかまえ、乙の方に近づいてきているから、乙の身体の安全に対する違法な侵害が現に存在しているといえ、「急迫不正の侵害」が認められる。
⑵「防衛するため」とは、防衛の意思を要するも、防衛行為は性質上興奮逆上して反射的になされることが多く、積極的な防衛の動機を要求すべきではない。そこで、防衛行為時の意思内容としては、侵害の認識と侵害に対応する意思がある限り、攻撃の意思が併存していても良いと解する。
乙はAの侵害の認識と、包丁による攻撃を受けるわけにはいかないという侵害に対応する意思があるから、Aの態度に腹が立ったという攻撃の意思が併存していても、「防衛するため」といえる。
⑶「やむを得ずにした行為」とは、正当防衛が防衛者とその相手方が正対不正の関係にあることから、行為時の状況を基準に、武器対等の原則の観点から実質的に判断し、防衛手段として相当性を有する行為をいうと解する。
乙は男性で25歳、身長175センチメートル、体重65キログラムなのに対し、Aは男性で62歳、身長160センチメートル、体重50キログラムであるから、乙の方が若く体格・力量も有利である。そして、Aは、包丁を腰の付近でかまえていることから、人の枢要部である腹部を刺され生命が侵害される危険性がある一方、乙は、ビールの空き瓶で頭部を殴ろうとしており生命に対する危険性までは容易には認めれない。 よって、防衛行為の相当性が認められ、「やむを得ずにした行為」いえる。したがって、正当防衛が成立し、違法性は阻却される
4. 以上より、傷害罪は成立しない。
以上