10/23/2023
The Law School Times【ロー入試参考答案】
九州大学法科大学院2022年 憲法
設問
本件マリア観音像の公費による移設、および市有地の無償提供(以下、「本件行為」)は、憲法89条前段および20条1項に違反しないか。
1. まず、89条は、「宗教上の‥団体」に対する公金その他の公の財産の支出を禁止し、20条1項後段は「宗教団体」への特権の付与を禁止している。
「宗教団体」及び「宗教上の‥団体」とは、特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする団体をいう。
「長泉寺跡のマリア観音像を保存する会」(以下、「本件保存会」)は、歴史的・文化的遺産でもある本件マリア観音像の保存を目的としている。このマリア観音像は、隠れキリシタンの系譜を継ぐ地域住民により、受け継がれ、独自の仏教的色彩を帯びながら、崇拝され続け、地域住民により現在に至るまで大切に保存されてきたのである。したがって、これを守る本件保存会は、外観上、宗教的性格が存在するといえ、「宗教団体」及び「宗教上の‥団体」に該当する。
2. では、本件行為は「宗教団体」たる本件保存会への公金の支出又は特権の付与(89条、20条1項後段)にあたるか。
⑴ 憲法89条前段の趣旨は、政教分離原則を財産的側面において徹底することにある。そのため、国家神道の反省という日本国憲法制定の経緯から、憲法は国家と宗教との完全な分離を理想としていると解するべきである。しかし、政教分離規定は制度的保障の規定であるし、政治と宗教の完全な分離は現実的に困難である。そこで、国家と宗教の関わり合いが社会的・文化的に相当とされる限度を超える場合にはこれを許さないとするものと解するべきである。
具体的には、行為の性格や来歴、行為の態様、行為に対する一般人の評価等,諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解する。
⑵ たしかに、長泉寺跡の本件マリア観音像は、歴史的・伝統的な文化遺産であり、地域のアイディンティティの1つとして大切に保存されていた。そのため、これを移設すること、そのために市有地を無償で提供することは、宗教的性格が強い行為とは言えないとも思える。
しかし、マリア観音像は、江戸時代のキリスト教禁教下においてキリスト教徒が公にマリア像を崇拝の対象とすることが困難になったことから、観音菩薩を聖母マリアに見立てて、これを崇拝の対象としたものである。本件マリア観音像も、幼子を抱いた聖母マリアを崇拝の対象としたものと考えられている。そして、隠れキリシタンは、明治期にキリスト教が解禁されてもその独自の信仰を維持していた。したがって、引き続き崇拝の対象となっていた。そのため、本件マリア観音像の宗教的性格は強いといえる。したがって、本件マリア観音像の保存のために市有地である公園を本件保存会に無償で使用させる行為は、宗教的性格が強い行為である。
そして、本件マリア観音像が、市有地たる公園に移設される経緯としては、長泉寺跡のマリア観音像がキリシタン系譜を継ぐ地域住民の市有地において受け継がれ、その後、曹洞宗の長泉寺の所有に帰し、さらに長泉寺が廃寺となり、マリア観音像の区画を含む境内地が、檀家の一人の私有地となって現在に至っているという経緯がある。そのため、長泉寺跡の再開発のため、マリア観音像を移設することは、一定の合理性、必要性が認められる。
しかしながら、上記の通り、マリア観音像の宗教的性格は非常に強く、さらに、市有地たる公園を無償で使用させることは、本件保存会に、継続的に大きな利益をもたらすものといえる。
そして、かかる状態にあるマリア観音像を一般人が見ても、独自の仏教的色彩を帯びた宗教を援助しているとの印象を与えるものであるといえる。
従って、本件行為は、国家と宗教の関わり合いが社会的・文化的に相当とされる限度を超えるものといえる。
3. 以上より、本件行為は、憲法89条前段および20条1項の政教分離規定に違反する。
以上