10/17/2023
The Law School Times【ロー入試参考答案】
一橋大学法科大学院2021年 憲法
小問1
1. 主張の骨子
Xらの立場からは、Y町による戸別訪問による聞き取り調査及び文書送付は、Xらの請願権(憲法(以下略)16条)及び表現の自由(21条1項)を侵害し、これらの戸別訪問や文書送付のために署名簿に記載された住所等を利用することはXらのプライバシーの侵害(13条)となる。
2. 請願権及び表現の自由
⑴ 請願権は16条により保障される。そして、署名活動をした者が署名活動の結果を集めた署名簿を官公署に提出することは「請願」といえるため、16条により保障される「表現」とは、思想・情報を外部に発表し他者に伝達する行為である。本計画への反対の署名運動に参加することは、本計画に反対する旨の意見を表明することである。よって、署名は表現の自由(21条1項)により保障される。
したがって、署名活動をする自由は、表現の自由及び請願権により保障される。
⑵ 戸別訪問による聞き取り調査及び文書送付により、署名者は署名したことでY町から注意を向けられていることを自覚せざるを得なくなり、将来の署名に消極的になると考えられる。そして署名者が署名に消極的になると、署名活動者の将来の署名活動に支障が生じ、署名活動の自由が制約される。
請願権は、国民の政治参加、つまり国民主権(前文)を実現するための重要な権利である。加えて、戸別訪問や文書の送付は署名運動に参加した世帯に対してのみ行っている。これは署名したという表現行為の内容に着目して行われた行為である。このような行為は、行政庁が自己に都合の悪い表現を抑圧する危険がある。そのため、表現内容に着目した規制といえる。
⑶ 以上より、目的が必要不可欠であり、手段が必要最小限である場合に合憲になると解する。
⑷
ア 戸別訪問の目的は、署名が適正に行われたかを確認することである「請願は、請願者の氏名(法人の場合はその名称)及び住所(住所のない場合は居所)を記載し、文書でこれをしなければならない」(請願法2条)とされており、このような形式的要件を満たす署名がなされたか否かを確認することは請願を「誠実に処理」(請願法5条)するうえで不可欠のものである。そして、文書送付の目的は、本計画に関する適切な情報を提供することである。適切な情報の提供は、市民が自律的に判断するために必要であるため、必要不可欠といえる。
イ たしかに、戸別訪問や文書の送付は、署名活動において署名が正しくなされたのかを確かめること、正確な情報を提供するという目的に資する行為であり、手段適合性が認められる。
署名が適正に行われたかは筆跡鑑定等の手段を行えば足りる。また、市民の意見を聴取するためには、住民投票を実施する等の方法も考えられる。こうした手段でも、萎縮効果を生じさせずに署名が適正に行われたかを判断することができる。加えて、文書の送付も、署名をした世帯のみに送っていることは、反対の意見を表明したことに対して萎縮効果を生じさせかねない。それよりも、市の立場をホームページや市の広報で示す方が、署名をした世帯に対する萎縮効果を小さくすることができる。そして、上記の手段により市民に正確な情報を届けることもできる。したがって、手段が必要最小限であるとは認められない。
⑸ よって、戸別訪問及び文書送付は、Xらの請願権、表現の自由を侵害し、違憲である。
3. プライバシー
⑴ 13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対して保護されるべきことを想定していると解され、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示または公表されない自由を有すると解される。そうすると、署名者が記載した氏名・住所を請願の目的外に利用されない自由は自己情報コントロール権として13条によって保障されると解すべきである。
⑵ Y町は、請願の際に記載された氏名・住所を利用して、戸別訪問及び文書送付を行なっている。そして、署名者は意見の表明という目的で氏名・住所を提出しているため、戸別訪問及び文書送付により、署名者の想定していない形で氏名・住所という個人情報が使われたことになる。そのため、上記の行為は自己情報コントロール権を制約している。
そして、署名が特定の意見表明と結びついていることを踏まえると、署名簿の氏名、住所といった情報を利用すると、前記のような請願権、表現の自由といった人格的利益を侵害する恐れがある。そのため、目的が不可欠であり、手段が目的達成のために必要最小限度でなければ、違憲であると解するべきである。
そして、前記のように必要最小限度であるとは認められない。
⑶ したがって、戸別訪問及び文書送付は、13条に反し、違憲である。
小問2
1. 請願権及び表現の自由
⑴ Y町側からの反論として、署名簿に署名する行為は、署名者が自らの確固たる意志を行政機関へ示すことであるので、自分が行った署名について戸別訪問及び文書送付による調査を受けても何ら権利を侵害されることはなく、請願権及び表現の自由の制約は認められない、という反論が想定される。
しかし、署名者は、通常、公権力から署名に関して個別の質問調査を受けることは想定していないのであるから、官公署が署名活動の代表者ではなく個々の署名者に対して戸別訪問及び文書送付といった直接的な働きかけを行うことは、以後の署名活動一般に対して深刻な萎縮効果を及ぼす可能性がある。したがって、戸別訪問及び文書送付は、請願権及び表現の自由の制約となるというべきである。
⑵ すなわち、本件署名簿には疑わしい署名があることが確認されており、これを調査する必要があった。そして、請願プロセスに疑問がある場合には、個々の署名者に対して聞き取り調査をする方が効果的であり、「最小の経費で最大の効果を挙げる」(地方自治法2条15項)という市町村の責務や財政事情、手間等を考慮すれば、戸別訪問及び文書送付による調査方法は不相当なものでもない。さらに、回答を強要しておらず、正しい情報を提供したに過ぎないしたがって、手段が最小限度であると認められる、という反論が考えられる。
たしかに、請願法2条は、請願者の氏名及び住所を記載し、文書で請願するよう要求しており、一定の形式的要件を具備しているかを確認する必要性は認められる。しかし、請願するに際して氏名及び住所を自署することまでは要求されておらず、他人に頼んで記載してもらっても何ら問題はない。その分、署名の真正に疑問が生じる場合も想定できるが、元々請願を受けた相手方には、請願内容を実現する義務はなく、請願の受理と誠実処理の義務があるだけだから、請願に疑義があると感じたのであれば、請願の代表者にその旨を伝えて善処を要求すれば足りる。そのため、厳密に個々の署名の真正を確認する必要性は認められない。
また、回答を強要せずに、正しい情報を提供したに過ぎないとしても、自署は必要がないにもかかわらず自署したかどうかを尋ねる質問や、署名時の意思の変更を促したと取られかねない質問をすることは、署名者へ不当な圧力を加えるものと言わざるをえない。また、情報の提供も、市のホームページや広報で行えば足りる。そのため、手段必要性が認められないしたがって、手段が最小限度であるとは認められない。
⑶ したがって、請願権及び表現の自由を侵害し、違憲である。
2. プライバシー
⑴ Y町側からの反論として、署名者は、署名簿に氏名及び住所を記載しているのであるから、請願を誠実に処理する限度で氏名及び住所を利用することは署名者も想定しているとの反論が想定される。
しかし、数千人規模の署名であれば、署名者は自身の氏名・住所が行政庁の働きかけのために使用されるということは通常考えない。そのため、署名者の想定していない個人情報の利用といえる。
⑵ 氏名、住所自体は個人識別情報に過ぎないため、要保護性が高くないとの反論も想定される。
しかし、本件での署名は、氏名、住所と意見が結びついている。そのため、個人の政治的意見と個人識別情報を合わせると、個人の政治的意見や思想信条を把握することにつながる。政治的意見や思想信条は要保護性の高い情報であるから、署名簿の氏名、住所が要保護性の低い情報とは言えない。
したがって、原告の主張通り、目的が必要不可欠で、手段が目的達成のために必要最小限でなければいけんと解するべきである。
⑶ そして、前記の通り、手段が目的達成のために必要最小限でないから、13条に反し、違憲である。
以上