8/11/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
早稲田大学法科大学院2024年 憲法
第1 設問1
1. 本件映像データを証拠として差し押さえること(以下、「本件差押え」とする)は、報道機関が事実について報道する自由、または取材する自由を侵害し、違憲である。
2.
⑴ 報道の自由
「表現」(21条1項)とは、個人の思想や意見の対外的公表を指すから、事実についての報道は「表現」に含まれず、「表現の自由」として保障されないとも思える。
しかし、報道によって、国民が様々な情報を受領し、民主的意思決定を行う前提となる点で、報道機関が事実を報道することは、国民の知る権利に奉仕するものである。そこで、報道機関による報道の自由は、「表現の自由」として、21条1項で保障されると解する(博多駅事件)。
⑵ 取材の自由
博多駅事件では、報道のための取材の自由については、報道機関の報道が正しい内容を持つために必要であるとの理由から、21条の精神に照らして十分尊重に値するとした。これにより、表現の自由の中核的保障ではないことが示唆される。
しかし、取材は報道をするうえで不可欠の前提をなすものであり、取材の自由が保障されないと、報道の自由の保障が無に帰するから、取材の自由も21条1項により保障されると解する。
⑶ 判断枠組み
ア 本件差押えにより、本件映像データを用いた報道自体ができなくなるし、取材の自由も制約を受けている。一方で、公正な裁判実現という憲法上の要請のために一定の制約は受け得る。
イ 報道機関による報道の自由・取材の自由は上記のとおり、国民の知る権利に奉仕し民主的意思決定の前提となる重要な権利である。そして、一般に、政治家への賄賂事件は健全な民主政治を根底から破壊しかねない重要事項に関するものであるから、広く国民に知らしめるべきである。したがって、このような差し押さえは、原則として、報道の自由・取材の自由を不当に侵害し違憲であり、それにもかかわらず、公正な裁判の実現の要請から、差し押さえるべきと認められる特段の事情がある場合に限って合憲となると解する。
⑷ 個別具体的検討
本件では、本件映像データは、Bが政治家や官僚に対し賄賂の提供をしているという事実を聞きつけ、面談したAとCの面談状況を隠し撮りしたものであり、そのなかで、政治家であるAに対して、現金を提供しようとしたという事実により、他の政治家にも同様の提供行為が行われたのではないか、と推認することが可能になる。そうであれば、このような情報は、広く国民に周知されるべきであるから、本件映像データの差押えは原則違憲である。そして、Aの告発後、報道各社も本件の取材に精力的に取り組むことになったから、Aが収賄を受けていないことは、他社の取材によっても証明できることから、公正な裁判実現のために差し押さえるべきと認められる特段の事情はない。
よって、本件映像データの差押えは報道の自由・取材の自由を侵害し違憲である。
第2 設問2
1. 想定される反論
⑴ 本件差押えがされるとしても、現時点までの取材自体はできているから、取材の自由に対する制約はない。
⑵ 仮に取材の自由の制約があるとしても、それが報道の自由に与える影響としては、抽象的なものにすぎないから、比較的強度の制約になじむ。
⑶ 取材対象者たるAが積極的に、差し押さえることを望んでいるのだから、公正な裁判の実現の要請のために、取材の自由の保障が後退する。
⑷ 本件差押えは、「公益の代表者」(検察庁法4条)である、検察官によって行われたものであるから、裁判所に準じた中立的立場の者によって差し押さえられているから、原則違憲とはいえない。
2. 私見
⑴ 反論1について
本件差押えがされても、本件映像データの取得という本件差押えに関連する取材自体はできているのだから、取材の自由の制約がないとも思える。
しかし、仮に取得したデータに関して、検察官による差押えが緩やかに認められるとすると、今後の取材活動に際して、取材活動を委縮することになりえるから、取材の自由の制約は認められる。よって、反論1は失当である。
⑵ 反論2について
取材の自由は、その性質上その後の報道機関による報道の自由と密接不可分であるから、取材の自由が制約を受けると、当然に報道の自由も制約を受けるという関係にある。
そうであれば、取材の自由の制約が報道の自由に対して与える影響は極めて強いといえるから、反論2も失当である。
⑶ 反論3について
公正な裁判の実現と取材の自由の保障の調和を図る必要があるところ、差押えに関する証拠の対象者が積極的に、刑事裁判の証拠として採用するよう望んでいる場合の差押えを認めることは、将来の取材の自由への制約が限定的と考えられるから 、反論3は正当である。
⑷ 反論4について
ア 判断枠組み
検察官は「公益の代表者」として活動することが求められている。しかし、現行刑訴法における当事者主義(刑訴法256条、312条参照)のもと、検察官は刑事裁判の一方当事者たる地位を有する。そうであれば、裁判所に並ぶほどの中立性が認められるとはいえない。
ただし、「公正な裁判の実現」という要請が働きにくい司法警察員と比べれば、検察官による差押えは、「公正な裁判の実現」のための側面も有している。
以上によれば、対象犯罪の性質、証拠としての重要性、公正な裁判の実現の要請の程度、取材対象者の任意性の程度等を考慮したうえで、取材結果の証拠としての必要性と、報道機関の被る不利益を比較衡量し、刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合には差押えが許されると解する。
イ 個別具体的検討
対象犯罪は贈賄罪であり、対内的かつ密行的に行われることが通常であり、その現場の状況に関する映像データは、事件に関する裁判官の心証形成のために必要であり、重要な証拠価値を有する。さらに、政治家Aの収賄がなかったことを示す唯一の証拠としてあげられているから、差し押えて裁判の証拠として用いる必要性は大きい。取材対象者たるAみずから、証拠として本件映像データを援用しているから、差押えを認めても、Aに大きな不利益が生じるとはいえない。また、取材対象者が積極的に差し押さえを認めている場合には、将来の取材の自由への制約も小さい。
一方で、報道機関としては、本件映像データの複製等がない限り、本件映像データを用いた報道ができなくなるという不利益を被るが、一定期間後には戻され、報道できるようになるのだから、そこまで大きな不利益は被らないし、データならば、複製することで、本件映像データを用いた報道を継続できるから、上記必要性に比して不利益は小さいといえる。よって、刑事裁判の証拠として用いることがやむを得ないといえる。
以上より、本件差押えは、報道の自由・取材の自由いずれも侵害せず、認められる。
以上