7/22/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
神戸大学大学法科大学院2022年 刑法
第2問 設問(1)
1. 未遂犯の処罰根拠は結果発生の現実的危険性を惹起したてんに求められる。また、43条本文の「犯罪の実行に着手」という文言に着目して、「実行」に「着手」したといえる時期は構成要件該当行為への密接性と結果発生の現実的危険性の観点から判断する。
2. したがって自殺関与罪(202条前段)における「自殺」する現実的危険が生じる時期すなわち、「実行」に「着手」したかは自殺行為への密接性及び危険性をもって判断する。そして、幇助行為自体は、保護法益たる生命に現実的危険を引き起こさないこと、及び本罪に併記されている同意殺人罪(202条後段)における実行の着手時期との均衡から、被教唆者が自殺行為を開始した時点で、本罪の「実行に着手」したといえると解する。
第2問 設問(2)
遺棄罪(217条)の「遺棄」は場所的離隔を伴って要扶助者をその生命身体に危害が加わるおそれのある場所に移動させる(移置)ことである。ここで、保護責任者遺棄等罪(218条)は、犯罪の主体を「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者」に限定しているところ、これらの者は、「保護する責任」、すなわち、作為義務を負っている。そうすると、本条は、作為義務の違反も処罰する趣旨といえる。そこで、保護責任者遺棄等罪の「遺棄」とは移置に加えて、場所的離隔を伴わずに要扶助者をその生命身体に危害が加わるおそれのある場所に放置する(置き去り)をも含む。
第3問
1. XがAに対して「100万円を返せ」などと申し向け、AをしてYに100万円を渡させXがYからこれを受け取った行為について恐喝罪(249条1項)が成立するか。
⑴ まず、「恐喝」とは交付行為に向けられた相手方が畏怖するに足りる程度の害悪の告知をいう。XはAに対して「100万円を返せ。期限を徒過したから余計に払ってもらって当然だ。すぐに宅配便に現金を入れて送れ。そうしないとお前の身に何があっても知らんで。送り先は後で連絡する。」とAの身に何らかの危害を加える旨の害悪の告知をしている。そしてXは粗暴な性格をしておりAは一戸建ての借屋で一人暮らしをしていることから、他の同居人に助けを呼べる状況ではないといえる。したがって、Xの本件申し向けは一般人が畏怖するに足りる程度の害悪の告知といえる。
次に、恐喝罪は財産犯であるから、成立要件として財産的損害が要求される。そのため、恐喝罪の実行行為である「恐喝」行為は、財産的損害が生じる現実的危険を有するものに限定される。ここで、債権回収の際に恐喝行為をする場合においては相手方に何ら財産的損害が生じないとも思える。しかし、債務を免れることと脅して給付を履行することは等価ではない。したがって、このような場合でも喝取金全体について財産的損害が認められる。そのため、本件申し向けは、「恐喝」にあたる。
⑵ そしてAは用意した100万円をYの自宅マンションの住所を送り先として送る手続をしている。Aから送られた宅配物をXに渡すことというXからの依頼を承諾したYの自宅マンションにこれが届いたことをもって、Xの支配下に100万円は移転したといえ、「財物を交付させた」といえる。
⑶ もっとも、社会倫理規範違反しなければ違法とはいえないから、権利行使の手段として恐喝行為を行ったときは、①権利の範囲内にあり、②その方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる場合は違法性が阻却される。
XはAに無利子で30万を貸していたのに期限を過ぎても返済してもらえなかった。そこで、A宅を訪れAに対し、上記申し向けをしておりXはAの債務を取立てるためにかかる恐喝行為に及んでいるから、財産的損害が認められる。たしかに、Xの本件申し向けはAに貸した30万円の債務を返済するという権利行使を目的としており、XはAに対して「お前の身に何があっても知らんぞ。」とAの身に対して具体的にどのような危害を及ぼすかは言及していない。しかし、XはAに対して特段の理由なく正当な権利行使の範囲外の100万円という高額な額を請求しており、その後の債権回収の手段についても下記の通りAを殺すという野蛮かつ非人道的な手段を講じている。したがって、Xの本件申し付けは社会通念上相当な態様で行われたものとは言えず、違法性は阻却されない。
⑷ 以上より、甲の本件申し付け行為に恐喝罪が成立し、後述の通り乙とは同罪の共同正犯(60条)となる(ⅰ)。
2. 甲の上記行為について、乙は甲と共に恐喝罪の共同正犯(249条1項)となるか。
⑴ 共同正犯も「正犯」である以上、成立要件として①正犯性が求められる。また、共犯の処罰根拠は他の者と共に結果に対して因果性を与えた点に求められる。そこで、「共同して犯罪を実行した」といえるには、②共謀と③②に基づく実行行為が必要である。
⑵ Xは Yに対して、Xが留守している間YがAからの宅配便を受け取るように指示されていることから、YにおいてXの代わりにAの被害金100万円を受け取るという重要な役割を果たすものといえる。また、XはYに対して謝礼として5万円を渡すと約束をしており、実際にもXはYに対して謝礼として5万円を支払っているから、Yにおいて利益帰属が認められる。したがって、正犯性が認められる(①)。
本件では、Xが恐喝行為をした後に、②共謀が成立しているため、それでも③を満たすといえるかが問題となる。
ここで、後行者が、自己の関与以前の先行者の行為に因果性を有することはあり得ないから、先行行為は共謀に基づく実行行為足り得ない。もっとも、因果性については、法益侵害結果に因果性を有していれば足りると考える。加担時点で、先行者の行為の効果が継続して存在し、後行者がその効果を利用して先行者と共同して違法結果を実現した場合、当該結果惹起について因果性を及ぼしたものといえるから、共同正犯の罪責を負うと解する。
Yの行為は、たしかにXの「恐喝」には因果性を有さず、恐喝罪の構成要件全体については因果性を有しないものの、Xの立場から見て、Yが受領したことが交付行為にあたり、Yは、Xの「恐喝」による効果が存在する状況で、それを利用してXと協力して100万円の占有の移転という結果を引き起こしたといえるから、結果に因果性を有するといえる。
⑶ 以上より、YはXと共に恐喝罪の共同正犯となる。
3. XがAの首を思い切り締め上げた行為について、殺人罪(199条)が成立するか。
⑴ Xは Aの人体の枢要部たる首を思いっきり締め上げる行為は、Aが窒息死する現実的危険性を有するるから、同罪の実行行為が認められる。
⑵ そして、Aは呼吸困難で死亡している。
⑶ 因果関係の存否については条件関係を前提に行為に内在する危険が結果へと現実化したか否かで決する。その際、介在事情の結果発生への寄与度と異常性を考慮する。
XのAに対する本件絞首行為がなければAは呼吸困難によって死亡していなかったのであるから、条件関係は認められる。たしかに、本件絞首行為自体には出火による煙を吸い込んだことに起因する呼吸困難による死亡の危険性は内在していない。そして、XはAが一人暮らしだから家と一緒にその死体を焼いてしまえば犯跡も残らないだろうと思いA宅を放火しており(介在事情)、かかる介在事情が直接的に上記Xの死因を惹起しているとして結果発生への寄与度は高い。もっとも、殺人犯人が証拠隠滅をするために死体を被害者宅ごと燃やしてしまうことはままあることである。したがって、介在事情の異常性は低い。そうすると、Xの本件絞首行為に内在するA死亡の危険がかかる介在事情を介して結果へと実現化したといえる。
したがって、因果関係が認められる。
⑷ もっとも、XにおいてはAに対する絞首行為時にAが死亡したものと思っていたことからXが認識していたA死亡の因果経過と客観的な因果経過を異にし、故意(38条1項)が認められないとも思える。しかし、行為者が認識していた因果経過と客観におけるそれが法的因果関係の範囲内であれば、故意が認められる。上記の通り、客観面ではA死亡という危険の現実化が認められ、Xの認識においても危険の現実化が認められる以上、Xの故意が認めれる。
⑸ 以上より、Xの本件絞首行為に殺人罪が成立する。
4. Xが「住居」たるAの自宅の窓ガラスの一部を割り削って鍵を開け、その中に入った行為は、A宅の住居権者であるAの黙示の意思に反する立ち入りとして「侵入」(130条前段)にあたるから、、同行為に住居侵入罪が成立する。そして、同罪と上記殺人罪は牽連犯(54条1項後段)となる(ⅲ)。
5. XがA宅の台所にあった灯油缶に入っていた灯油を台所に撒き、持っていたライターで放火した行為について、現住建造物等放火罪(108条)が成立するか。
⑴ 同行為にXが及んだ時点ではAは生きていたのであるから、A宅は「現に人がいる建造物」にあたる。そして、同行為によって焼損を惹起し(「放火」)、A宅に火が燃え広がり独立して燃焼が継続しうる状態に達しているから「焼損」にあたる。
⑵ もっとも、Xは非現住建造物等放火罪(109条)の認識であるから、甲は客観において「重い罪に当たる」(38条2項)現住建造物等放火罪では「処断することはできない。」
では、非現住建造物等放火罪は成立するか。同罪に対応する客観的犯罪事実は物理的には存在しないため、規範的にみてこれが存在するといえば、罪刑法定主義に反し得る。しかし、38条2項は、直接には重い罪の成立を否定するものだが、構成要件が重なり合う場合には軽い犯罪が成立することを許容する規定と解すことができる。そのため、構成要件に重なり合いが認められる限度で、軽い罪の成立を認めることができる。
両罪の行為態様は目的物の焼損を惹起する態様と共通しており、保護法益についても人の生命身体財産の安全であることから共通している。したがって、両罪の構成要件間の重なり合いが実質的に認められるとして、軽い罪である非現住建造物等放火罪が成立する(Ⅳ)。
6. Xの上記放火行為には、過失致死罪(210条)が成立し、(ⅲ)に吸収される。
7. 罪数について、(ⅲ)と(Ⅳ)が観念的競合(54条1項前段)となり、(ⅰ)と(ⅱ)とは併合罪(45条前段)となりXはかかる罪責を負う。
以上