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「少年に愛を」非行少年と向き続ける弁護士の思い
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「少年に愛を」非行少年と向き続ける弁護士の思い

11/5/2025

法曹界の多様なキャリアや働き方について聞く、シリーズ「タテヨコナナメの法曹人生

6回目は、少年の人権を擁護し、更生に向けてサポートする「付添人」として長年活動し、1997年に神戸で発生した児童連続殺傷事件の弁護団長も務めた野口善國弁護士にお話しを伺いました。後編では、弁護士になったあとに関わった少年事件についてや、現在の非行少年を取りまく環境について聞きました。(ライター:細川 高頌/The Law School Times編集部)

◇「少年A」への思い◇


ーー弁護士になってからのことについて教えてください

私はこれまで、家裁の少年事件において、成人の刑事弁護人に相当する「付添人」や、保護司として300人以上の少年と関わってきました。少年と交流を始めてから60年になりますが、これまでの経験を通して感じていることは、非行少年、特に殺人などの重大な事件を起こした少年たちに共通しているのは「愛された経験を持てない」、自己評価の低い子どもたちだということです。私が弁護団長を務めた、神戸市連続児童殺傷事件(1997年の2月から5月にかけて、小学生5人が襲撃され、2人が死亡、2人が重軽傷を負った事件。後に当時中学3年生だった「少年A」が逮捕され、少年法が改正されるきっかけとなった。)の「少年A」もそのような子どもの1人でした。

ーー逮捕された少年について教えてください

私が初めて少年Aと面会したとき、Aは当時14歳で、予想以上に細身で小柄な少年でした。ふつう、重大事件を起こした子どもは、事件の重大さに罪の意識を持ったり、自分が処罰されることにおびえたり、父母のことを心配したりなど、心の動きがあるものですが、Aにはそのような心の動きを感じませんでした。「何か困っていることはないか」と聞いても「別に」とだけ答える、「親に伝えることはないか」と聞いても「別に」とだけ答える、何を考えているのかよく分からない少年という印象でした。

ーーそこから、何か印象は変わりましたか

結論から言うと、最後まで心が通わず、心の中に壁を作っているように感じました。ただ、Aが少年院に送致された後、初めて面会に行ったさい、Aは私に深々と頭を下げて、「警察や少年鑑別所に何度も面会に来てくれて、退屈しのぎに雑誌も差し入れてくれて、ありがとうございました」とお礼の言葉を述べました。それまでAにお礼を言われたことなど一度もなかったので、Aの更生に向けて、暗闇の中に一筋の光を見たような感覚がありました。

ーーAは事件から18年後、遺族らに許可をとらないまま、自らの犯罪事実やその後の生活などを記した『絶歌』を出版し、世間から「反省していない」「更生していない」と批判を受けます。この本の出版についてはどのように考えていますか

本を出版したことで、Aは被害者や遺族を再び苦しめました。このことは許されることではありませんが、私は本を読んで、Aの大きな変化も感じました。事件の直後、Aは死刑になることを望んでいました。自分の命に価値はないと思っているから、他人の命も奪ってしまう。それが事件の根本的な原因だったと私は考えています。しかし本の中でAは、「生きる」ことを求めています。これまでAの更生に向けて尽力してきた少年院の職員たちによって、Aは自分の命に価値を見出している。そうであれば、もう他人の命を奪うこともないだろうと私は考えています。現にAは、事件のあと再犯で捕まるようなことにはなっていない。また、本を読むと、お世話になった少年院の職員たちに迷惑がかからないよう、Aなりに配慮しているようにも思える。私には、これもAにとっての「更生」だと思うのです。ただ、まだ被害者や遺族の気持ちを正しく理解できるまでには至っていない。それは事実だと思います。

ーーAの根底にも、「愛された経験を持てない」ということがあるのでしょうか

Aから両親への思いについて聞くことはなかなかできませんでしたが、「母にはよく殴られた」「父にも殴られた」と漏らしていたことがあります。Aの母親は、Aに対して愛情は持っていましたが、「長男としてしっかりとした男に育てなければならない」という思いが強すぎて、Aに対してスパルタ教育を施していました。虐待にあたるかどうかはさておくとしても、暴力的で支配的でした。父親は母親のそのような姿勢を黙認ないし同調しているような状態で、Aは祖母からしか愛情を感じられなかったようです。その祖母がAの幼いころに亡くなり、そこからAは動物虐待などの残虐な行為に走るようになります。そこにはやはり、「愛された経験を持てない」ことからくる自己肯定感の低さがあるように私は思います。

◇厳罰ではなく愛を◇


ーー非行少年に対して、社会にはどのような姿勢が求められるのでしょうか。

家庭裁判所が創設された当時、「家庭に光を 少年に愛を」という標語が掲げられていました。この標語の根底には、国は少年を罰するのではなく、非行少年の親をサポートし、時には親代わりとなって愛のある教育をしていくという国親思想がありました。つまり少年法の目的は、刑事手続にのっとって少年を処罰することではないのです。しかし最近は、司法は少年の厳罰化や刑事手続にのっとった審理に向かっていっているように思います。たとえ厳罰化したとしても、愛された経験がなく、「自分の命に価値はない」と思っている少年に対しては犯罪の抑止力にはなりません。また、少年事件を担当している他の弁護士の話しを聞いていると、少年事件についても取調べの拒否や徹底した黙秘を善とする刑事手続的な考えが浸透してきているように感じています。しかし先ほども述べた通り、少年事件において大事なのは、刑罰ではなく愛のある教育です。そうであれば、取調べの拒否や黙秘が本当に「その子どもの教育」にとって望ましいことなのか、事件ごとに慎重に判断していく必要があると思います。

ーー野口さんは、少年事件だけでなく、いじめ被害者の代理人などの活動も行っています。被害者や遺族の立場からは、どのように考えられていますか。

これまでいじめを原因に自死した子どもの代理人も複数務めてきました。その中で、ご遺族の心理は、混乱→真実を知りたいという思い→憎しみ・恨みと変容していくと考えています。これまで弁護士は、ご遺族の要望に応える形で学校や管轄する自治体と訴訟で争ってきましたが、私はそれでは本当の解決にならないと考えています。例えば、私がご遺族の代理人を務めた事案で、兵庫県多加町で2017年に当時小学5年生だった女児が自死し、その後第三者委員会の調査でいじめが主な原因だったと認定された事案がありました。加害者の親や学校側は深く反省していて、加害者の親はご遺族に対して、「私たち親子はこれから生きていてもいいのか分からない」と話し、学校の教員は「私はもう教壇に立つ資格はない」と謝罪しました。そこでご遺族がかけた言葉は、「そう思うのであれば生きてください。教壇に立ち続けてください。私の子どもの分も生きて、子どものことを忘れないでください。教壇に立ち続けて、二度とこのようなことがないように活動し続けてください。それが子どもの死を無駄にしないということだと思います」というものでした。町はその後、「多可町いじめ防止対策改善基本計画 」を作成し、同じようなことが2度と起きないよう、再発防止に取り組んでいます。裁判で争い続けても、得られるのは賠償金だけで、最愛の子どもは戻ってきません。もちろん事案にもよりますが、そうであれば、関係者からの謝罪や再発防止に取り組むことを盛り込んだ裁判外紛争解決(ADR)を目指すのが、弁護士の役割なのではないかと今は考えています。

ーー遺族全員が、憎しみや恨みの先にある感情になることはできないのではないかとも思います。

もちろん、時間はかかります。だからこそ、弁護士が寄り添って、並走していくことが大切だと思っています。

ーー最後に改めて、今の仕事への思いを教えてください

これまで私が試験観察を担当した少年の90%以上は更生していますが、中には再非行によって少年院送致になってしまうこともありました。そのたびに自分の力不足を感じ、落ち込んだりもしました。しかし、それでも活動を続けてこられたのは、立ち直っていく少年たちの生きる力を目の当たりにして、少年たちから希望や勇気をもらってきたからです。繰り返しになりますが、私は非行少年に対して、「子どもを罰するのではなく愛することによって健全育成を行う」ことが大切だと思っています。お腹が空いて盗みをした少年に罰を科すのは、その子どもに毒を与えるようなもので、それでは問題は解決せず、むしろ逆効果になりかねない。そうではなくて、温かいご飯を与えて、自分の力でご飯が食べられるように見守る。そのためには、社会や周りの大人がそういった子どもたちを見守っていく覚悟と余裕が必要です。非行少年を社会から排除しようとすれば、少年たちの孤立化は加速し、社会との分断が生まれます。そうならないために、これからも自分のできることを、続けていきたいと思います。

取り扱った著名事件等

神戸連続児童殺傷事件、姫路タクシー運転手強盗殺人事件、宝塚中学生放火殺傷事件(有識者委員会)、大阪市いじめ事案調査に関する第三者委員、尼崎大気汚染公害訴訟、ハンセン病国賠訴訟、中国残留孤児訴訟、原爆症認定訴訟(現在継続中)、大阪府立学校等のいじめの重大事態に係る再調査委員(委員長)、愛知県刈谷市高校生指導死事件(遺族代理人)、鹿児島県立高校生自死事件(遺族代理人)、兵庫県多可町小学生自死事件(遺族代理人)、名古屋市中学生自死事件(遺族代理人)、ほか多数


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