
8/26/2026
裁判官という職業に対し、あなたはどのようなイメージを持っているだろうか。「圧倒的に成績優秀な一部の層だけが選ぶ道」「転勤が多くて激務そう」「堅苦しい組織」——こうした断片的なイメージや偏見が先行しがちだが、その実態は意外と知られていない。
本記事では、第71期司法修習を経て裁判官に任官し、横浜地裁、松江地裁、東京地裁での勤務に加え、米国テネシー州での留学も経て、法律事務所の弁護士へと転身を遂げた藤本拓大弁護士にインタビューを行った。
大手法律事務所の内定を得ながらあえて裁判官を選んだ理由、自由とも言える勤務実態、留学での厳しい懐事情、そして同期の間で差がつく昇進のリアル——。普段はなかなか知ることのできない裁判官のキャリアの内側に迫る。
(聞き手・執筆:おっちー/The Law School Times副編集長、編集:晋川陸弥/The Law School Times編集長)
ーーまずは藤本先生が法曹を目指したきっかけなどを教えてください。
よろしくお願いします。元々は教職志望で立教大学の付属高校にいたのですが、途中で弁護士になりたいと考えるようになり、指定校推薦で中央大学の法学部へ進学しました。大学入学時点から弁護士になるという明確な目標がありましたね。その後、大学在学中に予備試験に合格し、東京大学法科大学院へ進学しましたが、司法試験に合格したため中退し、第71期の司法修習に進みました。
ーー予備試験合格後はどのような進路を描いて就活していましたか。
合格直後に行われるウィンタークラークでは複数の事務所を回りました。その際、長島・大野・常松法律事務所から熱烈なオファーをいただき、司法試験直後の6月1日(※当時の司法試験は5月中旬に実施)には内定をいただきました。一方で、ウィンタークラークに行けなかった森・濱田松本法律事務所(MHM)にも司法試験後に書類を出し、面談を経てトントン拍子で内定をいただきまして。両方で食事に行かせていただいたりして迷った結果、最終的にはMHMを選びました。この時点では、企業法務の弁護士になるつもりでほぼ心を決めていました。
ーーそこからなぜ、裁判官へと進路を変えたのでしょうか。
司法修習中に、裁判所の「フラットな環境」に強く魅力を感じたことが最大の理由です。検察庁も良いなと思う部分はあったのですが、少し縦社会の側面が強い印象を受けました。それに比べ、裁判所の方が自分の性格に合っていると感じたのです。実際に任官の声がかかったのは、修習の第4クール、民事裁判修習に入る前後のタイミングでした。
※司法修習では、修習生が複数の班に分けられ、それぞれ「民事裁判・刑事裁判・検察・弁護」の4分野を1クールずつ順番に回っていく。班ごとに回る順番は異なる。
第2クールの時点では「楽しいな」くらいにしか思っていなかったのですが、具体的に「裁判官どうですか?」と声をかけていただき、将来のことをより深く考えながら修習に真剣に取り組む中で裁判官という仕事へのやりがいを感じ、任官を決意しました。
ーーここからは裁判官の「働き方」について詳しくお伺いします。一般的な1日のタイムスケジュールや執務環境のリアルを教えてください。
前提として、裁判官には「定時」という概念が存在しません。したがって、どれだけ残業しても残業代という概念もありません。若手裁判官の場合、9時から9時半頃に登庁する人が多いですが、退庁時間は本当に人それぞれです。朝早く登庁して17時に退庁する人もいれば、朝はゆっくり登庁して夜遅くまで働く人もいます。働き方の自由度は極めて高い環境です。
執務室に関しても、所長クラスにならないと個室は与えられません。基本的には大部屋(相部屋)で仕事をします。例えば「東京地裁〇部」に配属されたら、その部の裁判官5人程度が同じ部屋で執務します。書記官室と同じくらいの広さを5人で使うので、かなりゆったりした空間ですね。
ーーコロナ禍を経て、在宅勤務などは広がったのでしょうか。
少し歴史を遡ると、昔は裁判官の数に対して席が足りず、裁判所に登庁せず、自宅で判決書の作成や記録の検討を行う自宅調査、いわゆる「宅調」が一般的に行われていたそうです。私が裁判所にいた頃は、記録を物理的に自宅へ持ち帰り、記録を読んだり判決書を起案したりしていました。現在は記録の電子化も進んでいますが、自宅のPCから記録を確認できるかどうかは分かりません。その名残もあり、コロナ禍で在宅勤務が世間に広まると、裁判官にも週1回程度は在宅で起案をする流れができました。ただ、若手の働き方は同じ部の部長の働き方にも左右されます。部長が積極的に在宅を取るような方であれば左陪席(若手)も在宅にしやすいですが、基本的には登庁して仕事をしている人が多い印象です。土日の扱いも人それぞれで、私は平日に遅くまで働いて土日はしっかり休みたいタイプでしたが、休日に仕事をする人もいます。
ーー業務量について、民事・刑事・家事で忙しさに違いはありますか。
もちろん人や部によりますが、あえて一般化するとすれば、忙しい順に、民事、刑事、家事の傾向があると言われています。事件の割当ては基本的に機械的に行われます。裁判官1人で審理・判断する単独事件は、配属された部の中で順番に割り当てられる仕組みです。一方、3人の裁判官で審理・判断する合議事件は、部ごとに設けられた「訴額が1億円以上の事件は合議にする」などの基準に則って割り当てられます。また、単独事件として進めていたものを、裁判官の判断で合議事件に切り替える(付合議)こともあります。
ーー合議体における若手(左陪席)の役割や、調査官・書記官との連携について教えてください。
合議体では、裁判長から見て左側に座る左陪席が主任を務めます。記録を最も詳細に読み込んでいるのは左陪席なので、合議の場では左陪席が積極的に発言し、議論をリードしなければなりません。若手だから黙って聞いているということはなく、むしろ喋らないといけないな立場なんです。
また、学生の方の中には、「リサーチ業務は調査官がやってくれる」とイメージしている人もいるかもしれませんが、それは誤解です。地裁の合議事件において文献や判例をゴリゴリ調べるリサーチ業務は、基本的に左陪席の裁判官自身が行います。
ただ、毎回の事件で学者のように詳細に文献を調べるといったわけではなく、多くは事実認定や要件事実の整理、心証形成に基づく金額の算定が中心になります。
書記官さんは、事件ごとの進行管理や期日管理、いわゆる「コートマネジメント」を担ってくれています。書記官さんの裁量で決める部分もありますが、迷った事項や重要な判断については左陪席に相談が来る形で連携しています。
ーー裁判官時代に特に記憶に残っている事件はありますか。
原発に関連した訴訟や、防衛大学校を相手方としたいじめ訴訟は印象に残っています。毎回、公開の法廷の傍聴席が満席になるほどの注目度でした。ただ、この後お話ししますが、 裁判官は転勤があるため、これらの事件を判決まで担当せずに異動になってしまったのは、少し心残りでしたね。
ーー裁判官といえば「転勤」がつきものですが、その実態や家族への配慮について教えてください。
転勤は基本的に3年に1回のサイクルで行われます。1〜10年目は全国どこへでも行く全国転勤、10〜20年目は例えば東京を拠点にして、次は地方、また東京近郊に戻るといったピストン移動、そして20年目以降は自分のホームグラウンド周辺を回る、というのが一般的なルートです。
年に1回、希望シートを提出して所長と面談を行いますが、ある程度の配慮はしてもらえます。例えば「夫婦共に裁判官なので近くにしてほしい」といった要望や、「寒いところだけは避けてほしい」といった切実な希望は考慮されることが多い印象です。
私の場合、初任地は希望通り横浜地裁でしたが、次の異動では大阪・京都・神戸と希望を出した結果松江地裁になりました。「西日本」という大きな括りでは希望を叶えてくれた形です(笑)。ただ、松江のような比較的希望者が集まりにくい任地を経験すると、次の異動では本人の行きたい場所に行かせてもらいやすいという傾向はあると思います。
ーー留学制度や外部経験の実態はいかがですか。
若手裁判官のキャリアパスとして、基本的には全員が留学や出向などの外部経験を積むことが推奨されています。
タイミングとしては、初任の3年間を終えた後の4年目、あるいはさらに2年勤務した後の6年目に行くことが多いです。選択肢としては、海外留学、行政官庁(法務省や国交省など)や民間企業への出向、そして法律事務所への弁護士職務経験などがあります。
私は松江地裁で1年勤務した後、少しイレギュラーなタイミングでアメリカのテネシー州へ留学しました。留学は希望者の中から選考が行われ、毎年全体で20名程度が選ばれます。選考基準としては、TOEICやTOEFLなどの点数だけでなく、勤務態度等も総合的に評価されます。行き先のポストはある程度決まっており、必ずしもピンポイントの希望が通るわけではありません。
ーー留学中の費用負担はかなり厳しいと聞きます。
家族同伴で行くかにもよりますが、経済的にはそこまでの余裕はないケースが多いです。留学中は裁判所に籍を置いた出張扱いになるため、給与と日当は出ますが、住宅補助などは出ません。私がアメリカにいた時は円安と物価高のダブルパンチで、家賃だけで月30万円ほどかかりました。当時の手取りが約30万円だったので、給与はほぼ家賃に消えます。日々の生活をしていく分には問題ないですが、せっかくの貴重な機会ですから、休暇を活用した旅行や現地の人との交流などもしようと考える方が多いです。こういったところにもお金がかかることを考えると、貯金を切り崩す生活になることもあるため、留学を希望するなら1年目から計画的に貯金をしておいた方がよいかと思います。
ーー昇進やキャリアパスについて、同期間でどのように差がついていくのでしょうか。
まず、任官後10年経つと判事になります。ただ、その前の5年経った段階で「特例判事補」という職権特例が与えられ、判事と同じ権限で単独で裁判を行えるようになります。実際には7〜8年目頃から単独事件を持ち始めることが多いですね。10〜20年目にかけては、合議体の右陪席を務めながら単独事件も処理していく期間です。
重要なのは、20年目までは昇進スピードや給与に同期間での差は基本的に出ないということです。差が出始めるのは20年目以降で、「部総括」になれるかどうかが大きな分岐点になります。順調にいけば25〜30年目、早い人では20年目前後で部総括になり、その後、所長や高裁の部総括へとステップアップしていきます。
評価基準については、特段のトラブルなく事件を処理できる能力はもちろんですが、それだけではなく、司法行政的な適性も重要だと考えます。裁判所も組織ですので、組織の中での振る舞いを適切に行えるか、人間性や柔軟性があるか、といった総合的な判断で決まっていきます。
ーー採用や出世において、学歴フィルターのようなものは存在するのでしょうか。
学歴で一律にフィルタリングをしているということは無いと感じています。結果として東大や京大出身者が多いのは事実ですが、学歴が良いから任官できたり、出世したりしているというわけではなく、東大や京大の出身者が他の方よりも優秀なケースが多いから、というだけだと思います。出身大学がどこであれ、本当に優秀な人はしっかり評価されて出世していきます。
ーー福利厚生や休暇の取りやすさはいかがですか。
福利厚生は非常に充実しています。年間20日の有給休暇があり、最大40日まで貯まります。特徴的なのが「夏期休廷」という制度で、毎年夏に3週間ほど期日が入らない期間があります。この期間を利用して、1〜2週間の長期休暇を取り、海外旅行や帰省をする裁判官も多いです。
また、女性裁判官の割合が増えていることもあり、産休や育休を取得する風潮は組織に根付いています。有給も、「しっかり取ろう」という雰囲気があり、非常に働きやすい環境だと思います。
ーー非常に充実した裁判官生活を送られていた中で、なぜ弁護士への転身を決断されたのでしょうか。
裁判所の仕事自体はとても楽しく、不満もありませんでした。ただ、裁判官の仕事は、弁護士が集め、話し合ってきた主張や証拠を書面上で中立的・客観的に確認し、判断を下す立場です。そうした一歩引いた立場ではなく、もっと当事者に寄り添い、プレイヤーとして依頼者と直接関わりたいという思いが強くなったのが1つの理由です。
もう1つは、自分自身の適性と、どこが一番輝けるかを客観視した結果です。裁判所の中には、本当に頭の切れる賢い人たちが山のようにいます。その中で自分が飛び抜けた存在になれるかと考えたとき、そうではないと思いました。私の能力や適性を最大限に活かすなら、弁護士の方がよいかもしれないと思ったのです。
ーー裁判官としての経験は、現在の弁護士業務にどのように活きていますか。
めちゃくちゃ活きています。もしもう一度修習のタイミングに戻ったとしても、私は裁判官になる道を選ぶと思います。
現在、私の業務割合は企業法務が6割、一般民事が4割程度です。不動産関連の紛争や、初任地の横浜地裁医療集中部での経験を直に活かせる医療・介護訴訟などに注力しています。
弁護士の仕事は、実は訴訟まで行かず、訴訟前の交渉で終わる案件が多いです。裁判官は紛争解決の最終地点である判決を下す仕事なので、「この事案が裁判になれば、慰謝料はこの程度の相場になる」「この契約書の文言だと、後々こういう紛争に発展する」という最終的な落とし所が見えます。この逆算の視点を持っているからこそ、交渉を有利に進めることができますし、リスクを未然に防ぐ精緻な契約書チェックが可能になります。
ーー裁判官という仕事の「一番のやりがい」は何だったと感じていますか。
やはり、自分が下す一つの判断で人の人生が大きく変わるという点だと思います。例えば合議の中で、慰謝料を1,000万円にするか1,500万円にするかを、わずか数分で決めることがあります。500万円は当事者からすれば莫大な金額です。また、刑事事件においても、逮捕後に10日間の勾留を認めることで、その人が会社を解雇されるかもしれない。そうした極めて重い責任を伴う判断を、日常的に下していく。責任の重さと表裏一体ですが、それこそが裁判官という仕事の最大のやりがいだと思います。
ーー裁判官に向いている人の適性を教えてください。
「ガツガツしすぎず、一歩引いて冷静に分析できる柔軟性を持つ人」ですね。自分が自分が!と前に出すぎる人よりも、当事者の話をしっかりと整理して聞き、冷静に判断できる能力が求められます。また、派手さや華やかさを求めすぎないこと、そして何より、転勤が苦にならないことは極めて重要な適性です。
ーー裁判官を目指す学生は、どのような点を意識すべきでしょうか。
ロースクール時代の実務家教員からの評価も重要です。任官するかどうかを決める際、教官は、修習生のロースクール時代の実務家教員に話を聞くことも十分考えられます。
また、司法修習においては分野別修習で配属された担当部の裁判官から、起案能力や日頃の立ち振る舞いを厳しくチェックされます。そこでの評価が任官の大きな鍵を握るため、真摯に取り組むことが不可欠です。
ーー最後に、大手事務所の内定を早期に獲得し、任官と迷っている学生へメッセージをお願いします。
近年、就職活動の早期化が進んでおり、修習に入る前から内定先を決めている人がほとんどだと思います。しかし、内定があるから修習はどうでもよいと考えず、ぜひフラットな目線で修習に全力で取り組んでみてください。
司法修習は一生に一度の貴重な機会です。真剣に取り組む中で、裁判官という仕事の計り知れないやりがいに気づくかもしれません。修習は自らの進路を決める場でもあるので、内定先を辞退して任官することは、決して非難されるべきことではありません。修習を通じて、自分の本当の適性と、どこで一番輝けるのかを、しっかりと見極めてほしいと思います。
弁護士 藤本拓大(ふじもと・たくひろ)
リット法律事務所 弁護士
1994年11月 兵庫県宝塚生まれ
2013年3月 立教新座高等学校卒業
2016年11月 司法試験予備試験合格(大学4年次)
2017年3月 中央大学法学部卒業
2017年10月 東京大学法科大学院(司法試験合格のため)中退
2018年12月 司法研修所修了(第71期)
2019年1月 横浜地方裁判所第5民事部(医療集中部)判事補
2022年4月 松江地方・家庭裁判所(刑事・少年)判事補
2023年7月 米国 ヴァンダービルト大学ロースクール客員研究員
2024年7月 東京地方裁判所民事第21部(執行部)判事補
2025年4月 弁護士登録(大阪弁護士会)・リット法律事務所参画