2/29/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
明治大学法科大学院2023年 憲法
設問1
1. Yは、秘密漏洩のそそのかしは憲法上保障される正当な取材行為であるから、これに国家公務員法111条を適用することは違憲・無効であり、当該取材行為は正当業務行為として違法性が阻却されるべきであると主張することが考えられる。そこで、Yの取材行為が正当業務行為として違法性が阻却されないか検討する。
2. 判例は、取材の自由は憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するとする(博多駅事件判決)。これは、取材活動は表現そのものではないものの、表現のための資料収集、前提作業と位置付けられるため、憲法21条の精神に照らして尊重に値するところ、報道機関の取材は国民の知る権利に奉仕するものであるから、単に尊重に値するにとどまらず、十分尊重に値すると評価するものであると考えられる。したがって、報道機関の取材の自由は、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値する。
YはA新聞政治部記者であるから、Yの取材行為は報道機関の取材の自由として、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値する。
もっとも、国家秘密の保護の要請も強い。そこで、国家秘密の保護と取材活動の自由の調整が問題となる。
3. まず、Yは、国家公務員法100条1項に基づき守秘義務を負うCに働きかけ、B省関係の内部文書の持ち出しをさせており、これは秘密漏示行為を実行させる目的をもって、公務員に対し、その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為をしているといえるから、国家公務員法111条の構成要件を充足する。
しかし、報道機関の国政に関する取材行為は、国家秘密の探知という点で公務員の守秘義務と対立拮抗するものであり、時として誘導・唆誘的性質を伴うものであるから、報道機関が取材の目的で公務員に対し秘密を漏示するように唆したからといって、そのことだけで、直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解すべきではない。そこで、判例は、取材行為が真に報道の目的から出たものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為(刑法35条)であるとする(西山記者事件判決)。
Yは、B省大臣秘書官であるCと親交があったことを奇貨として情報提供を求め説得をしていたところ、Cは情報提供を拒んでいた。その後、Yはかなり強引に肉体関係を持ち、その直後、B省の内部文書の持ち出しを懇願し、肉体関係を継続してCがYからの依頼を拒み難い心理状態になったのに乗じ、数回にわたってB省関係の内部文書の持ち出しをさせた。このような取材方法は、取材対象者であるCの個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙したものといわざるをえず、その手段・方法において法秩序全体の精神に照らし社会観念上、到底是認することができない不相当なものであるから、正当な取材活動の範囲を逸脱しているものというべきである。
したがって、正当業務行為として違法性が阻却されることはない。
4. よって、Yは、国家公務員法111条の罪責を負う。
設問2
1. Yが弁護士である場合、報道機関ではないため、報道機関の報道の自由やその前提としての取材の自由を論ずることはできない。しかし、Yの取材行為について、国民の知る権利に奉仕することを目指した、一般市民の情報収集活動の自由を論ずることはできる。
判例は、法廷におけるメモを取る行為について、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるとする(レペタ事件判決)。メモを取る行為は情報収集活動の一環であるから、一般市民の情報収集活動の自由については、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきである。
2. そして、判例は、報道機関であれば、公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、一定の場合に正当業務行為になるとする。これは、報道機関の取材の自由が憲法21条の精神に照らして、十分尊重に値するのであって、報道機関以外の者の情報収集活動とは憲法上の価値評価が異なるという考えを前提にしたものであるといえる。したがって、報道機関ではない弁護士の場合には、判例の射程は及ばない。
よって、正当業務行為として違法性が阻却される余地はない。
3. もっとも、一般市民の情報収集活動について、正当行為として違法性が阻却されないか。
一般市民の情報収集活動であっても、国民の知る権利に奉仕する側面があることから、そそのかし行為の目的、手段方法の相当性、そそのかしによって生ずる利益と秘密保護の利益との比較衡量を総合考慮して、当該行為が全体としてなお法秩序の精神に照らして是認できると認められる場合には、当該行為は正当行為として違法性が阻却されると解する。
確かに、Yは弁護士で市民運動を熱心に行っている者であり、国民の知る権利に奉仕することを目指す取材行為の一環として、そそのかし行為をしている。しかし、その手段方法はCの個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙したものであり、手段方法の相当性は認められない。また、そそのかしによって生ずる利益は不明朗な外交密約に関する内部文書を明らかにする利益であるのに対し、これによってD国との外交関係が悪化するおそれがあるから秘密保護の利益は重大である。これらの事情を総合考慮すると、Yによる取材行為は、全体としてなお法秩序の精神に照らして是認できるとはいえない。
したがって、正当行為として違法性が阻却されることはない。
4. よって、Yは国家公務員法111条の罪責を負う。
以上