7/22/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
神戸大学大学法科大学院2021年 刑法
第2問
第1 小問(1)
1. 過失の意義
過失の意義について、非難に値する心理状態とする見解がある(旧過失論)。かかる見解によれば、過失は責任要素であり、注意義務は予見可能性を前提とした予見義務となる。
しかし、過失は主観ではなく行為であり、予見可能性ではなく結果回避可能性を中心に考えるべきである(新過失論)。かかる見解によれば、過失は責任要素であるのみならず、構成要件要素でもあることになる。
新過失論からは、過失とは、予見可能性を前提とした結果回避義務違反の行為を指すことになる。そうであれば、結果回避可能性は結果回避義務違反の前提、ひいては過失の前提となるため、結果回避可能性がない場合は、過失が否定される。
2. 本問の検討
新過失論を前提とすると、仮に道路交通法を遵守していても、同様に死亡させていた可能性がある場合、死亡させなかった可能性、つまり、結果回避可能性もがあるといえれば、過失は否定されない。
第2 小問(2)
1. 脅迫罪(222条)の保護法益と法人の場合
⑴ 脅迫罪の保護法益について、①意思決定の自由と解する見解と、②私生活上の安全感あるいは法的安全の意識と解する見解がある。上記①の根拠としては、2年以下の拘禁という法定刑は単に安全感を害したことに対する刑としては重過ぎることが挙げられる。また、上記②の根拠としては、脅迫罪の本質は生命・身体・財産への恐怖感を与える点にあり、意思決定への影響を問題とすべきではないことが挙げられる。
⑵ ①を前提とすると、法人も機関を媒介として意思決定をなしうるとして、法人も同罪の客体となる。しかし、②を前提とすると、法人には感情がない以上否定される。
2. 侮辱罪(231条)の保護法益と法人の場合
⑴ 侮辱罪の保護法益について、①外部的名誉とする見解と、②主観的名誉とする見解がある。保護法益を②と解すると、公然性が要求されている理由を説明できない。よって、①が妥当であり、判例も同様である。
⑵ この立場によれば、法人にも外部的名誉としての社会的評価はあるから、本罪は成立する。
第3問
第1 甲の罪責
1. 刃物を振り回しながら突進した行為
この行為につき、甲に強盗殺人未遂罪(243条・240条後段)が成立するか。
⑴ 甲が「強盗」(240条後段)にあたるか。
ア まず、甲は「窃盗」(238条)にあたるか。甲が現金を得るため、レジの方に歩き始めた時点で窃盗罪(235条)の「実行」の「着手」(43条本文)が認められるかが問題となる。
「実行」の「着手」は法益侵害の現実的上記危険を有し、かつ、それに密接に関連する行為の開始時点で認められる。
本件では、レジから現金を盗むには、レジの方向に歩き出す行為が必要不可欠であり、23時という夜間に店舗に侵入すると一般に他の人に見つかる可能性は低いことから、犯行計画上その行為が行われれば、特段の障害がなく、現金を入手しえた。さらに、犯行計画上の現金に関する窃盗行為と、レジに向かう行為は時間的場所的に近接している。
したがって、甲がレジの方に歩き始めた時点で法益侵害の現実的危険を有し、かつ、その危険に密接に関連する行為が開始したといえるから、窃盗罪の「実行」の「着手」が認められる。したがって、甲は「窃盗」(238条)にあたる。
イ 「暴行」は、相手方の反抗を抑圧する程度のものであることを要する。
本件では、甲は刃渡りが15cmもある包丁を乙に向けて振り回して突進しており、乙に対して強度な有形力の行使に及んでいる。また、甲が乙に突進したのは23時という深夜に暗い路地という人通りの少ないと考えられる場所においてであり、乙が他者に助けを求めることが困難な状況であった。さらに、甲は身長165cm、体重70kgであり、身長160cm、体重60kgの乙に比べて体格が優れており、年齢も甲は35歳と50歳の乙に比べて若く、力量の面でも乙に優位な立場にあった。
とすると、甲が包丁を乙に向けて振り回して突進した行為は、乙の反抗を抑圧する程度のものであったとして「暴行」にあたる。
ウ 事後強盗罪と罪質が近似する強盗罪との均衡上、「暴行」はは、窃盗の機会、つまり、窃盗現場の継続ないしその延長線上にされたものであることを要する。
本件では、たしかに、乙は、いったん甲を見失っている。しかし、甲がレジの方へ近づいてから暴行に及ぶまでわずか約10分と時間的に近接しており、場所的にもパチンコ店の近辺の路地である。そのような状況で、甲は乙が付近の路地のどこかにいるはずと思い、探し続けているから、乙は甲の支配領域内から離脱したとはいえず、上記「暴行」は窃盗の現場の延長線上にされたものであるといえる。したがって、上記「暴行」は窃盗の機会にされたといえる。
また、逃走するため、上記行為に及んでいるから、事後強盗罪についての故意(38条1項)に加え、「逮捕を免れ」る目的が認められる。
よって、現金を取得していない甲には事後強盗未遂罪(243条・238条)が成立するから、「強盗」(240条)にあたる。
⑵ 強盗殺人未遂罪(243条、240条後段)が成立し得るに留まる。もっとも、240条は強盗罪の結果的加重犯であり、殺人の故意ある場合を含まないのではないか。
ア 通常結果的加重犯に用いられる「よって」という文言が用いられていないこと、及び本罪は強盗犯人が強盗の機会に死亡結果を生じさせることが多いことから規定されたことから殺人の故意ある場合も含むと解する。
イ よって、殺人の故意があるので、240条後段の故意はある。
2 以上より、甲の上記行為につき、強盗殺人未遂罪が成立する。
第2 乙の罪責
1. 第1行為につき、傷害致死罪(205条)が成立するか。
⑴ 第1行為によって、甲は転倒した際に後頭部を強く打ち、脳内出血を起こしているから、乙は甲の生理的機能を毀損し、甲を「傷害し…た」といえる。
⑵ 上記脳内出血により「死亡」(205条)しており、これは第1行為がなければ生じておらず、また、第1行為は上記内出血を通じて死亡という結果を生じさせる高度の危険性を有する行為であり、その危険が現実化したものといえるから、第1行為と死亡結果との間に因果関係は認められる。
⑶ 少なくとも、乙には傷害致死罪の基本犯たる暴行行為についての認識・認容はあるから、205条の故意も認められる。
よって、傷害致死罪の構成要件に該当する。
⑷ もっとも、正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されないか。
ア 甲が乙に刃物を振り回して突進していたから、乙の身体という法益に対する違法な侵害が間近に押し迫っていたとして、「急迫不正の侵害」(36条1項)はある。
甲の上記行為に対して乙は、慌てて身を守るために第1行為を行ったから、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態たる防衛の意思もあるため、「自己」の身体という「権利」を「防衛するため」(36条1項)といえる。
イ 「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段としての相当性を意味する。
本件で、男女の違いはあれど、乙は身長160cm、体重60kgの50歳であり、身長165cm、体重70kgで35歳である甲に対して体格・力量の面で劣位な立場にあった。そのような中、暗闇で、包丁という殺傷力の高い凶器を持って突進してきた場合に、自衛の道具であるさすまたを突き出すに過ぎない行為は、相手に与えるダメージも最小限と想定される行為といえるので、防衛手段としての相当性が認められ、「やむを得ずにした」(36条1項)といえる。
⑸ 以上より、第1行為には正当防衛が成立し、違法性が阻却される。
⑹ したがって、第1行為に傷害罪致死罪は成立しない。
2. 第2行為につき、傷害罪(204条)が成立するか。
⑴ 乙が甲の腕や腹部を蹴り、ろっ骨骨折の怪我を負わせた行為は甲の生理的機能を毀損させたものとして「傷害」にあたる。
上記事実の認識認容はあるから、故意もある。よって、傷害罪の構成要件に該当する。
⑵ 第1行為により、甲は気絶しているから、法益侵害が現に存在しておらず、間近に差し迫っているとはいえないから、「急迫」性が認められない。
よって、第2行為には正当防衛(36条1項)が成立せず、違法性は阻却されない。
⑶ したがって、第2行為に、傷害罪が成立する。
3. もっとも、第1行為、第2行為を一連一体の行為とみることで、一つの過剰防衛が成立し、刑が任意的に減免されないか(36条2項)。
⑴ 第1行為と第2行為の比較において、①時間的場所的近接性、②侵害態様の継続性、③故意の継続性からみて、連続性が認められれば、緊急状況下での責任の減少という36条2項の趣旨が妥当するから、全体として一つの過剰防衛が成立すると解する。
⑵ たしかに、第1行為と第2行為は、同一の場所で連続してなされたと思われる(①)。
しかし、第1行為はさすまたで、第2行為は足で行われており、侵害態様は異なっている(②)。加えて、第1行為は防衛の意思のもと、侵害行為が行われたものの、第2行為は怒りに身を任せ、攻撃している。そうであれば、故意の連続性も認められない(③)。
以上より、一連一体の行為とみて、全体で一つの過剰防衛が成立するということはできない。
以上