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【予備試験・司法試験 逆転合格体験記 前編】遅いスタートから一歩ずつ。地方の大学から予備試験合格・東大ローへ 落合さん(東大ロー・3年)
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【予備試験・司法試験 逆転合格体験記 前編】遅いスタートから一歩ずつ。地方の大学から予備試験合格・東大ローへ 落合さん(東大ロー・3年)

11/6/2026

予備試験・司法試験の合格者に、受験の体験談を聞く本連載。今回お話を伺ったのは、中京大学法学部から令和6年予備試験に合格し、東京大学法科大学院(以下、東大ロー)在学中の令和7年に司法試験に合格した落合拓未さんです。

高校3年生の春、模試の偏差値は20台。学年順位は下から数えた方が早く、周りには予備試験を本気で狙う仲間もほとんどいなかったといいます。そこからどのように法曹を志し、予備試験と法科大学院入試を突破したのか。前編では、法曹を目指したきっかけから東大ロー進学までの道のりをお聞きしました。(ライター:杉野・向田/The Law School Timesライター、ディレクター:晋川/The Law School Times編集長、写真:諸井)


◇目次◇

  1. 今回の合格者
  2. 法曹を目指したきっかけ
  3. 偏差値20台からの受験歴と予備試験への挑戦
  4. 予備論文とロー入試が重なった夏
  5. 東大ローを選んだ理由

◇今回の合格者◇

落合拓未(おちあい・たくみ)さん 令和6年予備試験合格/令和7年司法試験合格

愛知県出身中高一貫の男子校ではアメリカンフットボール部でクォーターバックを務めたほか、社会人のフラッグフットボールチームでもプレー。2021年に中京大学法学部に入学。大学2年次に法学研究会を立ち上げ、約100名規模の団体に育てる。大学3年次に予備試験短答式試験に初挑戦するも、約10点差で不合格。翌年の令和6年予備試験に合格し、法科大学院入試では東大ロー・早稲田ロー・中央ロー(全額免除)に合格した。2025年に中京大学を卒業し、東大ロー既修コースに入学。同年、令和7年司法試験に合格。現在は東大ロー3年生として学ぶかたわら、The Law School Timesの副編集長、日本フラッグフットボール協会の事務局スタッフとしても活動している。

✅偏差値20台からの逆転合格

✅地方私大から予備試験合格

✅予備試験合格者として東大ロー在学中に司法試験合格


◇法曹を目指したきっかけ◇

──法曹を意識した最初のきっかけを教えてください

原点は、大好きだったアメフトです。高校時代、日本大学アメフト部の悪質タックル問題が大きく報道されました。もちろん、あのタックルは許されない行為で、批判されるのは当然です。ただ、批判の矛先が競技そのものにまで向かっていくのを見て、すごく悔しかったんです。

アメフトには、激しい言葉が飛び交う文化もあります。その特性を理解したうえで説明するのと、知らないまま説明するのとでは、世間の受け止め方はまったく違ったはずです。そして、当時の会見などで表に立っていたのは弁護士でした。今思えば浅はかですが、「競技をもっと分かってもらえる伝え方があったのでは」と、高校生ながらに考えてしまったんです。これが、法曹を意識した最初の体験でした。

──「人のためになる仕事」の中で、なぜ弁護士だったのでしょうか

もう一つの理由は、「人を笑顔にしたい」という思いです。ある俳優のご夫婦が地方を訪れ、手を振るだけで地元の方々が涙を流して喜ぶ。そんな動画をYouTubeで見て、こんなふうに誰かを幸せにできる人になりたいと思いました。ただ、祖母には「あんたは芸がないから、芸能人は無理」と言われていました(笑)。

では、どうすれば直接人の役に立てるのか。高校の進路面談でそう考えたときに挙がったのが、医師と弁護士でした。文系の僕が目指せるのは弁護士だった、という流れです。当時の弁護士像は、ドラマで見る「依頼者を救うヒーロー」でした。相手方がいる以上、必ずしも全員を幸せにできる仕事ではないことも今は分かっています。それでも、法律の力で誰かの力になれる仕事だという思いは変わりません。

──そもそも、なぜそこまで「人のため」にこだわるのでしょうか

誰かが笑顔になってくれることが、何より嬉しいからだと思います。目立ちたいわけではなく、むしろ表に立つより裏方の方が好きなタイプです。自分にできることがあるなら、人や社会のために使いたい。その結果、誰かの記憶に残れたら一番幸せです。公益財団法人日本フラッグフットボール協会のお手伝いをしているのも、その延長線上にあります。この思いを形にできる仕事が、法曹だと考えました。

◇偏差値20台からの受験歴と予備試験への挑戦◇

──これまでの受験歴を教えてください

最初は中学受験です。小学4年生で塾に入れてもらったものの、遊びたい気持ちに正直な子どもだったので、すぐに辞めてしまいました。入り直しても続きませんでした(笑)。転機は小学6年生の秋。母に「あんた、このままでいいの?」と言われて火がつき、受験までの3〜4か月で猛勉強して、中高一貫の男子校に合格しました。追い込まれないと動けない性格は、この頃からだったのかもしれません(笑)。今思えば、あのとき本気で向き合わせてくれた母には感謝しかありません。

──中高時代はどのように過ごしていましたか

とにかくフットボール漬けでした。アメフト部ではクォーターバックとして、司令塔の役割を担っていました。試合から逆算して練習を組み立て、チームとしてどう勝つかを考えた経験は、後に受験の計画を立てるときにも生きました。司令塔といっても、仲間が動いてくれてこそのポジションです。チームのみんなには、本当に多くのことを教えてもらいました。

ただ、途中で怪我をしてしまい、アメフト部は辞めることになりました。それでもフットボールから離れたくなくて、社会人のフラッグフットボールチームに参加させてもらったんです。年上の方ばかりのチームでしたが、高校生の僕を仲間として迎え入れてくださいました。今でも本当に感謝しています。フラッグフットボールの面白さを知ったのもこのときで、今の協会での活動につながっています。

一方で、勉強はまったくせず、学年順位は下から2〜5番が定位置。周りからは「おバカキャラ」として扱われ、自分でもそれを面白がっていました(笑)。

──大学受験はいかがでしたか

高校3年生の春に模試を受けたら、偏差値は20台でした。英語では、三単現のSと複数形のSの違いも分からない状態です。さすがにまずいと思い、本格的に勉強を始めました。内部進学の道もありましたが、新しい環境で挑戦したいと外部受験を選び、1年足らずの勉強で、ギリギリ中京大学法学部に拾ってもらいました(笑)。あのとき拾ってもらえたからこそ、今の自分があると思っています。

──予備試験の勉強はいつから始めましたか

本格的に始めたのは、大学2年生の10月頃です。国家公務員を目指す友人たちが本腰を入れて勉強を始めたのを見て、「自分もやるなら今だ」と思ったんです。彼らには、いい意味で火をつけてもらいました。

予備校は伊藤塾です。正直、当時は伊藤塾以外をほとんど知りませんでした(笑)。予備校選びの段階から、情報格差はあったのだと思います。受講したのは、短答にも対応する細かな知識まで網羅したインプット講座「基礎マスター」と、典型論点を問題を通じて学ぶ「論文マスター」です。この2つを、最初の2〜3か月で一気に見終えました。

──初めての短答式試験はいかがでしたか

大学3年生の7月に初めて受験して、約10点差という惜しいところまで行きましたが不合格でした。勉強法はシンプルで、過去問集「短答パーフェクト」を解きながら、解説を読んでも分からなかった知識を基礎マスターのテキストに書き込んで一元化していく、いわゆる王道の型です。

大学の授業は、正直あまり活用できていませんでした。空いた時間は伊藤塾の講座と過去問演習に充てていましたが、今思えば、もっと大学の授業を活用したり、担当教員の先生方に頼ったりする方法もあったと思います。

──不合格の後は、どう過ごしていたのでしょうか

実は、夏から冬にかけて勉強から離れていました。大学3年生の夏休みで、旅行に出かけたり友人と遊んだりと、普通の大学生として過ごしていました。準備不足だったことは自分が一番分かっていたので、落ち込むより素直に受け止めました。一度リフレッシュして再スタートする方が合っていると思ったのですが、もう少し早く再開してもよかったかもしれません(笑)。

──再スタートのきっかけは何でしたか

大学3年生の12月、伊藤塾から予備試験向けの選抜ゼミの案内が届きました。「ここに受かれば本気でやる環境が手に入る」と申し込み、選抜に通過しました。翌年1月にゼミが始まると、再びギアが入りました。論文対策を中心に月150〜200時間ほど勉強し、明確な答案提出などの〆切があり、一緒に頑張るゼミの仲間がいる環境が大きな力になりました。

短答対策の再開は6月頃。前年に約10点差まで迫っていたので、論文を軸にしつつ、直前期に短答パーフェクトを回して仕上げました。そして大学4年生の7月、短答式試験に合格しました。

◇予備論文とロー入試が重なった夏◇

──法曹を目指すにあたって、「撤退ライン」は決めていましたか

決めていました。中央ローに合格できなければ、法曹の道は諦めて、両親と同じ公務員を目指すつもりでした。中央ローは、司法試験の合格実績が比較的高いとされるローの一つ。本気で準備しても入試に合格できないなら、法曹には向いていないのだろう、と。これは逃げ道を作るためではなく、「ここまでは本気でやり切る」と覚悟を決めるための線引きでした。

──予備試験と司法試験、それぞれどれくらいの確率で合格できると思っていましたか

今振り返ると恥ずかしいのですが、弁護士には「いつかはなれる」と、根拠もなく思い込んでいました(笑)。楽観的すぎたと思います。一方で、予備試験に合格できるとは正直思えていませんでした。周りに受験生がほとんどおらず、自分の立ち位置も分からなかったので、ロー入試を軸に、予備試験は「挑戦できるところまで挑戦してみよう」という位置づけでした。

──受験したロースクールと志望順位を教えてください

東大ロー、早稲田ロー、中央ロー、慶應ローの4校を受験しました。第一志望は東大ローです。地元・愛知県のローは受けていません。将来のキャリアを考えたとき、東京で学びたいという気持ちが強かったからです。

──ロー入試の対策で意識していたことはありますか

ロー入試の論文は、多くの学校で字数や行数に制限があります。だから、事実を端的に引用して端的に評価し、無駄に長くしないことを意識していました。また、過去問から各校の出題傾向をつかみ、それに合わせて必要な部分の基本書や判例を読み込みました。やみくもに全範囲をやるのではなく、志望校ごとに「何が問われるか」から逆算していました。

──予備試験の論文式試験とロー入試の日程が重なって大変だったと伺いました

本当に過酷でした(笑)。予備論文のちょうど1週間ほど前が、慶應ローの入試日でした。名古屋から東京に向かったところ台風が直撃し、前泊2泊に加えて後泊も2泊ほど。名古屋に戻れたのは週の半ばで、その週末には大阪で予備論文が始まります。

しかも慶應の入試に合わせた荷物だったので、予備試験にしかない法律実務基礎科目や行政法、選択科目の労働法のテキストが手元にない。完全に自分のミスです(笑)。勉強は間に合っていないし、移動続きで疲れてもいる。正直、論文に合格できる確率は10〜20%くらいだと思っていました。

──実際に受けてみて、手応えはいかがでしたか

1日目を終えて、手応えがあったんです。「もしかしたら、いけるかもしれない」と。ここで2日目を落としたらもったいないと、その夜は猛勉強しました。2日目を終えたときには、「やれることはやった」と思えました。

準備が万全でなくても、最後まで諦めずに積み上げてきたものを出し切る。この経験は、その後の受験の支えになりました。

──ロー入試の結果を教えてください

東大ローと早稲田ローに合格し、中央ローでは全額免除をいただくことができました。この3校の合格については、準備してきたことを出せたという感覚で、大きな驚きはありませんでした。ここまで準備できたのは、先輩やゼミの先生をはじめ、支えてくださった方々のおかげです。

むしろ驚いたのは、慶應ローが補欠合格、実質的には不合格だったことです。振り返ると、どこかで少し甘く見てしまっていた部分があったと思います。それに、細かい知識の不足も出ました。完全に自分の不徳の致すところで、情けなかったですね。ただ、この不合格を機に、自分の甘さと知識の穴が明確になって 、その後の司法試験に向けた大切な教訓になりました。

──その後、予備試験にも最終合格されました

はい。論文式試験に合格し、口述試験も突破して、令和6年予備試験に最終合格しました。偏差値20台だった自分が、予備試験に合格した。真っ先に伝えたいと思ったのは、ずっと応援してくれた両親や先輩、友人たちでした。

◇東大ローを選んだ理由◇

──予備試験に合格していても、ロースクールに進学したのはなぜですか

理由は2つあります。1つ目は、同じ熱量で法曹を目指す仲間に出会いたかったからです。大学時代、予備試験や上位ローを本気で目指す人は周りにほとんどいませんでした。なので、ロースクールで法曹という同じ目標に本気で向かういろいろな人から刺激を受けたいという思いはずっとありました。

2つ目は、視野を広げる「余白」がほしかったからです。ローを中退して修習に行く道もあり、1年でも早く弁護士になることにも価値はあると思います。ただ僕は、課外活動を通じて知見を広げることを選びました。今はLSTimesの副編集長のほか、公益財団法人日本フラッグフットボール協会の事務局でもお手伝いをしています。支えてもらった分、今度は誰かのために使う時間も大切にしたかったんです。

ローに進んだことで、試験勉強だけでは得られない出会いや経験にたくさん恵まれました。この選択をして良かったと、心から思っています。

──数あるロースクールの中で、東大ローを第一志望にしたのはなぜですか

一番正直な理由は、「その方が面白いから」です(笑)。僕が人生で大事にしているのは、迷ったときは「心が弾む方を選ぶ」ということです。学年で下から数番目が定位置だった自分が、東大生になる。仲間に報告したら、きっと驚いて笑ってくれる。その場面を想像するのが楽しくて、ロー入試を通じた一番のモチベーションでした。

──アメフト部時代のエピソードも関係しているそうですね

そうなんです。同じクォーターバックにもう一人部員がいて、彼は試合映像を分析しては、先発だった僕のプレーに鋭い指摘をくれていました。子どもだった僕は「実際にプレーしてないやん」と言い返してばかりで、よくぶつかっていました。今思えば、彼の指摘はいつも的確だったんですけどね(笑)。

その彼は、東大の理系に進学していました。プレーする自分と、分析する彼。ぶつかってばかりだった二人が、巡り巡って東大で再会したら面白いな、と思っていたんです。

──キャリアの面ではいかがでしょうか

スポーツに関わる法務や、一般民事から企業法務まで扱えるジェネラリストを目指すうえで、東京で学ぶ意味は大きいと考えていました。企業法務の中心も、大規模な法律事務所の多くも東京です。東京のローを目指すのは、自分にとって自然な選択でした。

──実際に入学してみて、東大ローはどんな場所ですか

後輩にもぜひ勧めたい場所です。LSTimesでいろいろなローの学生と接しますが、その中でも本当に恵まれた環境だと感じています。学生が主体的に動きやすく、授業も含めて自由度が高い。多様な人が集まっていて、毎日たくさんの刺激をもらっています。

──周りは優秀な人ばかりだと思いますが、劣等感を抱くことはありませんでしたか

周りは中学・高校受験、大学受験での熾烈な競争を何度も勝ち抜いてきた、本当に優秀な人ばかりです。「この能力では、この人にはかなわないな」と思うこともたくさんあります。勉強してこなかった時期がある以上、それは当然です。でも、すべてで勝つ必要はないと思っていて、自分が勝てる分野で勝負して、総合力で勝てればいい。受け売りですが、「優れるな、異なれ」という感じですかね。落ち込むより、周りから学ばせてもらおうという気持ちの方が強いです。

それに、人柄の良い人ばかりで、みんな仲良くしてくれます。中京大学出身なことをいじられることもありますが、それもおいしいなと思っちゃうタイプなので(笑)。中央大学も中京大学も略すと「中大」なので、中央大学出身のロー同期が最初はそれをきっかけに仲良くしてくれて、今も仲良くしてもらっています。今の環境に感謝しています。

──そして、東大ロー1年目に司法試験に合格されました

はい。東大ローに入学した2025年に令和7年司法試験を受験し、合格することができました。偏差値20台だった自分が、予備試験と司法試験に合格して東大ローで学んでいる。自分でも不思議な気持ちです。ここまで来られたのは、本当に周りの人たちのおかげです。そのうえで意識していたのは、地頭やセンスに頼らず、事前準備で勝負すること。そのための、無駄な勉強をしない取捨選択、合格から逆算した計画、そして情報を自分から取りに行くことでした。

(後編では、落合さんの具体的な勉強法、計画の立て方、メンタルの保ち方、そして地方から情報格差を越えるための行動について伺います。)

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