7/30/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
明治大学法科大学院2022年 憲法
1. 月刊雑誌「県政ジャーナル」9月号の印刷、頒布等の禁止を命ずる仮処分(以下「本件仮処分」という。)は、「検閲」(憲法 21条2項前段)にあたるとして、絶対的に禁止されないか。
⑴ 同条の「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。
⑵ 本件仮処分は、裁判所が行う処分であるが、非訟的な性格を有するため、行政権が主体となる処分と同視できる点があることは否定できない。しかしながら、本件仮処分は、個別的な私人間の紛争について、当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであるため、表現物の内容を網羅的一般的に審査するものとは言えない。
⑶ したがって、本件仮処分は、「検閲」には当たらない。
2.
⑴ もっとも、本件仮処分は、「県政ジャーナル」9月号という表現物の印刷、頒布等の禁止を命ずるものであるため、表現の自由(憲法21条1項)を制約するところ、この制約は同号の発表前に行われたものであるため、事前規制にあたる。
表現行為に対する事前抑制は、表現物が自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられる。そこで、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうると解される。
⑵ 実体的要件
本件仮処分は、本件記事に県知事選挙に立候補予定であるYについて、「天性の嘘つきである」「市長在任中に建設業者から多額の金員を受け取っている」などが記載されていたが、それらは明白な虚偽であったことを理由とするものであり、本件訴訟物は人格権としての名誉権の侵害に基づく差止請求権であるところ、名誉毀損行為が公共の利害に関する事実にかかり、その目的が公益を図るものである場合には、当該事実が真実であることの証明があれば、右行為には違法性がなく(刑法230条の2第1項参照)、また、真実であることの証明がなくても、行為者がそれを事実であると誤信したことについて相当の理由があるときは、故意又は過失がないため、差止請求権は発生しない。
しかし、本件仮処分は、前記のように、事前抑制に該当するものであることから、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる。
そうすると、本件記事は公職選挙の候補者に対する評価・批判等の表現行為であるため、公共の利害に関する事項であるということができ、憲法21条1項の趣旨に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると、本件仮処分は、原則として許されないものといわなければならない。もっとも、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものではないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから、かかる実体的要件を具備するときに限って、例外的に本件仮処分が許されるものというべきである。
本件記事の内容は真実でないため、本件記事によりYが重大にして著しく回復困難な損害を被る虞がある場合には、本件仮処分は許される。
⑶ 手続的要件
本件処分が事前規制にあたることからすると、その対象が公共の利害に関係する事項の表現行為である場合には、口頭弁論・債務者審を必要とするのが原則であり、債権者の提出した資料又は顕著な事実も含むによって実体的要件の充足性を認定できる場合に限り、例外的に口頭弁論・債務者審尋を要しないものと解される。
本件処分は無審尋で決定されているが、債権者の提出した資料又は顕著な事実も含むによって実体的要件の充足性を認定できるか否かは明らかではない。
3. 以上より、Xには、本件記事によりYが重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められず、又は債権者の提出した資料又は顕著な事実も含むによって実体的要件の充足性を認定できることが認められない場合には、本件仮処分は違憲・違法となる旨を提示すべきである。
以上