7/22/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
神戸大学大学法科大学院2023年 刑法
第1 設問1
1. 甲はAがトランクの中に閉じ込められていたことを認識したが、Aを放置した。その後B車による追突によりAは死亡したが、Aに監禁致死罪(刑法(以下略)221条)が成立するか。
⑴ 甲の行為は「監禁」といえるか。
まず、監禁罪の保護法益は身体活動の自由である。かかる自由とは、行動したい時に行動できる自由である。本件では、Aは中 からトランクを開けることができず、行動したい時に行動できず、かつ甲はそれを認識していたにも関わらず放置し、そのAの自由が侵害されている状況を解消しなかった。そのため甲の不作為行為は「監禁」にあたる。
⑵ もっとも、不作為による実行行為性は認められるのか。
ア 実行行為は犯罪の結果発生の現実的危険を有する行為であることから、不作為によっても結果発生の危険性を生じさせることができる以上、実行行為性は認められる。もっとも、自由保証の観点から、不作為による実行行為性が認められる範囲を限定すべきである。すなわち、構成要件的同価値性を求めるべきであり、これは①作為義務の有無、②作為の可能性・容易性で判断する。
イ 本件において、甲はAの親であり、法的に保護する義務(民法820条)がある。また、甲のみが気づいていること、トランク は甲の所有であること、かつ甲がトランクを開けっぱなしにしたことによることなどの事情を考慮すると、甲にはAをトランク から救出するという作為義務があった(①)。また、かかる作為は可能であり、かつ容易であった(②)。
ウ よって、甲の行為には実行行為性が認められる。
⑶ では、不作為犯の因果関係についてはどのように考えるべきか。
ア また、実行行為と結果の間の因果関係については、期待された作為をしていれば死亡結果は発生しなかったといえ、かつそ の期待される作為により解消されるべきだった危険性が現実化したことで認められる。
イ 本件において、甲がAを救出していれば、B車が追突してもAが圧死することは確実になかったといえる。もっとも、Aの死は運転手Bの過失による追突によるものである。しかし、公道上で追突事故が生じることはよくありうることである。また、安全設備のないトランクに人を閉じ込める行為は、車が追突したときにその人を死に至らせる危険を有する行為である。したがって、本件における甲の不作為は公道上にある車のトランクに人を閉じ込めておく行為によって、甲が救出していれば発しなかったAの死亡という危険性を現実化したものといえる。そのため、甲の不作為行為とAの死亡結果の間には因果関係が認められる。
⑷ 以上より、甲には監禁致死罪が成立する。
第2 設問2
1. 詐欺罪(刑法(以下略)246条1項の成立要件は①欺罔行為があったこと、②①により錯誤が生じたこと、③錯誤に基づく交付行為があったこと、④①ないし③の間に因果関係があったことである。
⑴ ①欺罔行為とは、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることを意味する。重要事項性は、被害者がその事項に関心を寄せる 理由・目的に客観的合理性があり、関心を寄せていることが確認措置等を通じて外部的に表示されており、現に本当のことを知れ ば交付しないといえる場合に肯定される。
また、同罪は交付罪である以上、欺罔行為は財産的処分行為に向けられたものである必要がある。そして処分行為といえるためには、窃盗罪との区別から少なくとも占有の移転を基礎付ける外形的事実を被欺罔者が認識していることが必要である。
財産的損害の有無を同罪の成立要件に含むか否かが問題となるが、かかる要件は欺罔行為の要件に解消すると解する。すなわち、財産的処分行為の基礎となるような重要な事項を偽る必要があると①の要件を解することで足りる。
⑵ そして、故意及び財産犯であるので不法領得の意思も当然成立要件に含まれている。
第3問
第1 Yの罪責
1. Bを殺意をもって殴った行為
⑴ YはBを死亡させてもかまわないと思いながら、Bの顔面や頭部を何度も強く殴り続けた。Bはそれによって顔面及び頭部から多量に出血して死亡した。 Yの殴った行為とBの死亡結果には因果関係が認められ、かつYは殺意をもってBを殴っていることから、YにはBに対する殺人罪(刑法(以下略)199条)が成立する。
⑵ もっとも、YはBをAと誤信して殺害したため、客体の錯誤が生じており、Bを殺害する故意(38条1項本文)が阻却されるのではないか。
ア 故意責任の本質は犯罪事実の認識によって反対動機が形成できるのに、あえて犯罪に及んだことに対する道義的非難である。そして、犯罪事実は、刑法上構成要件として類型化されており、かつ、各構成要件の文言上、具体的な法益主体の認識までは要求されていないと解されるから、認識した内容と発生した事実がおよそ構成要件の範囲内で符合していれば犯罪事実の認識があったと考えられ、故意が認められると考える。
イ 本件では、YはAという「人」を殺害するつもりで、Bという「人」を殺害しているにすぎないから、同一構成要件内で主観と客観が一致している。
ウ したがって、Yの故意は阻却されない。
⑶ 以上から、YはBに対する殺人罪の罪責を負う。
2. Bのキャッシュカードを持ち出した行為
⑴ YはBのキャッシュカードを持ち出しているため、「他人の財物を窃取した」として、窃盗罪(235条)が成立すると考えられる。もっとも、「窃取」と は、他人が占有する財物を占有者の意思に反して自己の占有に移転することを指すところ、Yがキャッシュカードを手にした時点では既にBは死亡してい た ため、Bに占有が認められないのではないか。
ア 確かに、死者には占有を認めることができない。占有は占有の事実と占有の意思が必要であるところ、死者には占有の事実も占有の意思もないからである。しかし、自ら被害者を殺害した者との関係では、殺害から財物奪取までの一連の行為を全体的に観察し、生前の占有を侵害する者と評価できる。
イ YはBを殺害した直後にキャッシュカードを持ち出しており、Yとの関係ではBの生前の占有が侵害されたといえる。
⑵ 以上から、YはBに対する窃盗罪の罪責を負う。
3. ATMで現金を引き出そうと残高照会を試みた行為
⑴ YがC銀行のATMを操作して、Bの預金口座から現金を引き出そうとした行為について、Yには正当な払戻権限がない。そのため、現金奪取はできていな いが、C銀行の意思に反した占有移転を試みたとして、窃盗未遂罪(243条、235条)の成立が考えられる。
⑵ もっとも、本件では暗証番号がわからず、現金引き出しはもちろん、残高照会をすることすらできず、キャッシュカードを挿入したにとどまっている。そのため、実行の着手が認められず未遂犯が成立しないのではないか。
ア 未遂犯の処罰根拠は既遂に至る客観的危険性を発生させる点にあるから、法益侵害ないし構成要件の実現に至る現実的危険性が認められるときに実行の着手を認めるべきである。したがって、「実行」の「着手」は、構成要件該当行為に密接し、法益侵害ないし構成要件の実現に至る現実的危険性が認められる行為が行われた時点で認められる。
イ 残高照会と預金の引き出しとは、社会通念上密接に関連しており、両者の間に障害となる特段の事情が存在しない。そのため、残高照会の時点で占有侵害の具体的危険が高まったと評価できる。
ウ よって、YはC銀行に対する窃盗未遂罪の罪責を負う。
4. Aを暴行した行為
⑴ YはAを殴打する暴行を加え、その後Aは硬膜下血腫により死亡している。そのため、傷害致死罪(205条)が成立するとも思える。しかし、Yが暴行を加えた後、Yと共犯関係にないZがAを暴行しており、YとZのいずれの暴行により死因となった硬膜下血腫が生じたか不明であったため、同時傷害の特例(207条)の適用の可否が問題となる。
⑵ 同時傷害の特例は二人以上が暴行を加えた事案において、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとするものである。
207条の適用要件は①各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであることと、②各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたものであること、すなわち同一の機会に行われたものであること、③各行為者が自己の関与した暴行が当該傷害を生じさせていないことを立証していないことである。
②の同一の機会は、各暴行の時間的場所的近接性を主として、加害者間の関係性、暴行を加えた経緯・動機、客観的な事実経過から窺われる暴行の状況の共通性・継続性などを総合的に考慮し、社会通念に従って判断される。
また、判例は傷害致死罪にも207条の適用を認めている。
⑶ 本件において、Y及びZの暴行はいずれも硬膜下血腫を生じさせ得るものであった(①)。また、③の要件を満たさない事情は認められない。では、両者の暴行は同一の機会であったといえるか。
この点について、両者の暴行は時間的場所的にかなり近接しており、暴行の程度、暴行を加えた場所も同様である。そのため、同一の機会であったといえる(②)。
⑷ 以上より、207条を適用することができるため、YにはZとの間で傷害致死罪の共同正犯(60条、205条)が成立する。
第2 Xの罪責
1. XはYに対してAを殴ることについての依頼をして報酬を手渡しているが、上記Yが負う罪責を共同正犯として負わないか。なお、Xは上記Yが行った行為を自ら担当していないが、共謀共同正犯の場合も「共同して犯罪を実行した者」(60条)として罪責を負わせることができる。
⑴ 共同正犯の成立要件は①共謀、②その共謀に基づく実行行為である。①共謀の成立要件は⑴意思連絡と⑵正犯性である。以下、Yが行った行為についてそれぞれ共同正犯の成否を検討する。
⑵ Aに対する傷害致死罪については、XがYに対してAを殴って痛めつけるよう指示しており、Yとの間で意思連絡が成立している(⑴充足)。またXが提案していることから正犯性も認められる(⑵充足)。よって、共謀(①)が成立しており、その共謀に基づいてYはAを暴行し、その暴行によって死亡させている(➁)。
よって、XにはAに対する傷害致死罪の共同正犯が成立する。
⑶ Bに対する殺人罪について、XとYは暴行罪についての共謀を成立させているところ、Yが当該共謀に基づく実行行為中に殺意を抱いてBを殺害しているため、共謀に基づく実行行為といえず、Bに対する殺人罪については責任を負わないのではないか。すなわち、殺人行為について共謀の射程が及ぶか否かが問題となる。
ア この点について、共謀の射程が及ぶか否かは、当初の共謀と実行行為の内容との共通性、共謀による行為との関連性、犯意の単一性・継続性、動機・目的の共通性を総合的に考慮して判断する。
イ 本件において、Yは共謀に基づいてBを殴っている途中に殺意を抱いたにすぎず、客体及び機会が同一である。そして、暴行によって殺害しているため、共謀と実行行為の内容は共通しており、動機・目的もAを痛めつけるというXとの共謀に基づくという点で共通している。また、暴行罪と殺人罪の保護法益は同じである。
ウ このことから、殺人行為についても共謀の射程が及ぶ。
⑷ もっとも、Xは少なくとも傷害罪の故意を有していたにとどまり、殺人罪の故意はなかった。この場合にもXには殺人罪の故意があったとされるのか。
ア この点について、故意責任の本質から、原則として認識した事実と実現した事実とが異なる抽象的事実の錯誤の場合、故意は認められない。しかし、認識した事実と実現した事実との間に構成要件の実質的な重なり合いが認められる場合、その限度で故意を認めることができる。重なり合いの判断基準は保護法益の共通性と行為態様の共通性である。
イ 本件において、殺人罪と傷害罪は保護法益及び行為態様が共通しているので、傷害罪の限度で故意が成立する。よって、Xには傷害罪の故意が認められ、Bは死亡しているので傷害致死罪の故意が成立するにとどまる。
⑸ しかし、このように、共犯者間で成立する罪名が異なる場合、そもそも共同正犯が成立するのか。
ア この点について、構成要件的に重なり合う範囲については犯罪の共同が認められるため、その限度で共同正犯の成立が認められるというべきである。よって、傷害致死罪の限度で共同正犯が成立する。
イ ここで、XとYはAを暴行するという共謀が成立しているが、YはBを暴行しているため、Xの依頼と異なる結果が生じている。そのため、Xには故意が阻却されるのではないか。
この点について、前述の通り、構成要件の範囲内で主観と客観が一致していれば故意責任を問い得る。本件においては、Xの主観と正犯者であるYが実行した結果はともに「人」という構成要件の範囲内で一致しているので、Xには故意が認められる。
ウ 以上より、XにはYとの間でBに対する傷害致死罪の共同正犯が成立する。
なお、Bに対する窃盗罪及びC銀行に対する窃盗罪については、上記同様、共謀の射程が問題となるが、これについては犯罪態様が異なるなどの理由から共謀の射程は及ばない。
第3 Zの罪責
Zは前述の通り、X及びYとの間でAに対する傷害致死罪の共同正犯の罪責を負う。
第4 罪数
Yには①Bに対する殺人罪(傷害致死罪の限度でXと共同正犯成立)、②Bに対する窃盗罪、③Cに対する窃盗未遂罪、④Aに対する傷害致死罪(X・Zと共同正犯成立)が成立し、これらは併合罪(54条1項)となる。
Xには①Yとの間でBに対する傷害致死罪の共同正犯、④Y・Zとの間でAに対する傷害致死罪の共同正犯が成立し、両者は併合罪となる。
Zには④X・Yとの間でAに対する傷害致死罪の共同正犯が成立する。
以上