10/23/2023
The Law School Times【ロー入試参考答案】
九州大学法科大学院2022年 刑法
設問一
1. 小問1
住居権説とは、住居侵入罪(刑法130条前段)の保護法益を、住居に誰を立ち入らせ誰の滞留を許すかを決める自由と解する説である。この説によると、同条の「侵入」とは、住居権者の意思に反する立ち入りを意味することになる。なぜなら、住居権者の意思に反した立ち入りは、住居に誰を立ち入らせ誰の滞留を許すかを決める自由を侵害しているからである。
2. 小問2
権限濫用説は、本人によって与えられた法律上の処分権限の濫用によって財産を侵害する点に背任罪の本質があるとする考え方である。この説によると、行為主体である「他人のためにその事務を処理する者」(刑法247条)とは、法的代理権を与えられた者に限られることになる。また、代理は本人に代わって法律行為を行う制度であるから、背信行為は法律行為に限られる。
設問二
1. 甲の罪責
甲は、「袋叩きにするぞ」と凄み、乙の「身体…に対し害を加える旨を告知して脅迫し」(刑法223条1項)、乙(「人」)に土下座(「義務のないこと」)を「行わせ」ようとしている。よって、強要罪の実行の着手が認められる。そして、乙は土下座をすることなく去っているので、強要罪の未遂(同条3項)が成立する。
2. 乙の罪責
⑴ 乙は、果物ナイフの刃先を甲に向けながら「近づくと刺すぞ」と告げている。かかる行為は傷害の危険を有する有形力の行使といえるため「暴行」にあたる。
⑵ では、乙の行為は正当防衛(36条1項)とならないか。
ア 「急迫不正の侵害」とは、法益侵害が現に存在するか、または間近に迫った状況をいう。上記のように甲は乙の「身体」に対する「脅迫」を加えているため、身体という法益を侵害されることが間近に迫っていたといえる。よって、急迫不正の侵害が認められる。
イ 「防衛するため」とは、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態をいう。乙は上記侵害に接し、この場から退避しようと考えていたから、侵害を避けようとする単純な心理状態にあったといえ、「防衛の意思」も認められる。
ウ もっとも、甲は単に口頭で乙に対し脅迫しているにすぎず、果物ナイフを用いた乙の行為は「やむを得ずにした行為」といえないのではないか。
(ア) 「やむを得ずにした行為」とは、防衛行為が必要最小限であること、すなわち行為としての相当性が認められる行為をいう。行為としての相当性は、防衛効果を期待できるより侵害の小さい他の手段の有無や、上記手段を現場で選択することの困難さから判断する。
(イ) たしかに、甲は素手であるのに対し、乙は武器を持っている。そのため、武器の点からは乙が有利であるとも思える。しかし、甲は屈強な体格をしており、乙は甲に圧倒されている。そのため、素手で甲に対抗することは困難である。加えて、甲が逆上している点を踏まえると、通報して警察の援助を待つ時間的余裕もない。そのため、他の手段では十分な防衛効果は期待できない。そのため、果物ナイフで脅しながら後ずさりするという行為は、行為としての相当性が認められ、防衛のために必要最小限の行為といえる。
(ウ) よって、「やむを得ずにした行為」に当たる。
⑶ 以上より、正当防衛が認められ、違法性が阻却される。
⑷ したがって、乙は何ら罪責を負わない。
以上