10/2/2023
The Law School Times【ロー入試参考答案】
一橋大学法科大学院2022年 憲法
小問1
1. 本件被告人の行為(以下、「本件ビラ配布」という)は、以下に述べるように憲法(以下、省略)21条1項に保障される表現行為として行われたものであり、刑法130条前段の罪の構成要件に該当しない。
2. 「表現」とは、思想、意見、情報を外部に発表し他者に伝達する行為である。「表現の自由」は21条1項により保障される。本件ビラ配布は、本件ビラ記載のC党の政治的意見や活動内容を外部に発表するための手段として行われているので、「表現」行為にあたる。したがって、本件ビラを配布する自由は、21条1項により保障される。
よって、被告人が本件ビラ配布を理由として刑法130条前段より処罰されるとなると、本件ビラ配布が事実上できなくなる。そのため、本件ビラを配布する自由を制約しているといえる。これは上記自由に対する制約であるというべきである。
3. 表現の自由の価値は、個人が言論活動を通じて自己の人格を発展させるという自己実現の価値と、言論活動により国民が政治的意思決定に関与するという民主制に資するという自己統治の価値がある。本件ビラは政党であるC党が発刊している「区議団だより」等であり、国民一人一人の政治的意思決定にも関わる発行物である。そのため、上記のような表現の自由の保障根拠からすれば、政治的意思決定に関わる言論は、我が国の民主的過程を確保するのに不可欠なものであり、その重要性は他の表現活動と比べても高い。
加えて、本件ビラは政府を厳しく批判するC党のビラである。すなわち、政府がC党のビラという自己に都合の悪い思想・意見の流通を阻害する意図を持っていたといえる。したがって、表現内容規制のように、政府が自己に都合の悪い表現を抑圧し思想の自由市場をゆがめる危険がある。
4. よって、刑法130条前段により処罰する範囲は、入居者等に危害を加える恐れがある場合に限定するべきである。すなわち、客観的な事実に照らして、人の生命・身体・財産が侵害される明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されない限り、刑法130条前段で処罰することは違憲と解するべきである。
本件被告人は、本件マンションにおいて管理人が不在の土曜日の午後2時に、最上階である7階から各住民の住居のドアポストに本件ビラを配布している。確かに、本件マンションは、チラシ等の投函を禁ずる旨及びマンションの敷地内に立ち入る際には、「入退館記録簿」に記帳することを求める旨の張り紙がされている。このことから、本件ビラ配布は、その客観面は本件マンションの管理人の管理権を害するように思われる。しかし、本件ビラ配布は、これによって本件マンションの住民や管理人の住居や管理の平穏を害しているものとはいえない。よって、人の生命・身体・財産が侵害される明らかな差し迫った危険があるとは言えない。
5. 以上より、本件ビラ配布をもって刑法130条前段の罪で本件被告人を処罰することは21条1項に反し、違憲である。
小問2
1.
⑴ 政府は表現内容に関わりなく本件マンションに立ち入ってビラを投函することが禁止されているため、本件の逮捕はC党という政治団体の表現内容に着目していないという反論
この反論は、妥当である。
たしかに、C党の表現内容は、政府にとって都合の悪い言論である。しかし、本件管理組合の理事会は、A区の広報以外のビラ等を集合ポストに投函することを禁じていた。そのため、管理組合は表現内容にかかわらずビラの配布を一律に禁止している。そのため、特定の表現に着目した規制ではないため、政府が自己に都合の悪い表現を規制しているという疑いも小さい。よって、政府の恣意的な判断により思想の自由市場をゆがめる危険は小さい。
⑵ 本件マンションの廊下は私的領域であるため、管理権者の意思を尊重するべきであるとの反論について
この反論は、妥当である。
本件マンションの住宅部分の出入り口は、管理員が常駐し住人以外の者の入退館を記録している。そのため、住宅部分の廊下は通常は住人以外の者は入ることはできない空間である。そのため、表現行為のために使用されることが予定されていない場所であるため、立ち入りの可否については、管理権者の意思を尊重するべきである。
⑶ 上記の点を鑑みると、たとえビラの配布に自己実現、自己統治の価値があったとしても、刑法130条前段により処罰する範囲は限定するべきではない。そのため、管理権者の意思に反する立ち入りであれば、「侵入」(刑法130条前段)に当たると解するべきである。
2. よって、結論は以下の通りである。被告人は、本件マンションに立ち入ってチラシ・パンフレットを投函することを禁止する旨の張り紙があったにもかかわらず、本件マンションに立ち入り、本件ビラを配布していた。そのため、被告人は、本件マンションの管理者である本件管理組合の意思に反し敷地内に立ち入ったといえるから、「侵入」したといえる。したがって、刑法130条前段により処罰することは、憲法21条1項に反しない。
以上