7/22/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
神戸大学大学法科大学院2024年 刑法
設問1
1. Aが包丁を甲に向かって構え、「近づいたら刺すぞ」と述べた行為に正当防衛(刑法(以下略)36条1項)が成立するか。
2. 「急迫不正の侵害」とは、法益侵害が現に存在するか、又はその危険が間近に差し迫っていることをいう。本件では、Aにとって見知らぬ甲がA宅に入ってきており、Aは甲から両手で突き飛ばされていることから、法益侵害が現に存在しているといえる。したがって、「急迫不正の侵害」が認められる。
3. 「防衛するため」とは、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状況をいう。Aは上記急迫不正の侵害を認識して、甲からの侵害行為を避けるために台所に逃げ込み、Aは上記行為に及んでいる。よって、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状況であったといえるから、「防衛するため」といえる。
4. 「やむを得ずにした行為」とは、防衛行為の必要最小限度性、つまり必要性及び防衛行為の相当性をいう。Aは甲から突き飛ばされており、この後も何らかの有形力の行使を受ける恐れがあったことから、包丁で脅すことによって甲の暴行を抑止する必要性が認められる。そして、たしかにAは包丁という鋭利な刃物を用いているものの、「近づいたら刺すぞ」とあくまで脅すにとどまっている。甲が45歳という壮年であり、身長180cm、体重70kgと大柄であるのに対しAは慎重160cm、体重60kgと二回りも小さい体格である。こうした体格差も踏まえると、防衛行為の相当性も認められるから、「やむを得ずした行為」である。
5. よって、上記行為に正当防衛が成立する。
設問2
1. 甲がAを包丁で刺した行為に、殺人未遂罪(203条、199条)が成立するか。
2. 上記行為はAの身体の枢要部である腹部に包丁を突き刺したものであり、人が死ぬ現実的危険性のある行為といえる。よって、殺人罪の実行行為の着手が認められる。Aは結果死亡していないが、甲はAが死んでもやむを得ないという未必の故意をもって上記行為に及んでいるから、殺人の故意が認められる。
3. Aは治療の結果、助かっており死亡していない。
4. しかし、本件では、甲はAから包丁を突き付けられており、刺されてケガをしては嫌だと思い、上記行為をしている。よって、違法性が阻却されないか。
⑴ Aの行為は正当防衛行為であり、「不正」ではないから、甲の行為に正当防衛は成立しない。
⑵ そうだとしても、甲の上記行為に緊急避難(37条1項)が成立するか。
ア 「現在の危難」とは、法益侵害が現に存在し、又はその危険が間近に差し迫っていることをいう。本件では、Aに包丁を突き付けられているから、甲の生命、身体に対する侵害の危険が間近に差し迫っている。したがって、「現在の危難」がある。
イ 「避けるため」とは、現在の危険を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態をいう。甲は刺されてケガをしては嫌だと思い、上記行為に及んでいるものの、同時に犯行がうまくいかないのは困るとも思っていた。甲は、不倫相手の乙との間で、乙が睡眠薬でAを眠らせた上で、甲がA宅に火を放ち殺害し、あわせて火災保険金を得る計画(以下「本件計画」という。)を立てていた。このことからすれば、甲の上記行為はかかる計画を完遂させる手段としてAの抵抗を完全に排除するために行った側面が強いから、上記心理状態があるとは評価できない。そうすると、「避けるため」とはいえない。
ウ したがって、甲の上記行為に緊急避難が成立しない。
5. よって、甲の上記行為に殺人未遂罪が成立し、甲はかかる罪責を負う。
設問3
1. 甲が乙との間で本件計画を立て、その計画を実行した一連の行為に、詐欺未遂罪(250条、246条1項)が成立するか。
2. 「欺」く行為とは、交付の判断の基礎となる重要な事実を偽る行為をいうところ、上記行為は詐欺罪の実行の着手たり得るか。実行行為とは、構成要件的結果発生の現実的危険性のある行為をいうので、かかる危険性が惹起された時点が、実行の着手たり得ると解する。
たしかに保険金を詐取する計画を立てている。しかし、保険会社に保険金の請求を行っていないため、構成要件的結果が発生する現実的危険性が生じているとは言えない。
3. したがって、実行の着手たり得ないから、詐欺未遂罪は成立しない。上記行為に詐欺未遂罪は成立しない。
設問4
1. 甲が問題文5で現金を持ち出した行為に、強盗罪(236条1項)が成立するか。
⑴ 本件では、甲がAを包丁で刺し、Aの犯行抑圧状態を作出した後に、甲は財物奪取の意思が生じている。この場合、同罪の「暴行」に当たるか。
ア 同罪は暴行を手段として財物を奪取する犯罪であるから、「暴行」は財物奪取に向けられている必要がある。そのため、暴行後に財物奪取意思が生じた場合には、新たな暴行がない限り、「暴行」には当たらないと解する。
イ 本件では、Aを気絶させて、反抗抑圧状態を作出した後に、何らの新たな暴行をしていない。
ウ したがって、「暴行」には当たらない。よって、上記行為に強盗罪は成立しない。
2. もっとも、窃盗罪(235条)が成立しないか。
⑴ 甲が持ち出した現金は、AがA宅内で占有し、所有していたものであるから、「他人の財物」に当たる。
⑵ 「窃取」とは、占有者の意思に反してその占有を自己の支配下に移転させる行為をいう。
本件で甲が持ち出した現金は、A宅内にあったものであり、Aの支配が及んでいたものである。甲がそれを持ち出した時点で、現金の占有はAから甲に移転したといえる。したがって、「窃取」に当たる。
⑶ 甲は構成要件該当事実について認識認容をしており、故意があるが、上記行為は強盗に偽装するために行ったものであるから、不法領得の意思がないのではないか。
ア 一時窃盗や毀棄罪との区別をするために、窃盗罪には不法領得の意思が必要であるがその内容は、権利者を排除して、他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従い利用・処分する意思であると解する。
イ 本件では、強盗に偽装する、つまり自己の犯行を隠蔽するために現金を持ち出している。そのため、利用処分意思は認められない。
ウ したがって、不法領得の意思は認められない。
3. もっとも、Aの所有する現金という「他人の物」を持ち出すことによって効用を喪失させているから、「損壊」したといえる。よって、器物損壊罪が成立する。
設問5
1. 設問2における殺人未遂罪と設問4における窃盗罪について、乙にかかる犯罪の共同正犯(60条)が成立するか。
⑴ 共同正犯の処罰根拠は因果異性を他の共犯者に及ぼして法益侵害の危険性を高める点にある。そこで、①正犯意思を前提とした共謀と、②共謀に基づく実行行為があれば、「共同して実行した」といえると解する。
ア ①について
本件では、乙は、甲と本件計画を立てていることから意思連絡がある。そして、本件計画において、乙は睡眠薬でAを眠らせる役を担っており、乙は火災保険金を得ようとしていることから、自己の犯罪とする意思である正犯意思がある。
したがって、正犯意思を前提とした共謀がある。
イ ②について
本件計画は、Aを殺害して、A宅を放火して、火災保険金詐欺を行うというものである。本件では、Aを眠らせることに失敗して、甲はAを包丁で殺害しようとし、気絶させた。犯行態様は違うが、Aを気絶させるという点では、本件計画通りである。そうすると、甲がAを包丁で突き刺す行為は共謀に基づく実行行為といえる。
他方、甲が現金を盗んだ行為については、当初の共謀では計画されていなかった。加えて、保険金の詐取と器物損壊は犯行態様や被害者が異なるため、共謀に基づく実行行為とは言えない。
⑶ したがって、殺人未遂罪の共同正犯のみ成立し得る。
2. 当初は甲がA宅に火を放ってAを殺害する計画であった。一方、実際には、甲はAを包丁で突き刺して殺害している。このように認識した因果経過と実際の因果経過が異なる場合、故意は阻却されないか。
認識した因果経過と実現した因果経過が同一構成要件の範囲で符合する限り、規範に直面していたといえるため、故意は阻却されない。
3. よって、乙に殺人未遂罪の共同正犯、が成立する。
以上