2/4/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
同志社大学法科大学院2024年 刑法
第1 Xの罪責
1. Yに嘘を言って飲食代を免れた行為
⑴ Xが飲食代の支払いを免れようとYに嘘を言ってYの店から立ち去った行為は、2項詐欺罪(刑法(以下略)246条2項)が成立しないか。
⑵ 2項詐欺罪の成立要件は、①欺罔行為、②錯誤、③処分行為、④①ないし③の間の因果関係である。本件では、Yは、Xが近くの駅に知人を迎えに行くことを許可しただけであり、支払の免脱や猶予そのものを承諾したわけではない。そこで、YがXに店からの退出を許可したのは処分行為とはいえないのではないかどうかが問題となる。
ア 処分行為が2項詐欺罪の成立要件として要求されるが、そこには主観的処分行為すなわち処分意思が含まれる。処分意思があるといえるためには、少なくとも財産上の利益の移転を基礎付ける外形的事実を被害者が認識している必要があるが、被害者がその移転する利益の内容・価値を正確に認識している必要はない。
イ 本件では、Xが店を出て駅まで行けば事実上支払を免れる状態となるのであり、そのような状態となることをYが承諾している以上、処分行為があったといえる。また、欺罔行為は処分行為に向けられている必要があるが、Xの行為は上記処分行為に向けられた欺罔行為に当たる。そして、Xが店から逃走して支払を免れたことにより財産上の利益を取得したと考えれば、2項詐欺罪が成立することになる。
⑶ よって、Xには2項詐欺罪が成立する。
2. XがAの顔面に布団を覆うなどして圧迫し、Aを死亡させた行為
⑴ XがYを痛めつける意思でAの顔面に布団を覆うなどして圧迫し、Aを死亡させた行為は、傷害致死罪(205条)が成立しないか。
⑵ XはAの顔面を布団で覆うなどしてAの「身体を傷害」したといえる。しかし、Xの圧迫行為は通常であれば人を死亡させるような強度のものではなく、Aの心臓疾患と相まって急性心不全を引き起こし、Aは死亡している。そのため、「よって死亡させた」といえるか、すなわち、Xの圧迫行為とAの死亡の間に因果関係が認められるかが問題となる。
ア 因果関係は実行行為の危険性が結果へと現実化したか否かで判断するところ、結果を直接生じさせたのが介在事象である場合、それにもかかわらず危険の現実化を認めるためには、実行行為にそのような事情を介して結果を生じる間接的な危険が含まれていたことが必要である。
イ 本件では、XだけでなくA自身もAの心臓疾患を認識しておらず、一般人もAの心臓疾患を認識できなかったため、予見不可能であった。しかし、Aの心臓疾患はXの実行行為の時点で存在しており、そのように客観的に心臓疾患がある者に圧迫行為を行うことには、心臓疾患と圧迫行為が相まって死亡結果を生じさせる危険が含まれていたといえる。そのためXの圧迫行為とAの死亡の間に因果関係が認められる。
⑶ もっとも、XはAをYと誤信しているため、客観的錯誤が生じており、Aに対する傷害致死罪の故意(38条1項本文)が認められないのではないか。
ア 故意責任の本質は犯罪事実の認識によって反対動機が形成できるのに、あえて犯罪に及んだことに対する道義的非難である。そして、犯罪事実は、刑法上構成要件として類型化されており、かつ、各構成要件の文言上、具体的な法益主体の認識までは要求されていないと解されるから、認識した内容と発生した事実がおよそ構成要件の範囲内で符合していれば犯罪事実の認識があったと考えられ、故意が認められると考える。
イ 本件では、XはYという「人」を殺害するつもりで、Aという「人」を殺害しているにすぎないから、同一構成要件内で主観と客観が一致している。
ウ したがって、Xの故意は阻却されず、認められる。
⑷ 以上より、XにはAに対する傷害致死罪が成立する。
3. XがAを包丁で刺した行為
⑴ Xはすでに死亡したAをまだ生きていると誤信し、Aを殺害しようと包丁でAの腹部を突き刺したが、Xには殺人未遂罪(199条、203条)が成立しないか。
⑵ もっとも、Xの行為の時点ではすでにAは死亡していたことから、Xの突き刺した行為によってAが死亡することは現実的に不可能である。そのため不能犯として殺人未遂罪の成立が否定されないか。
ア 「実行」の「着手」(43条本文)は構成要件該当性の問題であり、構成要件は違法有責行為類型である。また、未遂犯の処罰根拠は既遂結果発生の現実的危険性の惹起にあるから、不能犯となるかは、一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎として、一般人を基準として結果発生の具体的危険性の有無で決する。
イ 本件において、Xは特にAが死亡していたことは認識していなかった。また、死亡を惹起したAの心臓疾患をXは認識しておらず、一般人もAの心臓疾患を認識できなかったため、予見不可能であった。そして、Xの行為はAが死亡した1分後に行われており、行為の時点でAは単に失神したように見える状態であったため、一般人もAが死亡していたことは認識し得たとはいえない。このことを鑑みると、Aがすでに死亡していたという事情は結果発生の具体的危険性を判断する際に基礎とすることができない。
ウ よって、不能犯は成立しない。
⑶そして、「実行」の「着手」が認められれば、結果発生していない場合には未遂犯が成立するところ、「実行」の「着手」は、構成要件該当行為に密接し、法益侵害ないし構成要件の実現に至る現実的危険性が認められる行為が行われた時点で認められる。
本件において、XのAの腹部を包丁で突き刺す行為は殺人罪の構成要件該当行為に密接し、法益侵害ないし構成要件の実現に至る現実的危険性が認められる行為といえ、実行の着手が認められる。
⑷ 以上より、XにはAに対する殺人未遂罪が成立する。
第2 Yの罪責
1. YはXを「痛い目に遭いたいのか」などと脅して現金5万円を交付させているため、かかる行為について恐喝罪(249条1項)が成立するとも思える。
しかし、Xは弁済すべき債務の履行にすぎないから、Xに財産上の損害がないとも思われる。恐喝罪は財産犯であるから、財産上の損害が認められなければ、成立しない。恐喝罪における損害の発生についていかに解すべきか。
2. 249条1項が畏怖させて財物を交付させる行為自体を処罰していることに鑑みれば恐喝罪は個別財産に対する罪であり、財物の交付自体が損害といえる。したがって、恐喝行為がなければ交付しなかったであろうといえる場合には、たとえ債権額の範囲内であっても、恐喝罪が成立しうると解する。
よって、本件において5万円は債権額の範囲内であるが、畏怖させて交付させていることから、Yの行為は恐喝罪の構成要件該当性を満たす。
3. ただし、権利の範囲内であり、その方法が権利行使の方法として社会通念上許される態様のものであれば、例外的に違法性が阻却されると解するのが相当である。
本件において、①Yが何度もXに支払いを求めたが、Xがなかなか飲食代を支払おうとしなかったこと、②Xが飲食後、飲食代の支払を免れてから20日ほど経過していること、③代金が5万円であること、④Yが交付を求めたのも5万円であり、権利の範囲内であることを考慮すると、Xは畏怖しなければYに即座に返済しなかったであろうと考えられる。
しかし、Yが反社会的勢力の関与を示唆しつつ、身体に危害を加える内容の害悪の告知をする行為は、上記のようなXの態度を考慮したとしても、社会通念上許される態様とはいえず、違法性は阻却されない。
4. よって、Yには恐喝罪が成立する。
第3 罪数
Xには、①Yに対する詐欺罪(246条2項)、②Aに対する傷害致死罪(205条)、③Aに対する殺人未遂罪(199条、203条)が成立するが、②と③は保護法益及び被害者が同一であること、時間的・場所的にかなり近接していることから包括一罪とし、①と併合罪となる。そして、Yには恐喝罪(249条1項)が成立する。
以上