7/22/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
神戸大学大学法科大学院2022年 民法
第1問
1. 本件契約の内容
本件契約は、本件蟹缶詰の給付を目的とする代物弁済契約(482条)である。本件契約の目的物である1000箱の本件蟹缶詰は、Yが本件契約の締結時点で倉庫に保管していたものに限定された制限種類物であるが、その品質は最高品質のものであることが契約の内容になっている。
2. Xの二つの主張の相互関係
Xの主張は、契約不適合責任(562条以下)と錯誤取消し(95条)を根拠とするものである。
このうち後者について、前述のように本件蟹缶詰の品質が本件契約の内容になっている以上、最高品質の本件蟹缶詰の引渡債権が発生したものと認められるため、「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」(同条1項1号)は認められない。そのため、Xの主張は、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」(同項2号)を内容とするものであると考えられる。具体的には、Xは、本件蟹缶詰が最高品質のものであると認識していたところ、実際には、Yが引き渡した1000箱の本件蟹缶詰はすべて粗悪品であった点に錯誤が認められる。
このような目的物の品質に関する基礎事情の錯誤は、当該目的物の品質に関する契約不適合責任と適用対象を共通させるため、その相互関係が問題となる。
この点、現行民法は、562条以下において物の契約不適合について詳細な規定が設けており、とりわけ、売主の追完利益が保障され(追完請求権の優先)、566条において短期期間制限が定められていることから、契約不適合責任による処理が錯誤取消しに優先するものと解する。
3. 契約不適合責任の成否
前述のように、本件契約に基づき、最高品質の本件蟹缶詰を目的物とする引渡債権が発生しているところ、Yから「引き渡された目的物」である1000箱の本件蟹缶詰はすべて粗悪品であり、これは、目的物が「品質…関して契約の内容に適合しないものである」といえる(562条1項参照)。
もっとも、品質に関する契約不適合責任は、「買主がその不適合を知ったときから1年以内に通知しないとき」には、時効により消滅する(566条本文)。
これを本件についてみると、引渡しを受けた2020年2月16日時点で、直ちにXは粗悪品であることを知ったが、「缶詰なので品質は簡単にはわからないだろう。いずれ他に高額で転売できるはず。」と考え、特にYを問い質すことはしなかった。にもかかわらず、2021年2月に入り、XはYに対し、受け取った本件蟹缶詰の品質が契約内容に適合しないことを理由に本件契約の解除、および、損害賠償を主張したものであるため、仮にかかる主張が2月17日以降になされた場合は「買主がその不適合を知ったときから1年以内に通知しないとき」にあたる。したがって、2月17日以降、Yの契約不適合責任は、時効により消滅する。
よって、Xの主張は2月17日以降になされた場合には認められない。
第2問
質問1
1. Bに対する請求
Aは、Bに対し、AB間の甲に関する賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権を根拠として、乙の撤去を請求することが考えられる。
「損傷」(621条本文)とは契約締結時の状態からの逸脱をいうものと解されるところ、乙は、Bが開業時に運び入れたものであるため、その撤去につき原状回復義務を負う。もっとも、Bは、既にCに対して乙を売却していることから(555条、176条)、乙の処分権限を有しない。そうすると、Bは、原状回復義務を履行することが「不能」(412条の2第1項)であると認められる。
よって、Aの請求は、認められない。
2. Cに対する請求
Aは、Cに対し、甲の所有権(206条)に基づく妨害排除請求権を根拠として、乙の撤去を請求することが考えられる。
Aは甲を所有しており、Cは、前述のように乙の所有権を取得していることから、乙を所有することで甲の用益を妨害しているものと認められる。
よって、Aの請求は認められる。
質問2
1. Aに対する請求
Dは、Aに対し、債務不履行に基づく損害賠償請求権(415条1項本文)を根拠として、Dのクリニック開業が2ヶ月遅れとなったことによる「損害」の賠償を請求することが考えられる。
AD間では甲の賃貸借契約が締結されているため、Aは、同契約に基づいて甲の引渡義務を負う。甲の下見の際、DはAに対して、乙は撤去してもらえるのかと尋ねたところ、Aは賃貸借契約が始まるまでには撤去される予定であると答えていることから、上記の引渡義務の目的物は、乙が撤去された状態の甲である。しかしながら結局、乙が甲から撤去されない状態で、Dに甲が引き渡されたことから、Aは「債務の本旨に従った履行をしな」かったものと認められる。当該債務不履行と上記「損害」との間の因果関係も認められる。
債務不履行が「債務者の責めに帰することができない事由によるものであるとき」には免責されるところ(415条1項ただし書)、現行民法では帰責事由の有無「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断することとされていることから、過失と同視できない。本問においても、乙が撤去されていないのはCの撤去の遅滞によるものであるが、上記契約の締結時からC所有の乙は残置されていたものであり、そのような状況のもとで、Aは上記契約を締結したものであることから、上記債務不履行は、Cによる遅滞にかかわらず、Aの「責めに帰することができない事由によるもの」とは認められない。従って、Aは、損害賠償義務を免責されない。
よって、Aの請求は認められる。
2. Cに対する請求
Dは、Cに対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を根拠として、Dのクリニック開業が2ヶ月遅れとなったことによる「損害」の賠償を請求することが考えられる。
Cが乙の撤去作業を開始しなかったことが、Cの「故意又は過失」による場合には、これによりDの甲に対する使用収益権を侵害したものということができる。この権利侵害と上記「損害」との間には因果関係が認められる。
よって、かかる場合には、Dの請求認められる。なお、Cの「故意又は過失」が認められない場合には、Dは、不当利得返還請求権(703条)に基づく請求を行うことが考えられる。この場合には、Cの受益の範囲、すなわち甲に対する乙の占有部分にかかる甲の賃料相当額の範囲内でのみ、Dの請求が認められる。
以上