7/30/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
明治大学法科大学院2022年 刑法
第1 甲の罪責
1. 甲が睡眠薬をVのコップに入れて飲ませた行為に、昏睡強盗未遂罪(243条、239条)が成立しないか。
⑴ 「実行」の「着手」(43条本文)は、構成要件的結果発生の現実的危険が生じた時点で認められる。
本件では、甲が睡眠薬をVのコップに入れて飲ませた時点で、甲が昏睡する現実的危険が生じたといえるから、昏睡強盗罪の「実行」の「着手」が認められる。
⑵ もっとも、Vはなかなか眠らず、昏睡結果「を遂げなかった」。
⑶ 甲はVに睡眠薬を飲ませて同人を眠らせ、現金を奪おうとしているから、昏睡強盗罪の客観的構成要件該当事実を認識・認容しており、同罪の故意(38条1項本文)が認められる。
⑷ 以上より、上記行為に昏睡強盗未遂罪が成立し、後述の通り乙との間で共同正犯となる。
2. 甲がVの顔面を右手拳で殴った行為に、強盗致傷罪(240条前段)が成立しないか。
⑴ まず、甲は「強盗」にあたるか。
ア 「暴行」(236条1項参照)とは、相手方の反抗を抑圧する程度のものであることを要する。かかる程度に至っているか否かは、社会通念に照らして客観的に判断すべきである。
本件では、甲はVの顔面という身体の枢要部を右手拳で殴り、Vに対し強度の有形力を行使している。また、甲は28歳の男性であり、40歳の女性であるVに比して、体力・力量の面で優っていると考えられる。さらに、上記行為はスナックという密室で行われており、Vが第三者に助けを求めることが困難な状況であった。
よって、上記行為はVの反抗を抑圧する程度のものであり「暴行」にあたる。
イ そして、甲は、上記暴行によりVを気絶させ、棚の引き出しを開けて丙と共に現金30万円という「財物」を持ち去り「強取」した。
ウ したがって、甲は「強盗」(240条)にあたる。
⑵ 甲は上記行為により、Vに加療2週間を要する頭部外傷を負わせ、その生理的機能を毀損させたから、「人を負傷させた」といえる。
⑶ 甲は上記行為により現金を手に入れようとしていたから、強盗罪の客観的構成要件該当事実を認識・認容しており、同罪の故意が認められる。
⑷ 以上より、上記行為に強盗致傷罪が成立し、後述の通り丙との間で強盗罪の限度で共同正犯となる。
第2 乙の罪責
1. 甲の上記行為につき、乙に強盗致傷罪の共同正犯(240条前段、60条)が成立しないか。
⑴ 共同正犯の本質は、結果に対して心理的因果性を与えて自己の犯罪を実現する点にあるから、共同正犯の成立には、①共謀(意思連絡及び正犯意思)と②共謀に基づく実行行為が必要である。
⑵ 本件で、甲乙間にはVに対する昏睡強盗罪の意思連絡がある。そして、乙は甲と同棲しており、現金を手に入れようとしている甲と強盗罪を共同し得る関係にあっただけでなく、乙も不景気のためアルバイト先を解雇されてしまい、Vに対する強盗に及ぶ動機があったから、正犯意思が認められる。したがって、乙には甲との①共謀が認められる。
⑶ もっとも、甲はVに睡眠薬を飲ませるにとどまらず、暴行に及んでおり、強盗致傷罪につき②共謀に基づく実行行為が認められないのではないか。
ア この点、共犯の処罰根拠は、自己の行為が結果に対して因果性を与えた点に求められるから、②共謀に基づく実行行為が認められるには、構成要件的結果に因果性が及んでいることが必要である。
イ 本件では、甲乙間では、睡眠薬をママに飲ませて眠っている間に現金を持ち去ることが共謀されていたから、昏睡強盗未遂罪の②共謀に基づく実行行為は認められる。しかし、その際に絶対に他人を傷つけないことが共謀内容になっていたにもかかわらず、甲はVの顔面を右手拳で殴るという暴行に及び、Vに傷害を負わせているから、当初の共謀内容と実際の犯行内容が異なっている。
ウ よって、強盗致傷罪につき②共謀に基づく実行行為は認められない。
2. 以上より、乙には甲との間で昏睡強盗未遂罪の共同正犯が成立するにとどまる。
第3 丙の罪責
1. 甲の上記行為につき、丙に強盗致傷罪の共同正犯が成立しないか。
⑴ 甲と丙との間には、Vから現金を奪うという強盗罪の意思連絡がある。また、丙は自分も現金が欲しいという動機の下、丙は棚の引き出しを開けて現金を取り出すという財物奪取行為に加担しているから、犯行に重要な役割を果たしており、正犯意思が認められる。したがって、丙には乙との①共謀が認められる。
⑵ もっとも、Vに対する暴行に加担していない丙に、強盗致傷罪の②共謀に基づく実行行為は認められないのではないか。承継的共同正犯の成否が問題となる。
後行行為者が、構成要件的結果に対して因果性を及ぼした場合には、②共謀に基づく実行行為があったとして、承継的共同正犯の成立を認めることができる。
本件では、甲の暴行の後に現金の奪取に加担した丙は、甲の暴行によるVの反抗抑圧状態を利用して現金を奪取し、強取結果に因果性を及ぼしたといえるから、②共謀に基づく実行行為は認められる。
一方、共謀加担前の傷害結果は丙が関与した時点で発生している以上、丙が傷害結果に共謀及びこれに基づく暴行の因果性を及ぼすことはできず、②共謀に基づく実行行為が認められない。
したがって、甲の上記行為につき、丙には強盗罪の限度で②共謀に基づく実行行為が認められる。
⑶ では、致傷結果につき承継的共同正犯が成立しないとしても、207条が適用されるとして丙は強盗致傷罪の共同正犯の罪責を負わないか。
ア この点、同条は、共犯類似事案における傷害原因たる暴行の特定困難に対処する特例であるから、承継的共同正犯が成立しないとしても207条は適用され得る。
イ もっとも、強盗致傷罪については、「傷害した場合」という文言と整合しないし、同条は犯罪事実の立証責任を転換する例外的規定であることからすれば、傷害罪以外の犯罪に207条を適当すべきではない。
そこで、207条は強盗致傷罪には適用されない。
2. 以上より、丙には甲との間で強盗罪の限度で共同正犯が成立する。
以上