2/29/2024
The Law School Times【ロー入試参考答案】
一橋大学法科大学院2022年 憲法
第1(小問1)
1. Xの小説が掲載された項をすべて切除したうえでA文芸の配布を行う旨の職務命令(以下、「本件職務命令」という)は、Xの小説を発表する自由(以下、「本件自由」とする)を制約しており憲法(以下、略)21条1項に反し違憲である。
⑴ まず、「表現の自由」は、表現を国家から妨害されないという意味での自由権であり、集会のために特定の施設を利用することを国家側に請求する権利ではないから、教師であるXには、もともと文芸部の部活動の成果発表の場として校費により刊行されてきた文芸誌であるA文芸に小説を掲載することを求める権利はなく、本件自由は憲法上保障されないとも思える。
しかし、これまでも、部員数が少ない年には、顧問の教員の作品が掲載されることは何度もあったし、A文芸の刊行が不許可となったことは一度もなかった以上、教員の作品がAを利用することができるのが原則であるから、本件自由は、A文芸に小説を掲載してその表現を国家から妨害されない自由として「表現の自由」にあたり得る。
そして、「表現の自由」(21条1項)とは、思想・意見等を表明する自由をいう。そして、小説の発表は、自らの意見や思想を物語として表明するものであるから、小説の発表の自由は、「表現の自由」として憲法上保障される。
⑵ 本件職務命令は、XにA文芸からXの小説を切除することを求めるものであるところ、Xの小説は、A高の教育方針の批判や生徒への受験ではない生き方の提示というメッセージを含んでおり、校費で学校による出版として刊行されるA文芸をとおして生徒や父兄、卒業式の来賓などにその小説を読んでもらうことに大きな意味があるのであり、他の手段による小説発表では、Xの小説のメッセージが伝わらず小説の意義を大きく失うことになる。
そのため、A文芸からXの小説の削除を求めることは、Xの小説発表の自由を制約するものである。
⑶ そして、本件職務命令による制約は、Xの小説が学校の教育政策を批判していることを理由にするものであり、Xの小説の内容に着目した規制といえるから、特定の見解を市場から締め出すおそれが大きく、また恣意的規制となる危険も大きい。また、A文芸の発表前にXの小説の切除を求めるものであり事前抑制たる性質も備えるものである。
加えて、上記の通り、Xの小説発表は、生徒への受験以外の生き方の提示というXの教師としての教育の自由(26条1項)にも深くかかわるものであり、その重要性は大きい。
⑷ 以上より、Xの小説の切除を求める本件職務命令は、明らかに差し迫った危険が具体的に予見される場合でない限り、違憲となると考える。
これをみるに、A高は、Xの小説を切除しなければ、教師が暴走行為を肯定しているととられかねない、教師が県の教育政策を批判していると受け止められかねない、と主張している。しかし、小説は、フィクションであり小説の読者もそのことを承知しながら物語を読むものであるから、小説を読んだ者が、教師が暴走行為を容認している、教師が教育政策を批判していると受け取るおそれはほとんどない。
したがって、本件で明らかに差し迫った危険が具体的に予見されるとはいえない。
⑸ 以上より、本件職務命令は違憲である。
第2(小問2)
1. 本件職務命令は、Xの小説の自由を制約しており違憲ではないか。
⑴ Y県としては、教師であるXには、もともと文芸部の部活動の成果発表の場として、校費により刊行されてきた文芸誌であるA文芸に小説を掲載することを求める権利はなく、本件自由は、「表現の自由」として憲法上保障されないと反論することが考えられる。もっとも、部員数が少ない年には、顧問の教員の作品が掲載されることは何度もあったし、A文芸の刊行が不許可となったことは一度もなかった以上、教員の作品がAを利用することができるのが原則であるから、本件自由は、A文芸に小説を掲載してその表現を国家から妨害されない自由として「表現の自由」にあたり得る。
そして、小説発表の自由は、「表現の自由」として21条1項により憲法上保障されている。
⑵ X主張の通りXの小説はA文芸で発表することに意味があるから、A文芸からXの小説の切除を求める本件職務命令は、Xの小説発表の自由を制約しているといえる。
⑶ 次に、Y県としては、本件職務命令は、Xの上記自由を制約しているとしても、XはA文芸以外でも小説を発表することはできるから本件職務命令による制約の程度は小さく、また、A文芸は、A高校の校費で刊行されるものであるため、A文芸に掲載するかどうかの判断は、A高校校長の裁量が認められる場面であると反論することが考えられる。
この点、たしかに、XはA文芸以外による小説の発表は可能である。しかし、Xの小説は、A高の教育方針の批判や生徒への受験ではない生き方の提示というメッセージを含んでおり、校費で学校による出版として刊行されるA文芸をとおして生徒や父兄、卒業式の来賓などにその小説を読んでもらうことに大きな意味があるのであり、A文芸で小説を発表できないことのXの小説発表に自由への制約は大きいものである。
もっとも、A文芸は校費で出版されるものであり刊行についてA高校校長の裁量が認められることは否定できない。
⑷ したがって、本件職務命令は、A高校校長の裁量権の行使としての処分が、全くの事実を欠くか、社会通念上著しく妥当性を欠き裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合には、違憲となると考える。
本件では、A高校校長は、県立高校校長介護の懇親会においてXの小説についてはなしたところ、他校の校長から教師が暴走行為を肯定していると取られかねない、教育委員会関係者も参加する卒業式の場で、教師が県の教育方針を批判していると受け止められかねない冊子を配布するのはいかがなものか、等の指摘が出たことから本件職命令を発するに至っている。
しかし、上記の通り、Xの小説はA文芸で発表するのに大きな意味があるだけでなく、Xの小説発表はXの教育の自由とも大きくかかわるものであるから、XがA文芸で小説を発表することの重要性は大きい。
それに対して、小説はあくまでフィクションであり、読者もそれを承知の上で小説を読むのだから、小説内に暴走行為や県の教育方針の批判があったとしてもXがそれを肯定しているととらえられるおそれはそれほど大きくない。
したがって、本件職務命令は、教師が暴走行為を肯定している、県の教育方針を批判しているととらえられるおそれがあるという可能性の低いおそれを重視し、XのA文芸でXの小説を発表することの重要性を軽視している点で、考慮すべきでないことを考慮し、考慮すべきことを考慮していないといえる。よって、本件職務命令は、A高校校長の裁量権の逸脱濫用が認められるから違憲である。
⑸ 以上より、本件職務命令は、違憲である。
以上