
1/23/2026

「法曹人口の増加」を目的の一つとした司法制度改革が始まってから20年以上が経った。
改革が始まった当初、政府は「2010年までに司法試験の合格者数を年間3000人とする」ことを目標としていたが、日本弁護士連合会(日弁連)は「司法試験合格者数をまず1500人にまで減員し、更なる減員については法曹養成制度の成熟度や現実の法的需要、問題点の改善状況を検証しつつ対処していくべきである」という提言を発表するなど、反対意見も根強く、現在は年間1500人程度で推移している(令和7年司法試験の合格者数は1581人)。
そのような中で、「司法試験の合格者数をもっと増やすべきである」と唱える論者がいる。司法試験受験生のバイブルの1つである『民法』シリーズ(東京出版会)の著者で、約120年ぶりに行われた民法の債権分野の大規模改正において中心的な役割を務めた、内田貴 東京大学名誉教授だ。
内田氏は去年9月、『弁護士不足——日本を支える法的インフラの危機』を出版。本書の中で、現在は4割程度となっている司法試験の合格率を、7~8割まで引き上げるべきであると主張している。内田氏はなぜ、弁護士の数を増やす必要があると考えるのか。
(ライター:早稲田大学法科大学院 細川高頌/The Law School Times編集部)

(細川)改めて、なぜ弁護士の数を増やすべきであると考えるのでしょうか
(内田)端的にいうと、弁護士の質の向上につながるからです。人材の質は、それを目指す人たちの潜在的な数の大きさに依存します。例えば、サッカーの人気が高まってサッカー選手を目指す子供が増えれば、それだけ選手全体の質もあがりますよね。それと同じで、弁護士を志す人の数が増えれば、弁護士に質の高い人材が集まります。そのためには、司法試験の合格率をもっと上げて、弁護士になるまでの費用と時間の負担を軽減する必要があります。アメリカでは、そもそも法学部というものがなく、他分野の専門的知識を持った人がロースクールに進学し、そこで幅広い勉強をしたうえで、ロースクールを卒業後1~3か月ほど予備校で集中的に受験勉強をすれば、7割以上の確率で司法試験に合格します。しかし日本では、学部と法科大学院で5年以上かけて受験勉強をしても、合格率が低い。このような状況が続けば、法曹を目指す人は増えていきません。
(細川)その一方で、弁護士の数を増やすことは、弁護士の質の低下につながるという指摘もあります
(内田)確かに、受験者の質が低い中で合格者を増やすと質は低下するでしょう。しかし、法科大学院制度がスタートした当初、7万人以上が法科大学院への入学を志望しました。当時私は法科大学院で教えていましたが、大変優秀な人たちが集まりました。そのことはご紹介いただいた『弁護士不足』という本でも書いた通りです。つまり、日本には、司法試験のハードルさえ下がれば、法曹になってみたいと考える優秀な人材が相当数存在するということです。優秀な人材が集まれば、合格者を増やしても、むしろ以前より合格者の中の優秀な人の数は多くなるかもしれません。法科大学院の初期の頃の修了生たちがそれを実証しています。
そして、弁護士が増えれば、知的能力のほか、多様な専門性、語学力、交渉力、そして人権擁護の熱意等々、あらゆる面での競争がいまより激しくなるでしょう。弁護士の質の高さは、弁護士同士が切磋琢磨して競争することで生み出されると思います。
(細川)弁護士の世界でそのような競争原理が加速した結果、司法が担うべき社会的・経済的弱者の救済や社会正義の実現が困難になるのではないかという指摘もあります。
(内田)私はそのような弱い立場の方たちのために活動している弁護士と接する機会が少なくありません。そうした方々の仕事の話を聞くと「これぞ弁護士の仕事だ!」と感銘を受けます。
多くの方が社会的活動と並行して、例えば、企業法務などの案件をこなしたり、チームを組んで他のメンバーが金銭面をカバーしていたりと、様々な工夫をしながら社会的活動に力を注がれています。高い志を持っている人たちは優秀な方が多いですし、弁護士の多様性とはそのような志を持っている人たちも今まで以上に弁護士になれるということですので、競争が活発になったとしても志ある弁護士がそれで減るとは思えません。
(細川)この20年で、弁護士の数は約2.5倍に増えている一方で、平均年収は半分程度になっています。このような所得の低下が、弁護士を目指す人の減少につながっているようにも思います
(内田)今の時代、弁護士ができる仕事の幅広さを考えると、あらゆる選択肢を閉ざされて「弁護士として食べていくことができない」という人が本当にいるのか、私は疑問に思います。
「司法試験に受かって弁護士資格を得たら一生安泰だ」という幻想を持っている人がいるのかもしれませんが、それは誤りです。弁護士は、事務所に座って待っているだけで仕事がやって来るという職業ではありません。これは昔も今も同じです。
成功したベテランの弁護士の中には、「自分たちは大変な努力をしてこの地位を築いた、若い人たちにはそれが分かってない人がいる」と言う方もいます。
確かに、弁護士の数が増えれば競争が生まれ、訴訟の依頼がなかなか来ない弁護士が出てくるかもしれません。しかしそのような人は法廷弁護士の業務に固執する必要はなくて、公務員になったり企業に入ったりすればいいのです。そこにはまだまだ弁護士の需要があります。
弁護士は自分の知恵と足で仕事を見つける職業であり、たとえばビジネス法務で創造性のある仕事をしている弁護士は非常に高い収入を得ていますが、それはそれだけの努力をしているからです。自らの能力や実績をアピールして、自分で仕事をとってくる。必要なら自ら新しい領域の仕事を開拓する。これからの時代に必要なのは、そのような弁護士だと思います。
それに、そもそも弁護士の仕事のやりがいは高い収入を得ることだけではないはずで、自分の専門性と能力を活かして弁護士として活躍しみたいと思っている人は潜在的には数多くいると思います。自分の理想を実現するために弁護士となり、そこで適性を発揮できれば、収入はあとからついてきます。そのような弁護士の自由で多様な魅力を広く伝えることも必要だと思います。
(細川)弁護士の数を増やすことによって、他にどのようなメリットが考えられますか
(内田)弁護士の多様化につながることです。もともと、司法制度改革は、グローバル化や科学技術の発展等によって、社会から求められる弁護士の能力や専門性が多様化したことが理由の一つでした。そのためには、法律以外の専門性を持っている人や、社会人として豊富な経験を有する人にもっと実務法曹になってもらう必要があり、本来はそういう人たちのために「未修者」制度ができたはずです。しかし現状は、司法試験に合格するために要するコストとリスクが大きすぎて、そのような人たちが法曹界をめざすハードルがあまりにも高く、結果的に、「既修者」試験に合格できなかった法学部出身の人が「未修者」コースに進学するケースが多くなっています。つまり、司法制度改革の当初の目標はまったく実現されていないのです。

(細川)本来、法科大学院が求められている役割とはどのようなものなのでしょうか
(内田)法科大学院に求められている役割の1つは、法律を学んだことのない「未修者」のために、法律の基礎について教育し、法律家としての基盤を作ることです。これが実現していないのが現状なわけですが、将来的にはもう1つ別の役割を担うべきだと考えています。それは、弁護士になるための修習制度の提供です。現在では、弁護士業務の幅が広がって、恐らく半数くらい、あるいはそれ以上の弁護士は、法廷の外の業務をしています。そのような幅広い弁護士業務に対応した弁護士修習が現在はありません。私はそのような修習の場を、法科大学院が地域の弁護士会と連携して提供すべきではないかと考えています。
先ほどもお話しした通り、これからの弁護士に求められるのは、社会のニーズに柔軟に対応し、自らビジネスチャンスを開拓していく力です。そのような力をつけるために、専門的な知識や実務家の視点を教育していくことがこれからの法科大学院の役割であると私は考えています。弁護士の数が増えれば、それだけ専門分野も多岐にわたっていきます。そのときに、ここの法科大学院ではこの専門分野を学べる、ここの法科大学院ではこの実務家の先生から学ぶことができる、といった具合に、それぞれの法科大学院の特色を出し、様々な専門分野の教育を法科大学院が提供するようにして、また、大学の学者は受験指導ではなく自分の専門分野の教育で力を発揮するべきだと思います。
つまり、検察官や裁判官を志望する人はこれまでと同様に司法研修所で修習を受け、弁護士志望の人たちは各地の法科大学院で修習を受けるイメージですね。
しかし現状は、法科大学院が司法試験予備校の役割を担わされている。司法制度改革が始まった当初、予備校から法学教育を取り戻そうと主張していた人がいました。しかし、試験をする限りその対策を教える予備校ができるのは自然なことで、大学が受験指導を予備校と競うなど、愚かな考えだと私は思います。大学院では本来の「高等教育」ができるような制度を設計すべきです。もともと大学の法学部の教員は司法試験の受験指導の能力を評価されて採用されたわけではありません。受験指導は予備校にいるその道のプロの講師に任せればいいのです。法科大学院が本来持っている教育的リソースをきちんと活用できる制度に変えていかなければならないのではないでしょうか。
(細川)そのためには、何が必要になりますか
(内田)司法制度改革の失敗を認めるところからでしょう。失敗をきちんと検証しないと、新たな制度設計もできません。司法制度改革は、日本社会に必要な弁護士数を5万人と設定して制度設計をしましたが、そもそも、必要な弁護士の数を国が決めること自体おかしな話で、それは社会が決めるべきことです。
いま、弁護士の数が過剰であるという人の中には、その根拠の1つとして、民事訴訟数の減少をあげる人がいますが、訴訟数が減少しているのは、弁護士が活躍して、訴訟になる前に紛争を解決するケースが多くなっていることが一因です。それに、ビジネスとしては、訴訟にならないように紛争を解決するのが望ましいのであって、弁護士の数がもっと増えて、企業や一般の人たちが日常的に弁護士の助言を受けることができるようになれば、紛争を未然に防げる場合も増えるでしょう。また、弁護士の数が増えれば、弁護の専門性についての情報を提供するサービスも誕生し、相談者の側からみても、実績のある弁護士やより専門性の高い弁護士を選べるようになります。そうやって社会のニーズに応えていけば、必然的に弁護士への需要も増加していくと思います。
(細川)弁護士の数を増やしていくために、ハードルとなっていることはどのようなことがあるのでしょうか。
(内田)制度改革のハードルになっていると思われるのが、実務法曹の「自分たちは少数精鋭のエリート集団だ」という意識だと思います。いつの時代も、参入障壁を下げて新規参入者が増えれば、少数安定の既得権益の側からは猛烈な反発が起きます。前回の司法制度改革は、法曹界からのそのような反発を跳ね返すだけの強固な政策を打ち出すことができないまま、ズルズルと来てしまっているのが現状です。このような現状を打破するためには、一番の利害関係人である大学や学生、また社会の側から声を上げていく必要があると思います。
(細川)これからの法曹界について、改めてお考えをお聞かせください
(内田)繰り返しになりますが、現行制度を見直し、もっと多様な人材が法曹を目指すような制度設計にする必要があると思います。
多様性とは、法学以外の専門性、社会人経験、それに語学力などの国際感覚も含まれます。例えば、私は以前、国連の国際商取引法委員会の部会に政府代表として参加し、国際的な取引ルールの作成に携わっていたことがあるのですが、その際事務局の人から聞いたのは、「もっと日本の法律家に国際的なルール作りをする国際機関に入って欲しいが、なかなか希望者がない」ということでした。これは日本の国益を考えても大きな損失で、国際的なルール形成に日本の意見が反映しにくいということです。一方でアメリカや中国では、毎年非常に多くの法律家が誕生し、国際的なルール作りにも参加しています。
これはやはり、日本の司法試験のハードルが高すぎて、語学ができ優れた国際感覚のある人が法曹になりにくいということが原因の一つだと思います。
弁護士だけでなく、若くて優秀な裁判官や検察官をそのような国際的ルール作りの場にもっと送り込めるように、国際感覚のある人材がたくさん法曹をめざせる制度にしていくべきです。制度設計の見直しと、既存の法律家たちの意識の改革こそが、求められていると思います。

内田貴
東京大学名誉教授。現在は森・濱田松本法律事務所客員弁護士。専門は民法で、法務省経済関係民刑基本法整備推進本部参与などを歴任。著書に「内田民法」シリーズ(東京大学出版)、『法学の誕生―近代日本にとって「法」とは何であったか』(筑摩書房)、『弁護士不足——日本を支える法的インフラの危機』(筑摩書房)など。
細川高頌
The Law School Times編集部ディレクター。横浜国立大学教育人間科学部卒。青年海外協力隊としてトンガ王国で活動後、NHKに入局。青森放送局、東京・社会部で警視庁捜査1課や旧統一教会(特に宗教2世問題)などを担当し、「精神医療問題」取材班として、2023年度新聞協会賞など受賞。去年4月から早稲田大学法科大学院に進学。